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幼馴染のニート更生日記  作者: やわらぎメンマ
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12.彼女の希望(改)

 ピーク時間を過ぎた喫茶店の店内は、まだ割と混んでいた。

 とはいえ席待ちをしている客はおらず、黒崎家一家が入店するとすぐに案内係の女性店員が駆け寄ってくる。

 「いらっしゃいませ、3名様でしょうか?」

 「いえ、30分後にもう二人と約束がありまして。それとーーー」

 拓也の父ができる限り端で目立たない席にしてほしい旨を店員に伝えると、「少々お待ちください」と言って、フロアの奥の方へ一度下がる。

 数十秒後にまた同じ店員が戻ってくると、ちょうど会計を済ませたばかりの客がいた席が店内の端の方だったらしく、片付け後にすぐ案内してくれた。国道に面する窓際だが、遮光用のカーテンが下ろされていることもあって、歩道からの人目は気にならない。今回の場にふさわしい、なかなかいい席だ。

 「ご注文がお決まりになりましたら、ボタンでお知らせください」

 そう言って店員はぺこりと頭を下げると、別の席に呼ばれて離れていった。

 「とりあえず、飲み物だけ頼もうか」

 父親がそう提案しながら、ドリンクのページを開きながらメニューを奈菜と拓也に差し出す。

 メニューの飲み物は決して種類が多いわけではないが、長靴みたいなコップに入ったクリームソーダに、球体型のグラスに入ったオレンジジュースなど、個性的な容器に入ったものが多い。

 「か、かわいい……」

 それまでかなり緊張した様子だった奈菜は、表情を少し緩ませながらポツリ呟いた。心なしか目がキラキラとしているあたり、テンションが上がっているらしい。

 「私、オレンジジュースにする!たっくんは?」

 拓也は少し迷いながら、

 「僕は、クリームソーダかな」

 長靴型のコップに惹かれ飲み物を決めた。

 「二人とも決めたか。じゃあ、呼ぶぞ」

 父親はメニューを一度も見る事なく、そのまま店員の呼び出しボタンを押す。

 店員がオーダーを取りに来ると、奈菜と拓也の飲み物と合わせて、拓也の父はホットコーヒーを注文した。

 「それでは、ごゆっくり」

 端末にオーダーを入力すると、店員はそう言って厨房に戻る。

 ふと拓也が奈菜に視線を戻してみると、気持ちが現実に戻ってしまったのか、またも表情が固まっていた。

 「奈菜、緊張してる?」

 「う、うん……、流石にちょっとね……」

 拓也の問いかけに対して、奈菜は貼り付けたような曖昧な笑顔を浮かべて言った。

 「無理もない。奈菜ちゃん、甘いものでも食べるか?」

 拓也の父の提案に「んー」と悩みながら、

 「いや、それは話が終わった後がいいかな」

 さっきと変わらない表情と口調のまま答える。

 こうして初めはどこか距離があった父との間も、いつの間にか奈菜は縮めている。

 もしかすると、よっぽど奈菜の方が拓也の父といい親子関係を築けているのかもしれない。

 奈菜と父が二人でたわいもない話をしている傍らで、拓也はそんな二人の会話を眺めながら、自分の複雑な心境について思案していると、しばらくしてトレーに飲み物を乗せた店員がテーブルまで近寄ってきた。

 腰に焦茶色のエプロンを身につけた店員は、それぞれオーダーした飲み物を拓也たちの前に置いていく。

 奈菜と拓也の前には、それぞれのオーダー通りオレンジジュースとクリームソーダ。拓也の父親の前には、ホットコーヒーとガムシロップ、そしてミルクピッチャーが置かれた。

 「それでは、ごゆっくりどうぞ」

 店員は軽くお辞儀をして、その場を後にする。

 運ばれてきた飲み物に視線を向けると、

 「で、デカ……」

 「大きい……」

 そんな感想を二人は同時に漏らした。

 「ここのメニューはなんでも写真以上に大きんだ。沢山飲めて、二人にはいいだろう」

 言いながら拓也の父は早速、目の前に置かれたティーカップにガムシロップとミルクピッチャーに入ったミルクを全量入れて、コーヒースプーンでゆっくりとかき混ぜる。

 そんな父の様子を見た奈菜は、

 「お父さんって、苦いの苦手なの?」

 「あぁ、コーヒーの苦味は苦手かな。香りは好きなんだけどね」

 拓也の父は苦笑いを浮かべながら答えた。

 「ならもう、最初からカフェオレ頼めばよかったんじゃない?」

 「カフェオレはコーヒーの香りがあまりしないだろ?香りがなくなり過ぎないギリギリの甘さにしたいんだ」

 そういう割には多めの砂糖とミルクを入れているように拓也は思ったが、

 「そっ」

 と、これ以上深く突っ込むことはせず、誤魔化すように目の前に置かれたクリームソーダのストローに口をつけた。

 そんなたわいも無い会話に一区切りがついた時、

 ブゥーブゥーブゥー、

 拓也の父のスマホが鳴った。

 画面を確認した拓也の父は、少し表情が険しくなる。

 「すまない、五十島さんだ。少し話してくる」

 言いながらスマホを持って、二人の返事も聞かずに外に出ていってしまった。

 父のそんな背中を見送りつつ、拓也と奈菜はなんともいえない緊張感に包まれる。

 そんな中唐突に、

 「ねぇ、たっくん」

 そう口を開いたのは奈菜だった。

 「ん?」

 「たっくんは将来の夢って、ある?」

 「なんだよ、唐突に」

 「いいからいいから」

 最近の奈菜にしては珍しい、落ち着いた口調で淡々と聞いてくる。とはいえ前までのモジモジした様子はなく、どこか上の空といった感じで、オレンジジュースの中に沈んでいる氷をストローで突っついていた。

 とりあえず促されるがまま、自分の夢について拓也は思案してみる。

 悩みながら出した答えは、

 「んー、プログラマーとか?」

 自分でもはっきりしない、そんな職種だった。

 「へー、ちなみになんで?」

 「一人でできる仕事だから」

 「理由が残念すぎるよ……」

 哀れな目を向けてくる奈菜に、拓也は少しムッとしながら、

 「うるさいな。別になんでもいいでしょ。そういう奈菜は夢ってあるの?」

 奈菜にも自分にしてきた同じ問いを返してみる。

 すると奈菜は、

 「私は……、警察官になりたいかな」

 すでに胸に秘めていたであろうその夢を、素直に答えた。

 それは拓也にとって、予想外な答えだった。

 だからだろう。奈菜の答えに対して口から漏れ出たのは、

 「警察?」

 そんなオウム返しの一言だった。

 「うん、お父さんみたいな警察官になりたい」

 やけにはっきりと夢を宣言する奈菜に、

 「なんで?あんなほとんど家に帰れない仕事なんて、ブラック以外の何物でもないじゃん」

 拓也は率直な疑問を返す。

 「確かに大変なお仕事だと思うけど、かっこいいって思わない?」

 「かっこいい?父さんの仕事が?」

 目をキラキラさせながら、奈菜は強く頷いた。

 「うん!悪い人捕まえて、私みたいな子供とか弱い人を守るのって、なんか正義の味方!って感じしない?」

 奈菜が言いたいことを言葉では理解していながら、拓也は受け入れることまではできず「んー」と(うな)る。

 同じ年の女子が持つ夢にしては、少し珍しいであろう警察という職業。

 それは当時の拓也にとって、一番あり得ないとさえ考えていた将来の姿だった。

 常に自分の家族よりもーーー自分の息子を放っておいてでも仕事を優先しなければならない職業なんて、目指すものではない。

 もちろんなくてはならない職業ということは分かっている。それでも今まで家族ーーーいや、息子である拓也自身を放置気味にしていた父をフィルターに、警察という職業がその環境を生んだ根源だと思うようになっていたのだ。それこそ、拓也を警察は絶対に将来なるべき職業ではないと、意固地にさせているのかも知れない。

 だがこの時の拓也は、成長してから冷静にそう考えられるほど大人ではない。

 だからこそ感覚的に、「正義の味方」という幻想混じりな夢を語る奈菜に対して、この時の拓也は素直に共感することはできなかった。

 「正義の味方、ねぇ……」

 そんな懐疑的な声で言う拓也の返しに、

 「そうだよ!」

 奈菜はややテンション高めに肯定してくる。

 「だからもしーーー」

 なんの脈略もなく静かな口調で、奈菜は続きを溢すように、

 「もし、私が大人になれるなら、お父さんみたいな警察官になりたいな」

 どこか切なさと微笑を織り交ぜたような表情(かお)で、目の前のオレンジジュースに刺さるストローに口をつけた。

 淡々と夢を語ったそんな奈菜の表情に、拓也は思わず息を呑む。

 未来に希望がない自分とは対照的に、横に座る少女は確約のない時間に対して夢を持っている。

 自分を救ってくれた存在を目にして、残酷な希望を持ってしまったのだ。

 それを全てわかっているからこそ、奈菜はあえて“大人になれるなら“と遠回しな表現をしたのだろう。

 空気が一気に重くなる。

 沈黙に耐えきれなかった拓也は、

 「そっか……」

 ただ彼女の言葉に対して、拓也は視線を外に逃しながら、中身のない返事をするしかなかった。

 拓也のそんな気まずそうな様子を見て、奈菜は無意識だったのだろう。

 「そういえばさ、もしお化けとか幽霊って存在するならさ、私もなれたりするのかな?」

 いつもの少し上がったテンションで、唐突に話題を変えてきた。

 あまりにも話題と空気が急に変わり、拓也は思わず「えっ?」と聞き返す。

 「ほら、幽霊とかになれるならさ、死んじゃってもまたたっくんと会えるじゃん!」

 「そんなテンションで言うこと……?」

 「だってどうせなら、明るい未来のほうがいいじゃん?もしさ、死んじゃった後の世界が何もないところだったら、寂しいだけだし」

 口調とは裏腹に、少し無理のある笑みを浮かべながら、奈菜はジュースを一口飲んで続ける。

 「だからせめて、もし私が将来死んじゃう事になっても、たっくんたちと同じ世界に残れたらいいなぁって、最近思うんだよねっ。あははっ……」

 誤魔化すようにまたストローに口をつける奈菜に、拓也はかける言葉が見つからず押し黙ってしまう。

 どうしたらいいのか迷った末、拓也も奈菜に(なら)って、ソフトクリームの底にあるメロンソーダをストローで啜った。

 炭酸の刺激しか感じない液体を喉に流しながら、そっと奈菜の様子を伺う。

 すると同じくこちらを伺う奈菜の視線と拓也の視線が重なった。

 「ごめん、困らせること言っちゃった?」

 「まぁ……」

 少し遠慮気味に言う奈菜に、拓也は視線を背けながらそんな曖昧な返事をする。

 そんな拓也の様子を一目見るなり、

 「クスっ」

 何故か奈菜は唐突に吹き出した。

 「な、なんだよ……」

 「別にー?ただ、やっぱりたっくんって優しいなって思って」

 「はっ?」

 突拍子もない奈菜の言葉に、拓也は反射的に疑問の声を漏らす。

 その疑問を答えるように、奈菜はまたストローの先で氷を突っつきながら、

 「最近分かってきたんだけど、たっくんが私の話に同情してくれる時って、目線が下に向くんだよね。逆に本当に気まずくて居心地悪そうな時は、眉間に皺寄(しわよ)ってる」

 「そ、そうなの?」

 「うんっ。だから今は私の事を思って、一緒に痛みを感じてくれてるなって分かるんだ」

 拓也自身も気づかなかった癖を指摘され、視線を奈菜の方へと向け直す。

 一方の奈菜は今も変わらず、ストローの先で氷をコロコロと転がしながら、

 「もし私がたっくんの立場だったらさ、同情はしちゃうかもしれないけど、それ以上にどうしたらいいのか分からなくなって、“早く別の話題に変えたい“って思っちゃう。だけど今のたっくんは、別の話題に逃げたり、聞き流すこともしてない。それってさ、それだけ私のことを考えてくれてるってことじゃん?そんなたっくんは、とっても優しい男の子だよ」

 拓也の目をしっかりと見ながら、優しい笑みを浮かべ言う奈菜。

 そんな彼女に思わず拓也は、頬に強い熱を感じつつ外方(そっぽう)を向いた。

 奈菜は一連の拓也の様子を眺めながら、イタズラっぽい声で、

 「あっ、たっくん照れてる??」

 「て、照れてねーし」

 「だけど顔真っ赤だよっ」

 「う、うるさい!」

 「あははっ」

 最近交わすようになったやり取りに、奈菜は笑い(きょう)じていた。

 だが間も無くして、ふと奈菜が店の奥の方へ視線を向けると、明らかに表情が少し強張る。

 拓也も気になって同じ方へ視線を向けてみると、今奈菜たちがいる席の反対側ーーー入り口近くの窓ガラスの先に、拓也の父の姿があった。さらに彼の正面には、2人の見覚えがある初老の男女が立っている。どうやら、約束の相手が到着したらしい。

 「ありがとう、たっくん。少し気が楽なったよ」

 「そっか」

 「未来に希望が持てた!あとは、選ぶための過去を聞くだけだね」

 明らかに強がって、隣の席で自分を鼓舞(こぶ)する奈菜の手は、テーブルの上で少し震えている。

 そんな奈菜の震える手を、拓也は無意識に握っていた。

 「たっくん?」

 奈菜は握られた手と拓也の顔を交互に見ながら、驚きと困惑の入り混じった声を漏らす。

 拓也はそんな驚きの表情を浮かべている奈菜に、後になって自分でも驚くほど真っ直ぐと、

 「大丈夫。奈菜はもう、一人じゃないから」

 「ありがとう」

 拓也らしくない彼の言葉に、奈菜は握られた手をギュッと握り返す。

 間もなくして奈菜と拓也は、テーブルに近づいてくる3人の大人を視界に入れると、手を繋いだまま同時に席を立った。

 かくして、奈菜の将来を決定づけると言っても過言ではない、約1時間半に渡る両家の対談が幕を開けた。

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