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06話 狂信

数日後、管制室から連絡が入ったのは夕方のことだった。

どうやらとある場所から強力な因子の反応が出たらしい。

とはいっても狂種ほどでもないうえ動いていないため様子見のようだ。

念のため確認してきてほしいとのことだった。


早速、メンテナンスに出していた因子伝導体を受け取り

ゲートが集まっている場所へ行く。

今回はD6ゲートだそうだ。

ゲートを通って射出機に入る。

この箱は射出機というそうだ、エレベーターではないらしい。

ボタンを押すと射出機が動き出す。

地上に向かって速度を上げた射出機がさらに加速していく。


射出機が停止した。

どうやら地上に出たようだ。

空は真っ暗になっていて自分の時間感覚がだんだんとおかしくなっている現実を

突きつけられるようで恐ろしい。

<<因子伝導体に位置情報を送りました。確認してください。>>

耳元から香澄さんの声が流れてくる。

了解とつぶやいて因子伝導体の一部から表示を行う。

空気中にディスプレイのようなものが浮かび上がり情報が表示された。

その情報によると反応が検出された場所はかなり近い。

歩くとすぐに着いた。


そこはまるで資材置き場のようで見たところ

因子に関係するようなものはなさそうだ。

いや、待ておかしい。

確かに因子に関するようなものは確認できない。

だからこそ、この因子の濃度は異常だ。

鼻につんと来るような、気分が悪くなるほどに濃い。


そこから導かれる結論は

僕以外の因子を保有した人間がここにいる。


物音がした。

「何者なの?出てきなよ。」

音がした方向に向かってそう投げかけると意外にも答えが返ってきた。

ただし、言葉によるものではなかった。

僕を取り囲むように現れたのはあの集まりの際に僕の処分に対して

声を上げた人に賛同した人たちであった。


しかし何だろう、様子がおかしいように思える。

わずかではあるが恍惚とした表情を浮かべている。


その時、上から声がした。

「やはり君なら来ると思っていたよ、紫。

僕一人でやっても君には恐らく勝てない。だから少しばかり他のみんなにも

力を貸してもらったというわけだ。」

そうだろう、君たち?とそいつが聞くと

聞かれた人たちはまるで崇拝するかのように肯定の意を口にした。

やはり違和感がある。

以前も感じたふわふわする言葉、

今回はさらに抗いがたくなるような波長のようなものを声の中に感じる。

僕は自分に因子を干渉させることでなんとか意識を保っていた。


「何をした?お前はこの人たちに何をしたんだ?」

「何って何?私はみんなに協力を仰いだだけだよ。」

そんな答えに反吐が出る、僕はずっと気になっていた核心について聞いた。

「お前の声、何か変わった。いや、劇的に変わった。

まるでこの人たちが操られているかのように。もう一度聞く、何をした?」


奴はしばらく黙っていたかと思うと笑い始めた。

まるでいたずらがばれた子供のように。

そしてこちらを向いた奴の目は僕と同じ紫をしていた。

僕の頭の中に紫藤さんとの会話が蘇る。

因子の色は目や髪に現れること、つまり目や髪でその人の因子の色が分かる

つまりこいつは紫の因子を持っていること

香澄さんにすぐに連絡を入れる。

恐らく奴には気づかれてはいない。

香澄さんはすぐに応対してくれた。

<<紫藤さん、どうかしましたか?>>

「香澄さん、驚かないで聞いてね。因子反応の正体が分かった。

あのうわさの人だった、しかも恐らく紫を保有している。」

僕がそう言うと香澄さんは冷静になって紫藤さんを呼んでくれた。

<<おぃ、何で紫がお前以外にいるんだ?とにかく非常事態だ

何か気づいたことがあれば全部話してくれ。>>

僕はインカム越しに全ての違和感について話した。

僕の到着した場所に先にそいつがいたこと。

最初から堂々と話しかけず、隠れていたこと

そして

そいつの声に違和感を感じ、周囲の人間が恍惚としてまるで操られているかのようなこと


その後しばらく静かになった紫藤さんの口から語られたのは衝撃としか言いようのないことだった。

<<よく聞け、そいつは間違いなく紫だ。

そして最初から実力行使で仕掛けてこなかった

紫の中でそんな真似するのは決まってる。“狂信”だ。

他にもそいつの見方が隠れている可能性がある。狂信は>>


そこまで聞こえた途端、インカムから音が聞こえなくなった。

機械は故障していない、恐らくは妨害電波のようなものだと考えられる。

誰がこんなことを


そして狂信...

僕と同じ紫の一つ、支配する力の一つ。

このことを見逃すわけにはいかない。

必ず捕らえてcisに引き渡す。


それは一瞬のことだった。

何かが頬をかすめる。

瞬時に自動迎撃機構を起動、飛んでくる飛び道具はすべて無力化した。

と思っていたのだがおかしい、

頭がくらくらする。

まるで眠りに引きずり込まれるかのような抗いがたい感覚。

頭の芯に響くような声がする。

さっきよりも強い干渉力。

自動迎撃機構に因子を使った分、相手の干渉力に抵抗しにくくなっている。

誤算だ、僕の方が強いと思っていた

因子の力で言えばほぼ互角だったんだ。


「さぁ、そろそろ効いてきたんじゃないか?

あのお方から頂いたこの力を使えばこんな芸当もお手の物。

どうだい、抗いがたくなってきたんじゃないか?

もう抵抗なんかやめて、僕のもとに下るがいいさ。

君はこれから何も考えなくていいんだ、罪の意識に苛まされることもなくなる。」

語りかけられる、声からするに奴なのだろう。

あの方とは誰だ、それも確かめなきゃいけないのに

そう考えたのを最後に僕の意識は沈んでいった。


**************************


あの日、私は初めての屈辱を味わった。

“覇者”を保有している人間が現れた。

挙句にこの組織に入ってすぐにエージェントになるという。

耐えられなかった、自分のやってきたことが否定されたように感じた。

私は因子を保有している

でもそれ以外にも自分に特性があることに気付いたのは何度か任務をこなした後だった。

話し方だろうか、それとも声の性質だろうか

私は相手に軽い催眠のようなものをかけられることに気づいた。


私は認められるため、催眠の研究に没頭した。

話し方、声の揺らぎ方から全てを探求した。

そして因子の力に頼らない強力な力を手にしたんだ。

私はこの力を使って何人もの人間を動員して任務にあたることで達成率を格段に上げた

全ては自分が認められるため、のし上がるため。

こうやって私の計画はうまくいくはずだった。


ところがだ、あいつが現れた。

“覇者”の保有者、長らく行方不明になっていた因子。

そして私が目的にしていたものの一つでもある。

支配する力が強い紫を手にすれば私はもっとのし上がれると思っていた。

そんな時にだった。

エージェントへの昇格、管理監視という目的付きであったが

そんなものはおまけでしかない。

奴の昇格自体が僕には許せなかった。

自分の全てが無駄であったかのように思えてしまう。


ただ一つ救いはあった。

総長様はおっしゃった。

自分の方が上であると、エージェントの器であると証明してみろと

私が奴に勝てばエージェントの座は私のものだ。

私はどす黒い感情に徐々に支配されていった

しかし、どうしたものか。自分ではどうしようもない。

催眠も奴には効かなかった。

そう考えていたある日の任務の帰り道、

人気のない路地を通っていた時のことだった。


「お兄さん、お兄さん、どうしたの?そんな険しい顔して。」

声のした方を見ると、自分よりもはるかに小さい小学生ほどの子供が

錆びた看板の上に座っていた。

ただの子供か、迷子なのだろうと無視を決め込むこむことにした。


「いやだなぁー、気づいてるのに無視なんて。それでも正義の味方、cisの人なの?」

そう言われて息が止まりそうになった。

なぜ私がcisの人間であると知っている。

組織の情報は漏洩することがないよう厳重に守られているはず...

そう考えているとその子供は僕の目の前に降りてきた。

そして語り掛ける。


「あなたは力を欲している。

自分を認めさせたい、誰かを蹴落としてやりたい

そう思ってる、違う?

ボクなら叶えてあげられる、君の力になれる。

君の周りにいる無能どもと違って君を理解してあげられる」

私はそう言われて涙が流れた、初めて自分を理解してくれる者が現れたのだ。

この人ならば自分を導いてくれる

この人の言葉こそがこの人を信じられる唯一の根拠であると思った。

故にすがった、力を。

そしてその人から受け取ったのは小瓶に入った紫色の液体

飲むように言われたので即座に飲んだ。

飲んだ途端に感じた万能感、今の自分ならどんなことでもできる気がした。

その旨を伝えると、その人は笑ってよかったねと言ってくださった。

意気揚々と帰るそいつの背中をボクは見つめて笑い出しそうになる。

あんな言葉嘘っぱちだ。

あんなに軽い言葉でだまされなんて馬鹿にもほどがある。

しかし非常にタイミングが良かった

丁度新しいおもちゃを探していたところだったんだ。

「どうなるのか、見させてもらうよ。」

そう言ってほくそ笑む少年の目は紫に染まっていた。


**************************


あのお方から授かった力は素晴らしい。

自分の言葉一つで他者を意のままに動かせるようになった。

そして自分の意思を言わなくとも言葉を通して通じるようになった。

その結果、相手は気づかぬ間に自分の思うがままの動きをするようになったのだ。

抗うことのできない強制の言葉の力、何と素晴らしいんだ。

そしてこの力で紫を地に伏せさせた。

これで私の勝ちだ

暗い闇の中へ意識が沈んでいく。

今、僕がどこにいるのかすらも分からない。

えぇと確か、狂信に言葉をかけられて...


そうだ、思い出した。狂信に言葉をかけられた僕は意識を失ったんだった。

しかし、どうやって戻ればいいのか。

恐らく実体の方は意識を失って倒れている。

ならばできるできるだけ速く戻らねばなるまい。

そう考えていた時、一つの言葉が頭の中に流れた。

「「君はこれから何も考えなくていいんだ、罪の意識に苛まされることもなくなる。」」

そうだ全て忘れてしまえば、抗うことをやめてしまえば

僕は自分の力の責任を忘れることができる

自分の罪を忘れることができる

そう思ってしまった。


一度そう考えてしまうと、それが非常に魅力的に感じてしまう。

「もう、どうでもいいや。全部忘れて楽になりたい。」

それは僕の心からの本音だったのだと思う。

そう口から漏れ出してしまった。


周りから暗い手のようなものが僕をつかんでより深いところへ連れて行こうとする。

今度こそ本当に抗いがたい眠気に襲われてきた。

ずるずると引き込まれそうなったその時


「「必ず帰ってくるように」」

声が響いた。

誰だろう。帰りたくないんだ、ここにいたいんだ。

そう思っても繰り返ししつこく頭の中に響いてくる。

徐々に思い出す。

きりっとした目、ぴしっとしたスーツを着てこんなことを言ってきたあの人を


そうだ、何で忘れていたんだ。必ず帰ると約束したじゃないか。

自分勝手に罪の意識から逃れようとして、考えることすら放棄しようとした

そんなさっきまでの自分を恥じた。

何のために自分はここにいる?

何で僕はこの力を使うと決めた?

見失いかけた僕の原点(オリジン)

それすらもゆるがせるのが狂信の因子。

頭が徐々にさえてくる。

ここは狂信によってとらわれた精神の行きつく先なのだろう。

ならば相手の意志よりも強い意志を持ってこの空間からの脱出を試みる。


僕の原点、この力を使うと決めた理由、自分が生きると決めた理由。


自分がいなくなってしまえば、あの子を思い出す人間がいなくなってしまう。

あの子の死が忘れ去られることはあってはならない。

僕はあの子の死を忘れないために生きなければいけない。


これが僕の原点(オリジン)だ。


意識が浮上していくのを感じる。

そして視界が光に包まれた。


**************************


目の前では“覇者”が倒れている。

このまま殺して因子を奪ってしまえば全ては私の思惑通り。

“覇者”といえど力の前には力及ばずか...

そう思った時

私が感じていた奴との繋がり、具体的に言えば催眠による干渉が断ち切られた。

ありえない、万全を期したうえで私は奴に挑んだ。

いくら奴が“覇者”であるといっても...


「紫の因子は支配する力、狂信の因子は相手に無意識に干渉させることに関しては

性能は頭一つ抜けている。

でもね、僕の因子は覇者の因子だ。干渉じゃない、意思の力による自身への支配。

干渉が支配に勝てるはずないでしょ。でも危なかったもう少し以前なら完全に干渉されてた。」

そうぬかして奴が立ち上がった。


覇者の因子は支配する力

そして僕だからこそできる真の解釈

これにより僕は自身への支配を行い、干渉を打ち破った。

さぁ、好き勝手やってくれたみたいだからここからは僕が好き勝手にやらせてもらう。

「奴が目を覚ました、みんなやってしまえ。」

そう言って“狂信”は隠れていたであろう全ての人間を動員する。

さっきと同じ手は食わない。

自動迎撃機構の数を減らす、その代わりに自分の筋肉に干渉して筋力を上げた。

あの時のようなミスはしない。

目は薄い紫の光を帯びていた。

そのまま自動迎撃機構を思い切り投げる。

先ほどとは比べものにもならない速度で飛び回り、すべてのものを撃墜した。

これで残るは“狂信”一人だ。

一人残された奴はうつむいている。

そして何かをつぶやくと手を銃の形にしてこちらへ向けた。


「君の力は素晴らしい、ますます君の力が欲しくなった。

でもその前に君をここで殺さなくては、僕が満たされない。

僕が欲しいのは君じゃなく君の因子だ。」

そう言いう奴の指先には徐々に紫の光が集まり始める。

あれは紫藤さんから聞いたことがある。

体の一か所に因子を集めて打ち出す技らしい。

あまりに使用者に対する負担が大きいため本来はあまり使わないそうだ。


目の前にいる“狂信”の発言が僕の逆鱗に触れた。

「この因子は僕が背負わなきゃいけないものだ、決して渡さない。

力を力としか認識できないお前にはふさわしくない。

この因子を背負う重みも理解できないお前に

僕はこの因子を渡すわけにはいかないんだ。」

激情が体の中を駆け巡ると同時に因子が体の中でたぎるのを感じる。

自動迎撃機構が集まり、一本の槍を形作る。


「そうだ、もっと君の因子の力を見せてくれ。もっと僕を魅了してくれ。」

「この力を僕が正しく導いてみせる。 (ランス)!!」


“覇者”と“狂信”の手から同時に発射される。

力と力がぶつかり合い強烈な風が巻き起こる。

刹那、黒の槍が持ち主の思いに応えたかのように紫の因子の光を打ち破った。

そのまま槍は“狂信”の体を貫通する。

“狂信”は胸に大きな穴を開け、倒れた。


“狂信”が倒れている。奴の中にあった狂信の因子は貫通時に因子伝導体に取り込ませている。

それ以外の因子は槍で体を貫通させたときに僕の因子で支配することにより消失させた。

奴の胸に大きな穴が開いている。しかしよかった、まだ息がある。

本来ならば助けたくもないがこいつには聞かなければならないことがある。

そのために死なせるわけにはいかない。

奴の体を僕の因子を使って一時的に支配、

体の組織の修復力を底上げすることで再生させた。

こいつも因子を保有しているのならそう簡単には死なないだろう。

インカムを使うと妨害電波もなくなり通じるようになっていた。


<<大丈夫だったんですか、

いきなり通信が途絶えたかと思えばこうやって連絡してきて。

こちらの身にもなって下さい、心配したんですよ。それで何のご要望ですか?>>

香澄さんが噛みついてきてびっくりした、向こうも少し慣れてきたのか

今日はお小言も少なめだ。

僕は“狂信”を倒したことと救援が欲しいことを伝えた。

いくら直したといってもあくまで応急処置に過ぎない。

彼女はすぐに手配をすると言ってくれた。

もうすぐ夜が明ける、何だか長い夜だったように感じた。


**************************


東の空が明るくなり始めるころ一人の子供が歩いていた。

見かけは小学生、しかしその異様な雰囲気は隠しきれない。

「せっかくいいおもちゃが見つかったと思ったのになぁー

今回もハズレだった、因子持ちの人間なら少しはマシだと思ったのに...

まぁいいや、いいもの見れたしね。

“覇者”か、これは面白くなりそうだ。」

そう言って満足げに笑うその少年の目は紫の光を発していた。


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