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幼馴染のニート更生日記  作者: やわらぎメンマ
18/45

17.彼の現実

 幼馴染のかなが職場に戻ってから1時間が経った頃。

 「海斗ー、私これから町内会の集まりと買い物行くから、昼過ぎまで家空けるわね〜」

 扉の前でそう叫ぶ母の声に、海斗は気だるげな声で「うい」と返した。

 「ご飯リビングに置いておくから、ちゃんと降りて食べなさい」

 母は最後にそう言い残すと、足音が部屋の前から遠ざかる。

 しばらくして玄関の扉が閉まり、とうとうこの家は海斗一人となった。

 「ごめん、母さん」

 一人残された家の中、海斗は最後になるであろう母の声にようやく答えた。

 もちろん、ご飯を残すことに対する謝罪ではない。むしろこれからの長旅のために、弁当としてありがたく頂いていく。

 そう、この日海斗は家を出ることを決意した。

 理由は言わずもながら、自分の勝手で初めた仕事のせいで、家族と幼馴染を危険に晒しかねないから。

 高校入学と同時にダークウェブでバンカーを名乗り始めてから早8年。

 流れに身を任せるように進学した大学を中退し、ニートを自称しながら専業で活動を始めてから5年の間で、海斗のハッカーとしての知名度は飛躍的に上がった。

 だがその恩恵と利益を受ける一方で、それ相応のリスクも伴う。

 確かな技術に経験、そして実績。これらスキルと知名度が上がっていく一方で、海斗(バンカー)はその身を狙われるようになっていったのも事実だ。

 日頃の依頼に混じり、脅迫や殺人予告をメールで受信することも珍しくない。最近の異常な連続殺人事件を除けば、基本的に実質無害なものばかりだった。

 とはいえ、この世界はいつ何かが起きてもおかしくない。

 その万が一に備えるために、海斗は既に幾つかの対応策を講じていた。

 「(あれ)、起きてるかな……」

 海斗は(おもむろ)にスマホを手に取ると、とある相手に電話をかけ始めた。

 接続音が鳴る。海斗の期待通り1コールで繋がった。

 『どうした?』

 海斗と変わらない年齢の男子の声がスピーカーから響く。

 これに海斗は単刀直入に要件を続けた。

 「例のモノ、用意してほしい」

 『そうか。流石にお前も無理を悟ったか』

 「薄々覚悟はしてたから』

 『分かった。ひとまず4人分用意しておく。チケットの手配は?』

 「適当なネカフェでやるよ。どっち道、窓口行かないと清算もできないし」

 『ダークウェブのバンカーたる奴が、今どきニコニコ現金払いとはな』

 「結局、一番安全なのは現物だけだよ」

 『なるほど、流石だな』

 「どのくらいで貰えそう?」

 『お前、東京にはいつ着く?』

 「昼過ぎには着けると思う」

 『なら今日の15時に、南乗り換え口のコインロッカーに入れておく。詳しい場所はまた連絡する』

 「分かった。ありがとう」

 『まぁ、くれぐれも急な刺客には気をつけろよ』

 「うん、そうする」

 『それじゃ、またな』

 手短に一通りのやり取りを済ませると、通信が一方的に途切れた。

 通話終了の画面を確認するなり、海斗はすかさずスマホの電源を落とす。

 出ていく前にやるべきことがまだあるのだ。

 それはパソコンの初期化。ついでにバックアップ用のサーバーへのアクセスログも抹消しなければならない。

 念には念を入れて、海斗がこの家から活動してた形跡を消していく。でなければ、いつか危ない(やから)が家族を直接襲いかねないからだ。

 パソコンで処理を初めて4分。

 元の性能が高いこともあって、履歴が完全に初期化されるまであと30パーセントとなった。

 あと少しで全ての痕跡(こんせき)が消える。

 海斗が少し安堵しかけたーーーその時だった。

 バリンッ!!

 ガラスが勢いよく割れる音共に、黒の目出し帽を被った3人組が土足で部屋に上がり込んできた。その手にはリボルバー型のピストルが握られており、性別も年齢も分からない彼らは敵意剥き出しで海斗にその銃口を向ける。

 「えっ、誰……?」

 「とぼけるな。(データ)を渡せ」

 目出し帽の一人が、海斗の驚きの声をスルーしながら命令する。

 口元にボイスチェンジャーでも仕込んでいるのか、目出し帽の声はかなり機械的なものだった。

 「鍵……?」

 海斗は渡すように言われたモノについて、心当たりがありながらも自然な疑問口調で返した。

 その瞬間ーーー、

 バンッ!

 少し甲高い爆発音と共に、海斗の足元の床に小さな穴が空く。

 海斗は蹌踉(よろ)けると、ベッドの足元に腰を打ちつけた。

 3人の内の誰かが威嚇射撃(いかくしゃげき)をしたらしい。

 「次は当てる」

 有無を言わせないと言わんばかりに、目出し帽の一人は銃口を海斗に再度向け直す。

 だがこのシュチュエーションは、今の海斗にとってある意味理想的な状況だった。

 (ちょうどいい。この場所には……)

 海斗はさり気なくベッドの下に手を伸ばす。

 ゆっくりと腕を奥に潜らせると、期待通りの場所で指先に冷たいものが当たった。

 音を立てないように、慎重に冷たく思い鉄の塊を手繰り寄せながら、

 「悪いけど僕、もうPC使わないから……」

 言いながら視線を作業中だったモニターに向けて見る。

 目出し帽達も釣られる様に視線を向けると、慌てふためいた様子でモニター画面に駆け寄る。

 パソコンモニターは、初期化完了まで残り2%であることを表示していた。

 「おいッ、貴様何をッ!」

 海斗からモニターに意識が吸い寄せられたその一瞬で、ベッドの隙間に潜り込む。

 不審な行動に気づいた目出し帽の1味が、三発連続で銃を撃った。

 だがその時すでに海斗の姿はない。

 「それで隠れた気か?」

 ゆっくりと目出し帽の一人がベッドに近づいてくる。

 そしてピストルが握られている腕がベッドの下に入り込んできた、その瞬間ーーー。

 (今だッ!)

 心の中で叫びながら、海斗はベッドの壁際の縁を思い切り持ち上げ、ベッドを横に倒した。

 同時にベッドの下に入り込んだ腕は、思いきりベッドの淵に挟まれ、男の悲鳴と共に握られた銃が暴発する。

 幸いその銃弾は壁に当たり、海斗には被弾しなかった。

 だがそんなことを気にする間も無く、海斗は左手に触れていたサブマシンガンを構え、ベッドを盾代わりにしながら部屋中に銃弾をばら撒き始めた。

 毎秒20発の速さで鉛の弾を吐き出す、拳銃よりも一回り大きい四角い箱のようなそれは、けたたましい銃声を部屋に轟かせ続ける。

 相手も抵抗するように海斗を狙い銃を撃つが、所詮相手の獲物はリボルバー型。

 連発するもすぐに弾が尽き、いい加減に連射し続ける海斗の銃弾の餌食(えじき)となった。

 この間約3秒弱。

 海斗が持つサブマシンガンの弾が尽きると、辺りは急に静かになった。

 ベッド越しに様子を伺うと、パソコンデスクの前に2人の人影が大量の血を流し倒れている。

 腕を挟まれたもう一人は、味方の流れ弾を受けたのか、海斗の目の前で既に息している様子はなかった。

 「こ、これはひどい……」

 部屋の壁に開いた大量の弾痕に、辺りに散っている血飛沫。

 まるで世紀末のような自室の光景に圧倒されながらも、海斗は急いでパソコン画面の前に駆け寄った。

 モニターからは火花が散っており、パソコン本体内の基盤も所々穴が空いている。パソコンは明らかに無事ではないが、処理自体は完了していたはずだ。

 だが、これでは不十分。

 「仕方ないけど、やるしかない」

 海斗は言いながら、新しい弾倉をグリップに差し替えると、今度はそれまでの相棒だったパソコンに向かって銃を連射し始めた。

 例えソフト側でデータを削除したつもりでも、肝心なハードディスクにはまだデータの残骸が残っているのだ。

 どうせ別のサーバーにバックアップはある。

 自分が居なくなった後の部屋のパソコンなど、相手からしたら興味すらないだろうが、海斗は念を入れて破壊しておくことにした。

 再びけたたましい銃声が、部屋中に鳴り響く。

 そして全ての弾が尽きると、パソコンは完全に蜂の巣状態に破壊されていた。

 肝心なメモリも、ハードディスクも完璧なまでの木っ端微塵。

 今までの相棒を無様な姿にするのはとても忍びなかったが、自分と関わりのある大切な人たちを守るためには最低限必要なことなのだ。

 「もう、後に引けないな……」

 海斗は再び覚悟を決める。

 先ほどの銃声で通報されかねないので、急いで家を出なければならない。

 血だらけの床につけた足をタオルで簡単に拭い、海斗はスマホと財布だけ持つと風呂場へ向かう。急いで血で汚れた足を洗うと、念のため服を全て着替えなおした。

 そしていよいよ、海斗はその世界に繋がる扉の前に立つ。彼のニート生活が幕を閉じる瞬間だった。

 これから始まるのは、過去の自分と敵から逃げ続ける逃亡の日々だ。

 海斗は履き慣れたスニーカーを玄関で履いて、外へと続く扉に手をかける。

 そして海斗は住み慣れた家に、

 「さようなら」

 最後のお別れを口にしながら、海斗は名残惜しさを必死に殺しながら家を出た。

 このまま誰にも何も言わず、姿を消すことに悔いがないといえば嘘になる。

 だがこんなことになってしまった原因は、紛れもなく海斗自身のせいなのだ。

 これは自分の罪だ。

 海斗は自分に強くそう言い聞かせながら、秋風が涼しく感じる空の下を一人歩み始める。

 こうしてポケットに突っ込んだスマホと財布以外に何も持たず、海斗は最寄り駅がある方面へと人知れず姿を消したのであった。

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