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幼馴染のニート更生日記  作者: やわらぎメンマ
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プロローグ(改)

 「カイ君ー、朝だよー! おっはよー!」


 とある真夏の平日の朝。

 24歳の無職、小高海斗は母親とは違う、聞き馴染みのある若い女の声で目を覚ました。

 時刻は午前6時過ぎ。

 ひんやりと感じる室内とは対称に、自分の体温で程よく温まった毛布に身体を包み込まれる心地は何物にも例えようがないほど快適で、この日の海斗はいつも以上に熟睡していた。

 そんな人が快適に眠っていた今、急に水を刺してきたのが、冒頭の女の声だ。

 少し幼さが残る明るいその声に、海斗は顔を顰めながら、

 「おはよう、そしておやすみ……」

 そう言って、少しはだけた毛布を頭まで被せる。

 「もぉー、おやすみな時間じゃないで、っしょ!」

 バサっと、頭まで被せたはずの毛布が一気にはだけた。

 「おはよう、カイ君?」

 視界が開かれた瞬間、目線の先にあったのは、どこか含みを感じる笑顔を浮かべた幼馴染の顔だった。

 まるで「いい加減にしろよ?」と圧をかけられているみたいで、少し怖い。

 ここはひとまず、改めて朝にふさわしい挨拶を返すことにした。

 「おはようございます……、かなさん」

 普段はしない「さん付け」と敬語を含めた挨拶に女は、

 「うんっ、よろしい」

 満足気な笑みを浮かべて、持っていた毛布を床に落とした。

 戸石かな。年齢23歳の警察官にして、今海斗の目の前に立っている女の名前だ。

 海斗とは幼稚園時代からの幼馴染で、出会ってから彼是(かれこれ)20年近く経つ同じ年の女子だが、お互いに成人してからもなお、かなは無遠慮に彼の部屋に上がり込んでくる。

 見た目は性格同様、明るい印象の活発そうな女子で、どこか幼さが残る人懐っこそうな顔つきだが、大学卒業してから1年が経ち、どこか社会人らしい落ち着きも感じられるようになってきた。少し明るめの髪色に肩くらいの位置できれいに切りそろえられたショートカットは、今も昔も変わっていない。だが、中学卒業と同時に覚えたナチュラルメイクのおかげで、持ち前の無邪気そうな雰囲気を程よく中和させていた。

 美人というよりも、可愛い系。

 そんな彼女はコミュニケーション能力も高く、人懐っこそうな雰囲気と性格で昔から常に友達も多かった。何から何まで海斗とは真逆で、正直かなに対して劣等感を感じている。

 だがそんな海斗の心情などお構いなしと、かなは学生時代から変わらず部屋に上がり込んでくる。

 二人が思春期に入りたてのある時、かなに対して「もう来るな」と突っぱねていたことがあるのだが、相変わらずお構いなしに乗り込んでくるそのしつこさに、海斗はとうとう諦めた。

 結局こうして、社会人になった今も学生時代と同じ関係を続けている。

 「カイ君、また遅くまでネトゲしてたの?」

 「まぁ、そんな感じ」

 「やっぱり……、いい加減生活習慣見直す気はないの?」

 「かなが来なくなったら考える」

 海斗の答えに、かなは据わった目をして、

 「どーせ、今以上にダラけるつもりでしょ?」

 警察官らしい、少し詰めた口調で断言してきた。

 海斗は顔を引きつらせて、

 「そんなことはないです」

 無駄な抵抗だということは分かっていながら、そっぽを向いて否定した。

 そんな海斗の様子に、かなは諦め混じりの深いため息をつくと、

 「とりあえずさ、せめて夜型の生活から抜け出そうよ。外の光と空気浴びてさ」

 そう言って、締め切ったカーテンの目の前まで近づく。すると彼女はその生地に手をかけて、思いっきりその布を開け放った。

 バサっと、1日中締め切っていたカーテンが開け放たれる。

 続けてかなは、ガラス戸のカギを開けて、扉の端に手をかけた。

 「ちょ、まさか……」

 海斗が顔を引きつらせたその瞬間、かなはガラス戸を横に開け放った。

 快適な温度に保たれた室内に、生ぬるくジメジメと湿気に満ちた不快な空気が流れ込んでくる。

 その様は、まるで何か危険な物質に汚染されていくようだ。

 「と、溶ける……」

 ベッドの上で身体を大の字にしてうなだれている海斗を前に、

 「だらしないなぁ……」

 かなは呆れた表情を浮かべて海斗を見下ろす。

 「朝型生活を目指すなら、まずは外の空気に慣れる! 今日はエアコン禁止ね!」

 「うそでしょ……」

 突然の死刑宣告も同然の宣言に、海斗は絶望的な表情を浮かべた。

 昼過ぎまで安静にして体力を回復させるという、せっかくのプランが台無しだ。

 「ほら、とりあえずベッドから身体起こしなよ。朝ごはんまだ――」

 かなが言いかけたその瞬間、彼女のズボンの中から電話の着信音が鳴った。

 スマホの画面に表示された人物名を見たかなは、「げっ……」と顔を引きつらせながらも応答ボタンを押して通話をし始める。

 「はい、戸石です」

 電話に出る前から薄々感じていたであろう嫌な予感が現実になったのか、

 「え、今からですか?」

 思いっきり嫌そうな表情とは裏腹に、口調に出さないように注意しながら、電話の相手に聞き返していた。 

 「はい、はい……、了解しました」

 通話終えて、「はぁ……」と深いため息をつくかな。

 そんな彼女に、海斗は、

 「どうしたの?」

 なんとなく事情を察しながらも、一応何があったのか海斗は尋ねた。

 「なんか私の管轄所内で、殺人事件が発生したから緊急招集だって」

 かなは二度目のため息をつくと、

 「せっかく帰れたのに、また戻らなきゃ」

 珍しく顔に疲労の色を浮かべながら、入り口近くに置かれたバッグを手に取った。

 すっかりテンションが低くなったご様子の幼馴染に、海斗は思わずいたたまれなくなって、

 「なんか、その、お疲れ様です……」

 自分が言える立場ではないことを分かっていながら、かなに労いの言葉をかけた。

 「ほんとだよぉ……。でもまぁ、仕事だからしかたないね……」

 かなは「よしっ」とその場で小さくファイティングポーズをとると、

 「とりあえず私、また頑張ってくる!だから海斗も、今日こそちゃんと起きて就活する事!分かった?」

 自分にそう鼓舞しつつ、海斗に人差し指をビシッと指しながら言った。

 そんな明らかに無理をしている彼女に対して、海斗は反射的に、

 「う、うん……」

 と頷くしかない。

 珍しく素直に肯定した海斗に、かなは優し気な笑みを浮かべていた。

 「それじゃ、行ってきます!」

 かなはいつも通りの元気な声で言うと、海斗の部屋を嵐のように去っていく。

 海斗はそんな彼女の背中を眺めながら、扉が閉まりかけた瞬間、

 「ごめん……」

 と、小さな声で呟くことしかできなかった。



 小高海斗は、世間で言われるニートである。

 地元の高校を卒業して6年ちょっと。

 正社員やフリーターのような普通の仕事をする意味を見出せず、一応は大学進学をしたものの、結局半年ほどで中退。結局海斗はダラダラと実家に引きこもった生活を、高校卒業からほとんどと言って良いほどずっと続けていた。

 そんな海斗の肌は、不健康なほど白く、肉付きも良くないため少しやつれたようにも見える。

 性格もその印象と同様、根暗で無愛想と言われることが多い。

 頻繁に顔を出す幼馴染以外に、家族ですらコミュニケーションをとることはないので、海斗は引きこもる前と比べて表情筋がかなり固まってきていると感じていた。

 とはいえ、週に4、5日のペースで幼馴染が早朝に押しかけ、短いながらも会話を交わす機会があるおかげで、声が出せなくなるほどコミュニケーション下手にはならずに済んでいる。

 そんなうるさい幼馴染が出ていってから十数分。

 今日はよりによって、ここ数年で一番よく寝れていたところに、水を刺されてしまった。

 しかも外の空気が大量に入って来てしまったせいで、部屋の気温と湿度がグンと上がっている。快適な環境に身を置きすぎて、身体が外の環境を拒絶するかのように汗が吹き出してくる。

 ベトベトした身体の不快感に海斗は、

 「風呂入るか……」

 そう呟いて両足を床に下ろした。

 開けっぱなしにされた扉とカーテンを閉めて、部屋の中心に置かれた折りたたみ式のローテーブルに置かれた小さなリモコンを手に取ると、海斗はクーラーの電源を入れた。かなからエアコン禁止令が出されているが、どうせエアコンがついているかどうかなど確かめる術はないので無効だろう。

 クローゼットの中から新しい下着と鼠色のスウェットを取り出して、脱衣所に向かう。

 両親と会わないように簡単にシャワーだけ済ませて、新しい服に着替えて自室に戻ると、室内はひんやりとした快適な環境を取り戻していた。

 「ふぅ」と、気の抜けた溜息をつく。

 時刻は朝7時過ぎ。

 起きるにはまだ早すぎるが、シャワーのおかげでしっかりと目が覚めてしまった。

 またベッドに戻って、スマホでネット掲示板を眺めながら寝ても良かったのだが、海斗の足は部屋の壁際に置かれたデスクトップパソコンに向いていた。

 モニター3台と、その横に置かれた少し大きめのゲーミングPC本体が1台。

 その前に置いてあるゲーミングチェアに腰を下ろすと、海斗はモニター横の黒い箱の電源を入れた。

 箱の中から「ウィーン」と冷却ファンが回転する音が響く。

 しばらくすると、スリープ状態だったモニターの電源が付いた。モニターのブランドロゴが表示されるとすぐに、パソコンのログイン画面が現れる。

 「よし、やるか」

 海斗はポツリ呟くと、少し長めに設定したパスワードをキーボードに入力した。

 認証に成功すると、すぐに見慣れたデスクトップ画面が表示される。

 「どれどれっと」

 手慣れた様子でキーボードのキーを3つ同時に押す。すると中央の画面に紫色を基調としたアプリが起動した。

 画面中央には、デフォルメ調の玉ねぎのイラストと、『loading』の文字が表示されており、読み込みマークがクルクルと回転している。

 アプリの起動を待っている間、海斗はキーボード上の別のキーを2個同時に押した。

 するとすぐに、左隣の画面に別のウィンドウが表示される。この画面は今すぐ何かに使うわけではないので、そのまま放置した。

 そんなこんなしているうちに、ようやく画面中央のアプリの処理が終了していた。今画面に表示されているのは、何かを検索できそうな入力エリアだけで、とてもシンプルなウェルカムページ。

 一見すると、よくあるただのネットの検索画面だが、海斗が使っているこのWebブラウザは、どこか普通ではない雰囲気を醸し出している。

 そんな普通ではなさそうなWebブラウザのURL入力欄に、海斗は手慣れた様子でURLを手打ちし始めた。

 全て入力し終えたところでエンターキーを押すと、今度は黒と灰色を基調とした、ユーザーIDとパスワードを入力欄が画面中央に表示される。いわゆる何処かのログイン画面。

 海斗は手慣れた様子で、ユーザーIDとパスワードを入力する。すると、明らかにアンダーグラウンドなページが海斗ことを出迎えた。

 ログイン画面と同様に、黒基調で緑色の文字が目をひく独特なメインページ。

 言語は基本的に英語のみで、色々と表示されているこのページには、「hackingハッキング」や、「server(サーバー) attack(攻撃)」など、明らかに違法な単語の数々が並んでいる。

 ーーークラック・クラッシュ。

 『クラクラ』の愛称で知られるこのページは、裏の世界で主にクラッキングやウィルス開発など、いわゆる違法なビジネスを取引できる裏のECサイトだ。

 ECサイトとは言っても、このようなイリーガルなサイトは、大手が運営するようなネットブラウザで検索して、誰でもアクセスすることはできない。

 『クラクラ』にアクセスするためには、警察や他の攻撃者に特定されないようなブラウザが必要になる。

 そこで海斗が使っていたのが、『Torトーア』と呼ばれるブラウザだ。

 ーーーTor(The() Onion(オニオン) Router(ルーター))は、アメリカが軍事目的で開発した、特殊な暗号通信技術を用いて構築されたネットワークの名称だ。既にTorはアメリカ政府から民間団体にその技術を委譲されており、今では誰でも大手のウェブサイトと同じようにアプリケーションが利用できるようになっている。

 名前にオニオンとある通り、このネットワークは玉ねぎの身を剝いていくように、何層にもサーバーを経由しながら通信を行うため、パソコンなどの電子端末を特定する際に利用されるIPアドレスを秘匿することができる。

 秘匿性が高いというその特徴から、政府批判などの発言を厳しく制限されているような国では、人道家やジャーナリストが国からの干渉を受けずに情報をやり取りすることができるが、そんなメリットがある一方で、海斗が今見ているような違法性の高いサイトも多く存在しており、その闇の深さから世間では『ダークウェブ』とも言われている。

 そんなダークウェブの住人の一人である海斗は、この世界である異名を持っていた。

 ユーザーネーム:『バンカー』。

 直訳すれば銀行員。だがもちろん、ニートである彼の仕事はそんな褒められるようなものではない。

 口座や投資などでお金をコントロールする銀行員とは違い、バンカーの海斗はあらゆる情報を、あらゆる手段を使って入手し、時には工作して金を稼いでいる。


 そう、海斗はいわゆる「ハッカー」と呼ばれる一人だった。

かなり久しぶりに、思いつくがままに書いてみました。

作者の私がリアルで忙しいこともあり、なかなか続きが上がらないかもしれませんが、プロットはできていますので、もしおもしろそうだと思っていただければ、ブックマークやコメントなどいただければ幸いです。

今年中にすべて書き上げられるように頑張りますので、楽しみにしていてください。

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