28.彼の悲劇
「この度は本当に、残念です」
当時刑事からかけられたその一言は、今でも耳にこびりついて離れません。
4月6日の火曜日。
私たちが恋人同士になったその翌日に、真菜実は亡くなりました。
電話口で聞いた突然の訃報に、私は頭の整理がつかないまま指定された警察署に急行しました。
私が警察署に到着すると、しばらくして電話をくれた刑事が姿を現しました。
年は50代半ばでしょうか。濃茶色のジャケットがよく似合う、膨よかなその体形も相まって、いかにもその道のベテランという風貌がありました。貫禄さを感じさせるキリっとした目鼻立ちでありながら、何処か融和そうな印象を持たせるその刑事は、
「待たせてごめんね。ひとまず、部屋に案内するよ」
見た目通りの穏やかな口調で、私を警察署の奥にある部屋に案内します。
そこはいわゆる、取調室と呼ばれる場所でした。
反射的に緊張で身体を強張らせた私のその様子に、
「あぁ、緊張しなくていいよ。とりあえず座って」
相変わらずの融和な表情で僕を椅子に誘導します。
素直に従って椅子に腰を掛けると、案の定私は簡単な取り調べを受けました。
昨日の行動と、接触した人物。そして、真菜実との会話と細かい出来事。
私は昨日の出来事を洗いざらい話すと、
「なるほどね……」
何か合点がいった表情で、私に少し哀れみの視線を向けながら、
「それはまた、かなりしんどいね……」
まるで私の供述を言い終えた時の気まずい空気を、先に読んでいたかのような反応が返ってきました。
するとしばらくして、刑事さんはしばしの逡巡した後に、事の詳細を語り始めました。
「まず結論から言うと、白山さんはほぼ他殺で間違いないんだ」
「えっ……」
やけに断定的な言い方をする刑事さんに、私は自然と疑問の声が漏れ出ました。
ですが刑事さんは、私の疑問の声を気にも留めず続けます。
「死因は出血多量によるショック死。凶器は9ミリ口径の拳銃というところまで分かっているんだけど、他は何の手掛かりもないんだ」
「け、拳銃?」
私の驚きの声に、刑事さんは「うん」と肯定すると、
「銃弾は1発、右腹部に当たっていたよ。即死ではなかったみたいだね」
あえて真菜実の最後について、包み隠さず口にしました。
「っ……」
私は声も出せないまま、ただ両手拳に力を込めます。
もし、あのまま素直に返さずに、一緒に居れさえすれば―――。
もし、私が無理にでも真菜実を自宅まで送り届けていれば―――。
ただ一人で浮かれていた自分に、悔やんでも悔やみきれません。
そんな私の様子に、何処か決意が籠ったような目で刑事さんは、「それと」と言葉を続けます。
「被害者のスマホに、君宛の音声データが残されていたんだ」
「僕、宛てに……?」
「うん。最後の遺言とでも言える内容が、ただ君だけに宛てた内容で残されていたんだ。だから君を関係者として、お呼び立てしたってわけ」
淡々と事実だけを、口にしました。
「だけど、残念ながら、今はそのスマホを渡すことはできない。大切な証拠品だからね。だけど捜査が終わったら、遺言通り君に彼女のスマホを返すよ」
そう言って刑事さんは、重そうな腰を上げると一度部屋の扉に手を掛けます。
ですが何かを思い出したかのように、ジャケットの右ポケットからあるものを取り出すと、
「だけどこれは、今のうちに返しておくね」
僕の手にそっと、冷たい鉄の塊を手渡してきました。
「あっ……」
それは昨日真菜実にプレゼントしたはずの腕時計でした。
円盤は完全に割れていて、昨日まで確かに正確な時刻を刻んでいた秒針は、真菜実の最期の時を記録したかのように止まっています。
僕は人目も憚らず、思わず机に突っ伏して涙を流しました。
そんな様子を見て察したのであろう刑事さんは、私の頭上で言います。
「辛い現実を次々に申し訳ない。だけど君には、事情を知っておいてほしかった。今日はもう、ゆっくり休んだ方がいい」
しばらくたってようやく落ち着いた私は、赤い目を擦りながら強く右手の時計を握りしめます。
数分は泣いていたでしょうか。
私が再び上体を起こすと、そこには既に刑事さんの姿はなく、代わりに若い女性の警察官がずっと待っていてくれたようでした。
「今日はもう、お帰り頂いて結構です。また何かありましたら、改めてご連絡させていただきます」
ただ事務的に女性の警察官は私に言うと、警察署の玄関まで送り届けてくれました。
この時の私は終始、ただ呆然と現実と虚無感の狭間で気持ちの整理がついていなかったと思います。
ですが自宅に戻って自室に入ると、今まで溜まっていたありったけの後悔と絶望の叫びを枕にぶつけながら、再び涙を流して一日を終えました。
真菜実が亡くなった3日後。
私のスマホに見慣れない番号の通知が鳴りました。
警察署と刑事さんの番号は既に番号を登録していたので、全く身に覚えのない番号です。
私は恐る恐る通話ボタンをタップして、電話に応答しました。
「もしもし?」
『突然の電話で申し訳ない。黒崎君の番号で、間違いないかな?』
知らない男の声。
ですが確かに、私の苗字を呼ぶその声は、私に宛てられたものでした。
私はただ、
「は、はい……、そうですが……」
と素直に返します。
すると電話の相手は、驚くべきその自身の名を名乗りました。
『突然申し訳ない。私は真菜実の父、白山 悟だ」
真菜実の父親。
私はこの時初めて、真菜実の家族の一人と会話する機会を得たのでした。




