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幼馴染のニート更生日記  作者: やわらぎメンマ
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13.彼女の行方

 簡単な自己紹介を交わし、五十島家夫婦2人の飲み物を注文したところで、両家全員席についた。

 4人掛けの席に、入り口手奥から拓也と拓也の父、対面側に五十島家夫婦、そして追加のお誕生日席に奈菜という座席順だ。

 「あらためまして、今日はお時間いただき、ありがとうございます」

 「いえ、こちらこそ」

 五十島家の改まった挨拶に、拓也の父も軽くお辞儀しながら返す。

 続けて拓也の父が正面の二人に投げかけたのは、

 「その、大変でしたね……」

 多分に他意を込めた切り出しだった。

 それに五十島家の世帯主ーーー、五十島大樹(いがしまだいき)が答える。

 「とんでも無いです、元を言えば私たちの教育が至らず、世間様には多大なご迷惑をおかけしてしまったのですから……」

 何処か縮こまったような様子で言う五十島大樹に、誰も口を挟めない。

 彼はこの地域でも有数の証券会社の支店長らしいが、服装や身に着けているものはいたって庶民的な印象を受ける。年齢は49歳ともう少しで五十路らしいが、まだまだ現役を張れる風格を感じるほどだ。対してその妻、五十島沙都子(いがしまさとこ)は、夫よりも2歳若い47歳の専業主婦とのことだが、こちらも特別金持ちというような印象はなかった。

 そんなごく一般的な家庭と思える五十島家と、拓也たち黒崎家。

 両家の間を流れる気まずい空気を打ち破ったのは、またも拓也の父だった。

 「あの、失礼を重々承知の上で伺いますが、例の彼とお二人は本当に親子の縁を切られたのでしょうか?」

 「はい、正直断腸の思いではありましたが、アイツから言い出してきたことですので」

 「えっ、縁切りは彼からの申し出だったのですか?」

 あまりにも斜め上な事実に、拓也の父は素の驚きを見せる。

 五十島大樹は、「えぇ」と頷くと、言葉を続けた。

 「どうやら今回のことを余程反省しているのか、いつもの威勢は全くありませんでした。思春期迎えた頃から問題行動も多く、とても素行のいい息子とは言えませんでしたので、親の私ですら唖然としましたよ。それどころか、まるで何かを悟ったかのような様子で、正直本当に息子か?と思うほど人が変わってましてね……」

 「それなら、わざわざ縁を切らなくても……」

 「私もそう言いました。“今のお前ならやり直せる、待ってやるから、また戻ってこい“と。でもアイツは頑なに、“これは俺だけのケジメだから“って首を横に振るばかりでした」

 過去にあった息子とのやりとりを語る五十島大樹は、未だに過去の悔いを拭えない様子で続ける。

 「お恥ずかしながら、自分の息子の本心まではわかりません。ですが、自分だけで自身の過ちを解決しようとしているのは確かなようです」

 「だから縁を切った……」

 「はい……」

 今までの五十島大樹の説明で、五十島家の両親とその息子が縁を切った理由に、この場にいる全員が納得はできた。

 いや、本当は謎の方が多い。当事者である五十島家夫婦ですら、息子との絶縁に対して分からないことだらけなのだ。

 だけど、今はもう会えない五十島家の息子に対して、その真意を探る機会はもう無い。だからこそ無理矢理にでも、五十島大樹が語った過去の事実を信じて、納得するしかなかったのだ。

 少なからず、五十島家の両親は息子の更生を信じて、未来を共に歩もうとした。それを否定されたとはいえ、その事実は拓也たちを納得させるのに十分なものだった。

 だがこの話し合いの本題は、これで終わりではない。

 「ですが、それが彼女を養子に迎えることとどう関係するのでしょうか」

 拓也の父は自然と今回の対話の本題を切り出す。

 その問いに五十島家夫婦は、少し肩を震わせた。

 そしてしばらくの沈黙の後、口を開いたのは五十島大樹の妻ーーー五十島沙都子だった。

 「これは完全に私たちの我がままなのですが、私たちは息子の子育てを根本から失敗してしまったことを、ここ最近振り返ってようやく気づきました。遅すぎたかもしれませんが、私たちが育てた子供が、他の家族のーーー、しかもまだ年増もない女の子のご両親を間接的にでも奪ってしまった罪は、たとえ縁が切れたとはいえ親である私たちも償わなければならないと思っています」

 言葉の途中で注文した2人分のコーヒーが到着した。

 店員が気まずそうにコーヒーカップが乗ったソーサーを五十島夫妻の前に置くと、そそくさと退散していく。

 夫妻は遠慮ながらコーヒーにシロップを垂らすと、一口だけ口に含ませて飲み込む。

 そして改めて、五十島家夫婦の本当の願いが、五十島沙都子の口からはっきりと告げられた。

 「だからもし、奈菜ちゃんと今の家族の皆さんが許してくださるのなら、私たちは奈菜ちゃんと家族として、一緒にもう一度歩んできたいと思っています。そしてこれから奈菜ちゃんが歩む世界を、明るくて幸せなものにする、そうお約束します」

 「ですが冒頭でも言いましたとおり、これはあくまで私たちの勝手なエゴです。答えを急かすつもりは毛頭ありません。もちろん無理強いも一切するつもりはありません。ですからーーー」

 妻の願いに続いて、五十島大樹が真摯な口調で続ける。

 「ですから、奈菜ちゃんの将来は、奈菜ちゃんと今のご家族だけで話し合って、答えをいただきたいと思っています」

 拓也の父と拓也に真っ直ぐ向き合いながら、五十島夫妻は徐に奈菜の方へ視線を向けながら言った。

 「奈菜ちゃん、改めて私たちの息子のせいで辛い思いをさせてしまってごめんなさい」

 「私からも、申し訳ありませんでした」

 五十島沙都子と五十島大樹が順に、奈菜に謝罪する。

 奈菜は一瞬呆けた様子を見せるが途端に、

 「い、いえ……、その、お二人にも事情があったのは今のお話で分かったので……」

 やけに大人口調で返す奈菜に、拓也を含めて周りの大人は黙り込む。

 だが唐突に奈菜の口から出た、「でも」という接続詞に、五十島家夫妻の表情が明らかに固まった。

 拓也も自然と奈菜の続きに意識が向く。

 「私の未来を明るくて幸せにするって、とても大変なことだと思います。私我儘だし、決めたことに頑固だし、大人になれる未来もないし、お二人にとって理想の娘になることはできないと思います。それでも、私にその約束を守ってくれますか?」

 菜奈は完全に光が消えた淀んだ目で、五十島家夫妻に問いかけた。

 彼女のその問いかけは、誰が聞いても明らかに五十島家夫婦を試しているように聞こえるだろう。

 実際、拓也は奈菜のその意図を強く感じていた。

 だが五十島大樹は、何の迷いもなく彼女の問いかけに答える。

 「もちろんだよ。それに今の私たちには、理想の子供と言うのは無いんだ。私たちはただ奈菜ちゃんが、奈菜ちゃんらしく未来を生きてほしい。たとえ今奈菜ちゃんが抱えている持病がどうにもできなくなってしまっても、私たちはその最期までしっかりと約束を守るよ」

 あまりにもまっすぐとした目で、真摯に答えを返した彼の言葉に、奈菜は少しの間黙り込む。

 だが目に光を取り戻した奈菜は、

 「分かりました……。だけど少し、考える時間をください」

 「もちろん、ゆっくり考えてほしい」

 こうして話に一区切りつく。この間拓也の父も、拓也自身も間に割って話を遮るようなことはできなかった。

 この話はこれ以上、深く掘り下げて結論を急いでも仕方がない。というよりも、菜奈と五十島家の間であまりにもすんなりと話が進みすぎて、付け入る隙が無かったのだ。

 とはいえ、既に話が終わったような雰囲気が漂っている今の空気では、話題を蒸し返しても今更仕方がないだろう。

 だからだろうか?

 「よし、それじゃあ話がまとまったと言うことで、食事でも食べましょう。ここのサンドイッチは結構美味しいんですよ」

 珍しく戸惑った様子を見せた拓也の父がとった行動は、なるべく五十島家と歩み寄ろうとする、そんな姿勢だった。

 「いいね!頼も!」

 菜奈も拓也の父の提案に明るい声で賛成する。

 だが、五十島家の両家は何処か申し訳なさそうに、

 「お気遣いいただきありがとうございます。ですがこの後、また拘置所の方に呼ばれてまして……」

 「こ、これからですか?」

 「えぇ、大変申し訳ないのですが、私たちはここで失礼させていただきます」

 拓也の父の驚きの声に、五十島家夫妻は心の底から申し訳なそうに頭を下げる。

 「いえ、事情が事情ですからね。お気をつけて」

 「はい、今日は本当にありがとうございました。また、お会いしましょう」

 席を立ちながら五十島家夫妻は、拓也の父と拓也に深く頭を下げる。

 続いて奈菜の方へ身体を向けると、

 「それじゃあ奈菜ちゃん、またね」

 五十島沙都子は言いながら、小さく手を振った。

 それに奈菜も胸元で小さく手を振りながら、

 「はい、また」

 少し無理やりな笑みを浮かべながら答えた。

 「それじゃあ、入り口までお送りします」

 「すみません、ありがとうございます」

 拓也の父の提案に、五十島大樹は素直に応じる。

 「拓也と菜奈ちゃんは、好きなもの頼んで待ってなさい」

 「えっ、なんでもいいの!?」

 菜奈がハイテンションで拓也の父の言葉に確認を返す。

 これには拓也の父も苦笑いを浮かべながら、

 「あぁ、好きなもの食べなさい」

 いつもの落ち着いた口調で拓也の父は頷いた。

 「やったぁ!」

 無邪気に喜ぶ奈菜の様子を一目見ると、拓也の父は五十島家夫婦を店の出口へエスコートする。

 そんな大人3人の様子をボケっと眺めながら、子供二人はただ静かに出口へ向かう彼らの姿を見送るのだった。

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