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07話 柑子翔

“狂信”の騒動があった後の数日は大変だった。

戻るや否や管制室に連行されあれやこれやと連日で話を聞かれた。

その中で唯一不明であったこと

それは誰が何の目的で狂信の因子を渡したのかということ。

これはどれだけ考えても一向に分からなかった。


そのあと僕は休暇を取れと言われた。

管制官の人曰く総長、あの老人の命令らしい。

柄にもなく労わってくれたというわけだ。

最近ずっと因子を使い続けたせいか、扱いはかなりうまくなったと思うが

何せ疲れがひどい。


やっとのことで管制室から解放された後、僕は開発室へと向かった。

そこには小野道さんが待っていてくれた。

「久しぶりだねー紫藤君。今日は大事な用が有るって聞いたんだけど何かな?」

そう言って彼女は開発室の中へと通してくれる。

「もうすでに知っているかもしれませんが僕は狂信の因子を保有している人間と戦闘を行いました。

その中でその因子を入手したので解析していただけないかと...」

僕がそう言うと彼女の目が輝く。

まるで子供かのように跳ね回り、喜んでいる。

曰く、紫の因子は強力なものが多いため入手が難しいらしい。

確かに“狂信”はまともに戦えばどうなっていたか分からない。

小野道さんに因子伝導体を渡すと

何やら複雑な機械に入れて解析が始められたようだ。

ついでにメンテナンスも行ってくれるらしい。

あのね、引き渡してもらった“狂信”の人なんだけどねと彼女は切り出した。

「狂信の因子をどこで手に入れたかが分からないって話だったよね。

今こっちでも大急ぎで探してるの、もう少し待ってもらっていいかな?」

「もちろんです、こんな忙しいときにすみません。よろしくお願いします。」


会話が続かない。

やはり香澄さんがいないと気まずい雰囲気になってしまう。


「近々、エージェントになるんだって?

すごい出世だねぇ、前までは死刑対象だったのに」

そう言って彼女は場を繋いでくれる。

僕が前まで死刑の執行対象であったことを考えると確かにすごい成り上がり方だ。

そこで彼女にエージェントになったらどんな部下をとるのか聞かれた。

初耳だ、エージェントになったら部下ができるのか。

でも確かに赤嶺さんや氷室さんはたくさんの人が周りにいた

僕は誰かの上に立つような質じゃないんだけどなぁとこぼすと

小野道さんはけらけらと笑った。


時間も時間だったのでメンテナンスと解析の終了時には

呼んでもらえるように頼んで開発室を出た。


開発室から出て何もすることがなかった僕は自室に戻ろうとしていた。

そうすると後ろから首根っこを掴まれる。

こんなことする人は一人しかいない。

「何ですか、紫藤さん?」

僕の休暇は消えてしまいそうだ。


連れていかれたのは自販機のある休憩室のようなところだった。

紫藤さんは僕に缶コーヒーを投げてくる。

彼はおもむろに切り出した。

「今回の案件は狂信の因子が関係していた。

お前にこれから大きく関わることだ、知っておく必要がある。」

そう言って深刻そうな話が始まった。

「紫の因子には現在確認されている中で五種類の因子がある。

暴虐、狂信、覇者、厄災、虚無の五つだ。

今回はその一つ、狂信の因子が関係した騒動だったわけだ。

お前は恐らくすぐにでもエージェントに上げられる。

そうなればこれからお前は特に紫の因子と関わることが多くなるだろうなぁ。

その中では凄惨な場面を見ることも増える

俺だってそうだった。俺の因子を巡り巡って受け継いだお前だってきっとそうなる。

ただその時に感情に任せて行動するな、俺みたいになるなよ。

俺はそうした結果、死にかけて因子すら奪われた。

守る力さえも失ったんだ、だからお前は守れるようになれ。」


紫藤さんはうつむいたまま動かない。

僕の因子が元々紫藤さんのものであったことは聞いたことがある。

この人の過去に何があったのかは分からないが、ひどく悲しいことであったのは間違いない。


「そうですか、分かりました。心にとめておきます。」

それしか言えなかった。

紫藤さんは短くおぅと返すと、辛気臭ぇと言ってさっきまでの雰囲気が嘘かのように笑った。

こんな季節に嫌味かと思うようなホットコーヒーも手の中でいつの間にか冷めてしまっていた。


こんな話聞いてくれてサンキューなと言って紫藤さんはどこかへ行った。

紫藤さんから解放されると今度こそ自室へ向かう。

ドアの郵便受けに何か挟まっている。

気になるがそれよりも猛烈な眠気...


ひとまず布団で寝たい、

最近は狂種やら“狂信”やらで何かと忙しかったからなぁ。

よし寝よう、そう考えて布団に飛び込むと

あっという間に意識は布団に吸い込まれていった。


**************************


「…ください、お…ください、おき…ください。」

誰かが僕を起こそうとしている。

やめてくれ、疲れてるんだ。

そうしていると


「起きなさいっっ」

勢いよくはたかれた、痛い。

寝ぼけ眼で見ると香澄さんが立っていた。

僕の頭は混乱している、何でこの人がここにいるんだ?


「あなた、手紙が届いていたでしょう。見てなかったんですか?

定刻を過ぎています。すぐに向かいますよ。」

そう言って連れていかれたのは総長(あの老人)のところだった。

今回は前回とは異なり、多人数はいない。

赤嶺さんと氷室さん、紫藤さんに香澄さんと僕と例の老人がいた。

老人は立ち上がる。

「お主はこれからこの組織を支える一柱となる。

お主のこれからの活躍に期待しておる。」

とだけ言っても元の場所に帰り動かなくなった。

紫藤さんがおめでとうなと言って肩を叩いてくる。

エージェントになるにはもう少し大掛かりな何かがあると思っていたのだが

形式的にはこれで終わりらしい。

これだけなのか...


その後、赤嶺さんと氷室さんに挨拶に行った。

赤嶺さんは、よろしくなと言ってくれたが

氷室さんは、私は認めませんと言ってそっぽを向いてしまった。

赤嶺さんの話によるとエージェントのもとには何人かの補佐官が付くらしい。

そしてその候補は自分で自由に選べるようだ。

また、この組織の人間にはコードネームもつくらしい。

基本的に名前呼びは時間がかかるのと身元がばれる可能性があるため避けるようだ。

僕に付けられたコードネームは「バスター」


諸々が終わり部屋から出ていくと香澄さんから声をかけられる。

どうやら補佐官を選べということらしい。

さすがに赤嶺さんや氷室さんのようにたくさんの人員を初めから受け入れることはできないとのこと。

これから管制室のデータベースから選ぶようだ。

僕の休暇はことごとく潰されていく...


香澄さんに引っ張られ管制室まで連れていかれると香澄さんの席まで案内された。

「あなたは今日よりエージェントになったわけですから

これから今まで以上に忙しくなります。そのくせ、上はより多くの仕事も回してくるでしょう。

そうなればあなたも手が回らなくなる。しかも万年人手不足なんですよ。

なので自分以外に人員を増やさなければいけない。」

そう彼女は説明してくれてデータベースを開く。

そこにはcisに所属している人間の全てのデータがあった。

こんなに人員がいるのにまだ人手不足なのか...

ざっとモニターを眺めてみても目ぼしい人間は見当たらない。

そうして何回ページを更新しただろう。

気づけば紫藤さんも後ろから眺めていた。


その時紫藤さんがストップをかける。

止まったページに映っていたのは不愛想な男の子。

名前は柑子翔。

曰くこの子は近頃、勧誘されて入った人間らしく

僕と境遇が似ているらしい。

つまりは第二の人工的な因子保有者。


そしてこの人が僕にこの子を補佐官として付けようとする考えうる理由とは...


「リスク管理ですか?」

恐らくこれしかないだろう。


「正解」

紫藤さんは返してきた。

この人は僕の味方なのか、上の味方なのか分からない時がある。


なるほどこの組織としても危ない人間を一括で管理できるのならばそちらの方がいいのだろう。

「そういう理由なら仕方ないです、この子にします。」

こうして補佐官は決まった。


「そこでなのですが、紫藤さんと私とそれにあなたと彼は、赤や青と同じく独立した部隊となります。

いつまでも組織に全て隷属したような形をとっていては話になりませんから。」

そう言って香澄さんは教えてくれた。

確かにいつまでも組織に全てお任せというわけにはいかない。

話の続きを聞くと

主に任務を全て与えられるわけではなくなるらしい。

自分たちで依頼に基づいて行うことも許可されるようだ。

しかしながら人員があまりにも少ないためそのような活動が始められる日は

まだまだ遠いらしい。


全てが終わって今日は解散となった。

やっとまともな休憩が取れる。

部屋に戻って横になると僕はすぐに眠ってしまった。


**************************


主に因子保有者で構成される組織、cis.

その実態は多くが知られていない。

ここは日本の中枢、東都

その地下には広大な空間が存在し、

因子の研究、因子保有者を戦闘員として派遣するための組織が存在している。

そしてそれが存在する地下のさらに地下

そこには危険と判断されたもののみが格納される隔離施設がある。

そしてこれらすべての事項は国にすら存在が把握されていない。


その隔離室の中の一室に一人の少年が閉じこめられていた。

彼の名前は柑子翔。

れっきとした因子保有者である。

しかし不思議なことに彼の血縁には因子を持った人間はいない。

ではなぜ彼は因子を持っているのか。

それは彼が人工的に因子を投与された人間であるから。


その日、俺は高校に行こうとしていた。今日は終業式である。

友達とは駅前で待ち合わせをしていた。

駅前に着いたものの友達は見当たらない。

少し早く着きすぎたか...とつぶやいてすぐのことだった。

後ろから布のようなもので口を押さえられる。

意識が少しずつ遠のいていった。


俺が次に目を覚ましたのは研究施設のようなところ。

自身の体にケーブルのようなものがつけられ、体は固定されている。

スピーカーからは声が聞こえてきた。

「目を覚ましたか、少年。

しかし前回の二の舞が起こると困る、もう一度眠り給え。」

そう聞こえると麻酔だろうか、煙状のものが散布され

もう一度気を失った。


そして気が付いたらよく分からない町のよく分からない路地裏に捨てられていた。

ここは何処なんだ。学校はどうなったんだろうか。

そう思ったのもつかの間、よく分からない大人が絡んでくる。

「おぃおぃこんなところにいて汚っねぇなぁ。

おい虫けらがこの町にはびこるんじゃねぇよ。」

これは少しまずい状況なんじゃないかと思い

ここに自分が捨てられていた旨を語った、

そうすれば分かってもらえると思ったから。

しかし結果は、そううまくいかない

相手側に酒が入っていたのだろうか、こちらが返したことが気に食わなかったのか

逆上して殴りかかってくる。


これまで喧嘩は山ほどしてきたけど、これは違うだろ。

相手も喧嘩慣れしてるんだろうか、速い。と思った。

がどうだろうか、

「これホントに速いか?、いや遅い?何でだ?」

相手の動きが異常に遅く見える。

不思議だ、しかし反射的にその手を振り払ってしまった。。

その時の俺はまさかあんなことになるなんて思ってもいなかった。

当たった手が大の大人を弾き飛ばす。


ヤバい...殺してしまう。

本気でそう思ったその時だった。

一陣の風が吹く。

壁と壁の間をジグザグに紫の光が駆け抜けた。

絡んできて飛んで行った男は突如現れたまた別の男に抱えられていた。


着地した人間は自分よりもかなり年上の大柄な男だった。

その男は吹っ飛ばされた男を下ろして言った。

「おぅ大丈夫か?まずは深呼吸。

何が起きてるかは分からんと思うが、ひとまず落ち着けよ。

それでもまさかなぁ、こんなところにいるとは。」

そう言って人懐こい笑みを浮かべている。


その後、紫藤と名乗った男は教えてくれた。

どうやら俺が人体実験に巻き込まれたということ。

その後の恐らく捨てられたということ。

そしてその人体実験の影響が未だ体に残っていること。

おおよそこんな感じだと思う。


その人体実験は国が兵器開発の一環で人間を兵器として使うためのものであり

俺はその実験の巻き込まれた挙句、捨てられた?

意味が分からない


「それでなんだけどお前の存在は今のところ俺しか知らない。

このまま逃がしてやることもできるが、そうすればいずればれて死刑の執行対象になる。

恐らく国は実験の証拠を抹消したい、

すなわち、お前は国の捜索対象であり、排除対象なんだよ。

安心しろ、俺たちならお前を保護できる。守ってやる。」

どうする?と男は聞いてきた。卑怯な質問だ。

全ての逃げ道の可能性を潰したうえで聞いてきているのだから。


ここから独力で生活しても殺される恐怖に脅かされることが続く。

かといって何か頼れる場所があるわけではない。

そこから導かれる答えは...

「それならまぁ、仕方ありません。一応見学という体でお願いします。」

「よしきた、任せなさいっっっ!!」

手を返したように大きな声で返される、この人大丈夫なのか?

そして冒頭へ戻る。

連れてこられたかと思いきや、いきなり隔離された。

紫藤と名乗った男はちょい待ちといって何処かへ行ってしまった。

騙されたのか?安易に信用しすぎたか...

そう言えば、小学生のころから知らない人にはついて行かない的なのがあったよな。


そうこうしていると紫藤さんがやってきた。

どうやら、僕は少し前にここに来た人間の補佐をすることになったらしい。

隔離室と呼ばれるところから出て歩く道すがら、ここについて教えてくれた。

「ここはcis、先天的もしくは後天的に因子を保有した人間をかき集めた組織だ。

因子を用いて犯罪を取り締まる、そんな組織だ。

ここの存在は国にすら知られていない。」

恐らくそんな内容だったはずだ、

初耳であまりに情報量が多かったため把握しきれなかった。


そういえば高校はどうなったのだろう?聞いてみると中退になったようだ。

ということは僕の最終学歴は中卒か...

親に何て言えばいいのだろう、しかしその考えは唐突に打ち破られることになる

紫藤さんのお前行方不明扱いになってるよの一言で。

国が相手なら確かに証拠は残したくはないだろうし確かにそれが一番確実なのだろう。

でも親はどう思うだろう、いきなり行方不明になりましたで納得できるだろうか?

否、できないだろう。どれほど心配しているだろう。

「だからこそ、この連鎖をここで止めたい。

そうすればまたいつか必ず戻れる。お前に家族の安全はこちらで保証する。

だから今はここで生きてみないか?」

俺の心中を察したように紫藤は語りかけてきた。


なるほど、話を聞くに俺と同じような状況の人間が他にもいるらしい。

しかし俺は連鎖を断ち切る、そんなものに興味はない。

また家族と一緒に生活できる未来を自分の手で切り開く。

そのためにこの組織を利用してやる、すべて使って未来をつかみ取る。

これが俺ここに居候してもいいと決めた理由だった。


俺の顔を覗き込んで紫藤はいい顔だ、頑張ろうなと言って肩を叩いてきた。


連れていかれた先は何やらたくさんの人がパソコンをカタカタしているところだった。

「ここは管制室、お前らに指示をくれたり任務を配属したりするところだ。」

と言ってきょろきょろと周りを見回して

おぉーい、と言って手を振った。

その目線の先、俺と同い年くらいの男と女が言い争っていた。

紫藤の一言で女子が一目散に駆け寄ってくる。

その後から男子が歩いてきた。


本日よりこの部隊の補佐官になってもらう柑子翔君だ。

仲良くやれよ。とだけ言って何処かへ行った。


その後残った二人と話して色々と教えてもらった。

男の名前は紫藤、紫藤の親戚か?

女の名前は花本香澄というらしい。どうやらダブル紫藤と花本、そして俺の四人で

一つの部隊らしい。

そしてこの紫藤というひ弱そうな男がこの組織における最高戦力の一柱であるようだ。

「俺は柑子翔、なんだかんだあってここに居候することになった。

だが、あんたが俺の上官とはまだ認められない。」

紫藤と名乗ったひ弱そうな男に向けて言い放つ。

俺は実力主義なんだ。


**************************


今日は僕の補佐官になる人と初めて会う日だ。

惰眠をむさぼっていた僕は何処かの誰かさんにたたき起こされ

管制室に引っ張られていった。

「あんな起こし方する必要ないでしょ!!そもそも何で僕の部屋知ってるのさ?」

「それはあなたが起きないからですよね、部屋を知っていたのは紫藤さんにあなたの管理を

任されているからです、もっとしっかりしてください。」

僕と香澄さんはこんな応酬を繰り広げていた。

本来であれば管制官はここまで深く関わることはないらしい。

しかし、この部隊が非常に少人数であること

そして紫藤さんの頼みであることから彼女はしぶしぶこんなことをしているようだ。


そこに紫藤さんの呼び声がかかる。

どうやら補佐官の子が来たようだ。


紫藤さんの横には仏頂面でこっちを睨んでいるような人が立っている。

僕よりも少し年上だろうか、それにしても怖いんですけど...

彼の名前は、柑子翔というらしい。


「よろしくね。」

僕が手を差し出すと彼はその手を払った。

「俺、実力主義なんで。あんたが俺の上官とはまだ認められない。」

そう言われて、僕は思った、

この子と上手くやっていけるんだろうか。


紫藤さん曰く、この人も僕と同じ人工的な因子保有者であるようだ。

と言うことは僕と同じ

何なら僕の研究結果に基づいて実験が行われた可能性が高いという。

改めてだが不思議なこともあるものだ、

こんなめぐりあわせがあるなんて。


なるほど、それならなおさら関係作らなきゃなんだが...

どうにも向こうはそんな感じじゃなさそうだ。


柑子君は非常に要領がよかった。

香澄さんから話を聞いてここについてのことをすぐに理解したようだ。

一癖も二癖もあるような第一印象だったが、何だか僕よりも頼りがいがありそうだ。

彼は香澄さんに引っ張られ、開発室まで連れていかれた。

その後、開発室からは歓喜の声が聞こえてきたとかきてないとか。


後日、小野道さんから個別に呼び出しがかかった。

開発室に向かうとそこには何やらニヤニヤとしている彼女がいる。

「どうしたんですか、こんな時に?」

「あの子、柑子君だっけ。

君と同じ、先天的な物とは違う後天性特有の強度。

検査したけど、君と同じ紫じゃなかった。

かと言ってどの因子とも特徴が合致しない、どう言うことだと思う?」

彼女は唐突に聞いてきた。

曰く、通常の因子であればその特徴に基づき必ずどこかに分類されるらしい。

僕も例外ではない。

しかし、彼がどこにも合致しなかった理由


考え込んだ僕を見て彼女が言った。

「これは仮説なんだけどね、あの子はいわゆるキメラじゃないのかな?

だからどの因子の特徴も持っていなかった。

因子は原則、他に干渉する。その対象は因子も例外じゃないの。

どの特徴も無かったんじゃなくって、互いが違うものに変えられていた。

そう考えると辻褄が合うの。」


なるほど、確かにそうだ。

しかしこんな危険なことを国が行うだろうか?

そしてこのことが本当だとしたら何のために...


考え込んでいると遠くからとんでもなく大きな音が響いてきた。

なんだなんだと、つい反応してしまうと、

彼女はクスリと笑って

「多分、あの子なんじゃないのかな?

さっき来た柑子君、香澄ちゃんが訓練室まで引きずっていったからさ。」

と教えてくれる。


そんな部屋まであるのか、この施設は。

少し心配になったのでそろそろ向かうことにする。

「では、メンテナンスが終わればまた連絡ください。」

僕は教えてもらった訓練室へ足を向けた。


教えてもらった訓練室はすぐそこだった。

入口から中を覗くと、そこにはへたりんでいる香澄さんと倒れている柑子君がいた。

「どうしたんですか、何があったんですか?」

僕が尋ねると香澄さんが答えてくれた。

どうやら柑子君は意識を失っているらしい。

「彼のできることを確認しようとしていました。

すぐにでも戦力が欲しかったので。

彼はあなたと違って器用でしてね、因子を巡らせるなどの表現をすぐに理解してくれました。

そこまではよかったのですが...」

彼女が口をつぐむ、何なんだろうか。


「このありさまを見て何か気づきませんか?

そうです、この人が訓練室を半壊にしてしまったんです。」

一瞬、訳が分からなかった。

だってこの部屋は壁にも床にも傷一つついていない。

香澄さんは上を指さす。


なるほど理解した。

確かに半壊だ。

20メートルはあろうか、高さの天井がまさに半壊していた。

何をどうしたらあんなことになるのか。

唖然とした僕の顔を見て僕の考えを悟ったのであろう

彼女が今度は柑子君を指さす。


大方信じられなかった、因子で自己浸食を行ったとしても

身体の強化率はもともとの5倍が限界なのは、小野道さんに散々付き合わさせられた実験からも

明らかになっている。

単純に考えて元々、4メートルの垂直飛びができないと

天井には到達しない。

しかも天井についている傷やへこみは1か所ではない、

広い範囲の数か所にわたってついている。


「この人、因子を体に巡らせるまではよかったんです。

そこからこの人、なぜか空中に浮いてしまって。

飛び回ったんですよ、まるで弾丸みたいに。

そこからはもう色々なところにぶつかって、気を失って落ちてきたという話です。」


にわかには信じられない、

因子を保有しているとはいえ人が何もなしに飛ぶなんて...

ライト兄弟もびっくりな話だ。

何で私がこんな目に...

香澄さんがボソッとこぼして、ジト目で僕の方を見てくる。

嫌な予感がした。

そうだ今日は休暇なんだ、帰ろう。うん、そうしよう。

何も見なかったふりをして二人に背を向ける。


その肩が捕まえられた。

「何知らんぷりして帰ろうとしてるんですか?

私にこんなことさせて、これは本来あなたの仕事なんですよ。

後始末くらいやってください。」

笑っている、怖い。


しかしこんな半壊状態、どうすればいいのか。


するとなおも彼女はにっこりとほほ笑んで

「あなたの因子は何ですか、覇者です。

無機物に侵食して直すくらいお手の物でしょう。

幸いここは訓練室です、いつかのためと思ってやってください。訓練です。」

終わるまで返しませんと言って、彼女は僕の後ろで腕を組んでいる。


そこからのことは覚えていない。

本来因子が通るはずのないものに因子を通すのは非常に困難らしい。

恐らくそれを分かってて、この人はこんなことを言ったのだろう。


僕の休暇は消えた。

残ったのは訓練室に倒れる死体2つ。


**************************


あっという間に休暇は終わり(休暇に忙殺されるとはどういうことだ?)

すぐにいつも通り派遣が行われることになった。

あれから、柑子君は随分と熱心に練習し

自由自在とは言えないものの、ある程度の速度であれば飛び回れるようになっていた。


そして今日は彼の初仕事である。

基本、初任務ではもう一人補助が付くそうだ。

そしてその補助が僕である。

恐らく紫藤さんが仕組んだのであろう。

あの人の顔が目に浮かぶ。


任務の内容は、小規模部隊には珍しく依頼であった。

依頼主によると最近、町で不審者が現れるらしい、

しかもその不審者はどうやら何か様子がおかしいらしい。

人間であるように感じないとのことだ。

実際に見たのだろうか。


そして指定された場所を見て絶句したのは柑子君だった。

「俺んちの近所...」

彼はぼそっと呟いた。

何はともあれ実際に行ってみないと始まらない。

そうして僕と彼はゲートを通って出発した。


メンテナンスが終わった因子伝導体にデータが転送されてくる。

彼も確認したようだった。

彼が息をのむ。


依頼者の名前 柑子梢


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