11.義父の願い
家族の話し合いから4日後の日曜日。黒崎家とその義娘である奈菜、そして五十島家夫婦との間で対話する機会が設けられた。
場所は自宅から車で30分ほど離れた隣の市にある、国道沿いのチェーンの喫茶店。
もちろんこの場は、両家の対談をセッティングした拓也の父が選んだわけだが、わざわざ遠く離れたこの喫茶店が選ばれたのには、大きく2つの理由があった。
1つは、同じ町内でもあまり面識がなかった両家にとって、どちらか一方の家を話し合いの場にするのは憚られたこと。
実のところ、黒崎家と五十島家の両家は徒歩で10分くらいしか離れていない。とはいえ、同じ町内の最東端の位置に黒崎家、最西端の位置に五十島家と、両家は同じ町内でありつつも、特別なご近所付き合いがある訳でもなかった。故に、ただ名前だけは町内名簿で見たことがある程度で、今まで直接的な関わりは全くと言っていいほどない。
そんな両家がどちらかの自宅で、おまけにとてもデリケートな話題を持ち出すのは、万が一のことを考えると互いに躊躇われたのだ。だからこそ、今回の対話で両家以外の場所を用意することは、暗黙の必須事項だった。
そしてもう1つは、お互いが持ち出す話題に適した環境の問題。
今回の対話のメインは、主に奈菜過去と未来の話だ。まだ幼い少女に辛い過去を作った男の両親と、その男の家族として生きる未来について。
だが後者については、特に奈菜の事情を知っている黒崎家にとって、五十島家のその申し出は到底受け入れ難いものだ。
とはいえ過去の当事者である奈菜には、自身の未来を決める権利がある。そしてまた、過去の過ちを謝罪し、奈菜の将来に報いる義務は五十島家にもあるのだ。それがもし、五十島家から奈菜に対して差し出される償いによって、奈菜がその報いを果たしたのするのであれば、それは黒崎家がこれ以上付け入る隙はないだろう。
そう。つまりこれからの未来は、全て奈菜の決定次第なのだ。
そんな彼女の未来を左右する大切な話を、ある意味一番大切な相手とするのに相応しい場所。
静かすぎて気まずい空気が流れれば、お互いに萎縮してしまって話したいことも言い出しづらいだろう。
逆に賑やかすぎる場所では、騒々しすぎて話の内容に集中できない。
こじんまりとしたカフェのように静かすぎることもなく、ファミレスほど賑やかすぎない、長居しても人目を気にしなくていいような絶妙な環境。
(そんな場所、あるのか……?)
自分から場を用意すると言い出したはいいものの、拓也の父はそう頭を悩ませた。
そんな時ふと、自分が過去に仕事で上司と立ち寄ったこのカフェのことを思い出した。
まさに今の階級である警視正への昇進について、そしてその階級から意味する仕事の内容ーーー。それをかつての学舎である警察学校の校長だった、当時の警視長から聞かされたのが、まさにこの国道沿いにあるカフェチェーンだった。
賑やかすぎず、静かすぎないこの場は、ソファーもふかふかで長居しても咎める者は誰もいない。ドリンクや食事の種類は気持ち少ないが、メニューの写真よりも実物はかなり大きい。食べ盛りの子供2人にとっては、これまたいい環境だと思い立った拓也の父は、迷うことなくこの場を話し合いの場に選んだと言うわけだ。
そもそも、この対談のセッティング自体しなければ、奈菜は未来を選択する余地などなかっただろう。
それでも拓也の父がこの場を設けたのは、彼女が今ある箱の中の情報だけで、自分の未来を決めて欲しくなかったからだ。
日々の仕事で拓也の父は、その事ごとに当事者へ与えられる情報量の違いが、その者の将来の決定を大きく左右することを知っている。
今や大切な家族の一員となった奈菜のその将来に、その後真実を知ってしまう事で失う何かがあるのであれば、少しでも修復する時間を与えたい。
そしてそもそも、父である自分ですら、知らなかった何かがあるのかもしれないのだ。
今回は奈菜が望んでいたとはいえ、仮にこの対話を拒否していたのであればそれまでの話だった。
だが現実の彼女は、辛いはずの過去と向き合おうとしている。自身が置かれてきた過去を全て知った上で、彼女にとって辛い相手と話したいと望んだのだ。本当にこの子は、しっかりした子だと思う。
色々な意味でも、奈菜を保護できて本当によかった。拓也の父はそんな複雑な感慨に耽りながら、約束の30分前に二人の子供を連れて喫茶店に入店するのであった。