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幼馴染のニート更生日記  作者: やわらぎメンマ
34/45

33.彼との距離

 海斗たちが拠点にしていた廃倉庫から脱出したその頃。

 彼の幼馴染であるかなは、千葉県の新習志野駅に到着していた。

 最後にかなが得た海斗絡みの情報は、東京についてすぐにあった先輩警官からの一報。

 『君の幼馴染は、東京駅から何者かに連れ去られてしまったみたいだよ』

 『相手は少なくても3人以上で、拳銃を携帯している危ない人たちみたい』

 結論、意図的に行方を(くら)ませたはずの海斗が、予期せぬアクシデントに巻き込まれている。

 そもそも自分の幼馴染が、”裏世界で有名なハッカー”ということすら信じ切れていないというのに、状況が混沌としすぎていて頭がクラクラしてしまう。

 だが一番の問題は、通話の最後に聞いてしまった、極めつけの不穏な一言。

 『あくまで上層部は、一連の事件の容疑者と小高海斗(バンカー)を一斉摘発することを目論んでいるみたいだね』

 裏世界でどれだけ悪いことをしてきたのかは分からない。警察に目を付けられるくらいには、悪いことをたくさんしてきたのだろう。しばらく娑婆には出てこれないかもしれない。

 だけどかなは、海斗と会えなくなる前に絶対に会わなければならない。

 何故そんな義務的な気持ちがあるのかは、正直なところ分からなかった。

 会いたい気持ちには嘘がないはずなのに、会ってどうしたいのかまでは未だに分からないのだ。

 東京から新習志野まで、30分ちょっと。

 かなは在来線の電車に揺られながら、海斗と会えた時のことを考えてきた。

 感情的になって、心配させたことを思いっきり責めながら引っ叩いてやろうか。

 一度落ち着ける場所まで移動して、今まで自分が知らなかった海斗のことを聞き出すべきか。

 すべてを投げ出して、警察に追われている彼と逃避行してしまうのもありかもしれない。

 あれこれ候補は出てくるものの、いざ彼を前にしてどうしたらいいのか、駅に着いた今もなお分からないままだった。

 「はぁ……、遅くなっちゃったな」

 ともあれ日は既に沈み始めている。

 いくら新幹線の中で仮眠をとっていたとはいえ、朝の事件発覚から疲労がたまっていた。

 ”今はカイくんと会いたいんです……。だからもし関屋先輩が教えてくれなくても、私は探し続けます”。

 そう啖呵(たんか)を切ったはいいものの、初めて来た土地で宛ても無く1人の人間を探すのは、ほぼ無謀だろう。

 「今日はもう、ダメかな……」

 思わず弱音を吐いてしまう。

 左腕の腕時計に視線を落とすと、円盤の上で刻む針は18時半過ぎを指し示していた。

 (やっぱり、今日はあきらめよう……)

 無意味に体力を消耗させるくらいなら、今日は温存させた方が賢明だろう。

 仕切り直して、明日から本格的に探そう。

 そうかなが今日の宿を探そうとスマホを開いたその時、

 「あ、黒崎さん」

 有力な情報提供者からの電話を受信した。

 かなは期待を込めて、応答ボタンをタップする。

 「はい、戸石です」

 「かなちゃん、今大丈夫?」

 「はい、ちょうど新習志野に着きました」

 「新習志野!? ちょうどよかった」

 驚きと安堵が入り混じったような声で、黒崎は続ける。

 「海斗君たちの居場所が分かったんだ」

 「ホントですか!?」

 「うん」

 諦めかけていた特報に、かなは内心希望と不安が綯交ぜになりながらも、黒崎の言葉を待った。

 そして黒崎は、肝心の海斗の所在と状況を告げる。

 「今彼らは幕張の倉庫がある地区にいるみたいだよ。ちょうど数分前に、銃声が鳴ったって通報があって、千葉県警が緊急出動しているらしい」

 「銃声⁈ カイくんは無事なんですか⁈」

 「怪我しているかどうかまでは分からないけど、どうやら逃げれたみたいだよ。周辺の防犯カメラで、今まさに君がいる駅に向かっている事を確認できている」

 「本当ですか⁈」

 「うん。だから君はそのまま駅の南口で待ってるといいよ」

 とんでもない事実を耳にしたかなは、一気に心臓が跳ね上がる。

 海斗がこちらに向かって、自分がいる方に近づいてきている。

 行き違いにならなかった事を幸運に思いつつ、かなは戸惑いと不安を感じずにはいられない。

 素直に喜びの声を上げなかった彼女に、電話越しの黒崎も察する何かがあるのか、

 『まぁ、彼と会えたらまた電話頂戴。時間稼ぎくらいはしてあげられると思うから』

 「分かりました。ありがとうございます」

 かながそう礼を言うと、黒崎は静かに電話を切った。

 スマホを耳元から離したかなは、ダラんと腕を力無く垂らす。

 後どれくらいで海斗が姿を現すのかは分からない。

 しかしどうやら、あと数分でほどで念願の海斗との再会が叶うことは確かのようだ。

 300キロ以上も離れた見知らぬ土地まで来て、いざ彼と会えることが現実になりかけている今―――、かなの内心は期待や希望よりも、誰かに心臓を掴まれているような違和感と不安に(むしば)まれていく。

 何か大切な―――、根本的に重要な何かを見落としているような気がする。

 だけどそんな気がするだけで、ただそれだけ。

 まるでこの感覚は、新幹線で見た不気味な夢から目覚めた時と同じだった。


 ―――今は理解できなくていいよ。嫌でも少しずつ、理解できるはずだから。


 夢の中の彼女(かな)は、確かにかなにそう言った。

 あの時の会話は、何故か今になって鮮明に思い出せる。

 そしてその中でも特に気になるのは、彼女(かな)が言ったある一言。


 「"何も知らない私”が、”自分で決めた、タイムリミット"……」

 

 改めて口に出しても、夢の中の彼女(かな)が何を意図して言ったのかは分からない。 

 だけど―――、少なくても今は、彼と会うことだけがゴールじゃない。

 もし彼女(かな)が言った”タイムリミット”というものが自分で決めたものなのであれば、その時間(とき)はまだ定まっていないはずだ。

 とはいえ海斗と会ってどうするべきかは、いい加減自分で答えを出さなければならない頃合いだろう。

 「ほんとに、どうしたらいいのよ……」

 宛てのない不安の声が、口をついてでる。

 その刹那(せつな)、かなの右手に持つスマホが再び振動した。

 かなは手にしていたスマホの画面を確認する。

 「せ、拓也(せんぱい)からだ……」

 そういれば、職場の中で一番そばにいてくれていたはずの拓也には、何も言わずに飛び出してしまっていた。

 (また怒られるんだろうな……)

 心配をかけたままであろう拓也に、申し訳なさを覚えながら覚悟を決めると、表示されている応答ボタンをタップしてスピーカーを耳に当てる。

 「はい、もしもし……」

 『お…い……』

 か細い声で口を開いたかなに対して、電話越しからは掠れた声が返ってきた。

 呼吸は不安定で荒く、まるで今にでも息絶えそうな相手の様子に、

 「先輩?先輩!どうしたんですか!?」

 かなは反射的に、周りの人目も(はばか)ることなく声を上げた。

 『はやく…、そこから離れろッ……』

 「えっ―――」

 最後の力を振り絞るかのような声を上げた拓也のいきなりすぎる訴えに、かなは状況が読めずに戸惑いの声を上げた―――その瞬間。

 『バンッ!!』

 耳を(つんざ)くような爆発音とともに、通話が途切れた。

 「先輩……?先輩ッ⁉」

 今度はかなから電話を折り返すも、『おかけになった番号は、現在電波の届かない場所が―――』と自動音声に繋がってしまう。

 何度かかけ直してみるも、拓也が再び通話に出ることはなかった。

 「どういうこと……?何が、起きてるの……?」

 苦しそうな拓也の声に、聞き覚えのあるような爆発音。そして、再び繋がることがない電話。

 かなが今居る場所を、拓也が既に知っていたかのような話の早さも気になる。

 まるでこれまでの不穏な予感の一つ一つが、知らないところで繋がっていくかのような感覚。

 「ホントに、どうなってるの……?」

 嗚咽(おえつ)とともに、視界が熱いもので徐々に(にじ)んでいく。

 何も知らない今のかなは、どこまでも無力で空振りだらけだ。

 そんなどうしようもない現実に、かなは途方に暮れてしまう。

 その場で立ちつくしたままのかなに、周囲の人たちは特に気に留めることもなく通り過ぎていく。

 帰宅ラッシュがピークになり、電車が発着する度に行きかう人の数も増えていった。

 「また、ダメになっちゃうかな……」

 弱音をこぼしながら、スマホを握る手に力が(こも)る。

 同時にかなは、悔しさと情けなさで身動きが取れなくなってしまっていた。

 だが、まさにその時だった。

 「も、もしかして……、かな……?」

 細々と自信がなさそうな、聞き覚えのある声が鼓膜を刺激する。

 かなは慌てて涙を乱暴に拭うと、自分の名を呼ぶ人影に視線を向けた。

 「えっ……?」

 徐々に歪んでいたはずのピントが合っていく。

 広がる景色の輪郭がはっきりとしてきた時、そこには今まで探し求めていた人物の顔があった。

 彼の顔を一目捉えた瞬間、一気に肩の荷が一つ降りたような安心感に包まれる。

 不安を(あお)られるようななサプライズが多かった中、今回に限っては有難いサプライズだ。

 これでひとまず、迷いの種は一つ思わぬ形で消える。

 「カイ、くん……?」

 久しぶりに彼に向けて呼ぶその名は、改めて彼の存在を確かめることが出来るような気がした。

 

 だがまさにこの瞬間こそ、かなを含め誰一人として、彼の世界が大きな転換期を迎えていたことなど、知る由もないだろう。

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