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幼馴染のニート更生日記  作者: やわらぎメンマ
33/45

32.彼女の罠(疑)

海斗たちが倉庫から脱出して数分後。

海斗と翔真は直感に従い、海岸線とは反対の内陸方面へと逃げ出した。


だが、逃げると言っても次の目的地があるわけではない。

ただ、見えない敵から逃げ続けるしかなかった。


いよいよ追い詰められた海斗と翔真は、苦渋の決断を下す。

政府機関――《見える敵》に身の安全を保障してもらうしかなかった。


これまでは、漠然と小遣い稼ぎをしていただけの海斗たち。

しかし裏社会の影たちは、単なる小遣い稼ぎなどでは済まない。

彼らは裏社会の市場独占を本気で狙っていたのだ。


海斗たちを追う者たちは、何枚も上手だった。

彼らの動きを完璧に予測していたのか、それとも海斗たちは彼らの掌の上で踊らされていたのか。


いずれにせよ、裏社会の影は、国家の秘匿組織すらも支配し始めている。

そんな現実を、海斗と翔真は一人の女子高生の裏切りによって思い知らされたばかりだった。


「想像以上に、ヤバいことになったな……」

翔真は珍しく小さな声で、不安げに呟いた。


海斗は彼の言葉に小さく頷きながら、ぽつりとつぶやく。

「黒崎さん、大丈夫かな……」


それを聞いて、少し苛立った様子の翔真が口を開いた。

「少なくとも、あの女に何かされることはないだろ」

翔真は冷静さを取り戻しつつ、海斗の不安を和らげるように言った。


――彼らはかつて、国家公安局と政府が裏で動かす諜報組織《JIA》に身柄を保護されていた。

裏社会で得た情報とスキルを提供することを条件に、命の危険から逃れる形での一時的な取引だった。

彼らを護衛するためにJIAが派遣したのが、村上沙耶――表向きは普通の女子高生だったが、実際はこの国の秘匿された諜報機関の一つーーーJIAの諜報員だった。


そんな彼らの護衛の下、海斗たちが一時的な潜伏先にしていたのは、千葉・幕張近郊にある廃倉庫。だが、そこで信じがたい裏切りが起きた。

沙耶こそが、彼らを追っていた謎の組織の一味だったのだ。

混乱の中で交戦状態となり、応援に駆けつけた国家公安局の黒崎が重傷を負う事態に発展する。

結局海斗たちは、黒崎を見殺しにするかたちで逃げ出し今に至った


「そう、だけど……」

海斗は小さく返事をし、眉をひそめて考え込んだ。


「海斗、いい加減腹くくれよ」

声を強めた翔真の目は真剣そのものだった。


「ごめん……」

海斗は俯きながらも、覚悟を決めかねている様子だった。


「はぁ……」

ため息混じりに、翔真は空を見上げた。


「とりあえず、東京で仕切り直そう」

その言葉に、海斗はかすかに頷いた。


「そうだね」


「電車使う?」

翔真は周囲の人混みを指さしながら問いかける。


「そうだな。流石に奴らも、この人混みの中から俺らを見つけられないだろう」

海斗は少しだけ希望の光を見出したように答えた。


翔真は少し迷いを孕んだ声で言いながら、前方に視線を上げた。

その刹那、彼の表情は凍りついた。


何があったのかと思い、海斗も同じ方向を見た。

そこには眩い光に包まれた都会的な駅舎と、多くの人で溢れている。

初めて見る景色だったが、これがこの街の“日常”なのだろう。


だが、しばらくして翔真が感じた違和感を、海斗も察した。

馴染みのないはずの景色の中に、見覚えのある女性の姿が映ったのだ。


「あれって……」


海斗は呼吸を忘れ、数十メートル先に見える人物に目を奪われた。

ミディアムショートの髪に、人当たりの良さそうなかわいらしい美人。


もし腐れ縁がなければ、海斗には関係のないその女性は、誰かを探すように辺りをキョロキョロ見回していた。


「なんで、かなが、ここに……?」


海斗の口から自然と疑問の声が漏れた。

しかし答えは返ってこなかった。


その瞬間、彼女は電話がかかってきたのか、慌ててスマホを耳に当てる。


「なんでアイツが、こんな所に……。カイ、まさかお前―――」

翔真は言葉を切り、海斗の表情を鋭く見つめた。


「いや、言ってないよ!」

海斗は慌てて否定したが、その声はわずかに震えていた。


逃げ続ける最中、頭の中は混乱と焦りでいっぱいだった。

目の前の状況をどうにか整理しようと必死に考えを巡らせるが、答えは見つからない。


そんな中で、ふと心の奥底から浮かんできたのは幼馴染・かなの姿だった。

彼女の存在が、現実の厳しさに押し潰されそうな自分をかろうじて支えていることに気づく。


危険な状況であることは分かっている。

それでも、今会わなければならないという強い衝動に駆られていた。


「僕、かなに会いたい」

混乱の中でも、確かな決意がその言葉に込められていた。


「待て待て! お前正気か!?」

翔真の声は大きくなり、周囲の雑踏の中でも目立った。


「アイツ、大学出て警察行ったんだろ? しかもキャリア的にまだ巡査なら、末端の警察官がここまで来るのはおかしいだろ」

翔真は腕を組みながら、冷静に指摘する。


「何が言いたいの?」

海斗は問い返したが、心の中では恐れが広がっていた。


「言っただろ、腹くくれって」

翔真の眼差しは鋭く、海斗の覚悟を試していた。


「それとこれは違う!」

海斗は必死に自分の気持ちを伝えようとした。


「なら考えてみろ。もし、アイツも奴らの仲間だったら? 幼馴染という立場を利用して、お前を利用しようとしてきたら?」

翔真は低く警告した。


「違う! かなはそんな人じゃ―――」

海斗の声はかすれていたが、信じたい気持ちは確かだった。


「忘れたのか!? 今の俺らは、敵しかいないんだ!」

翔真は声を荒げて叫んだ。


「それでも僕は、かなに会いたい……」

海斗は強い決意を込めて答えた。


「そうか」

翔真は静かにうなずき、少しの間、言葉を失った。


「お前、本当にもう戻れなくなるぞ」


「それでもいい。それでも僕は、彼女を守りたい」


海斗はその言葉を静かに告げ、深く息をついた。


そして海斗は、決死の覚悟を持って彼女に近づいた。

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