03話 孵化
地上に出ると日はすっかり落ちていた。
突然、インカムから声が聞こえ始めた。
<<聞こえていますか、紫藤さん。地上に出たようですね。
取引が行われる場所はすぐそこです。>>
香澄さんがインカム越しに教えてくれた。
少し歩くと香澄さんから指示のあった場所に到着する。
中からはかすかに声が聞こえてきていた。
<<中の人物は重火器で武装しているようです、できるだけ見つからないよう一人ずつ処理してください
くれぐれも気取られないように侵入するように。>>
「了解しました。」
重そうな扉越しに声が聞こえてくる。
どうやら何かの取引をしているようだ。少し開いた扉から声が漏れている。
閃光弾のピンを引き抜いて中に向かって思い切り投げた。
数秒後、倉庫の中が閃光に満たされた。
その隙を見逃しはしない
<<あれほど気づかれないようにと言ったのに>>
耳元で叫び声が聞こえるが気にする余裕はない。
一気に中に入る。と突然、弾丸が飛んできた。体勢を低くして間一髪躱す。
<<相手の発砲を確認、因子伝導体の制御を解除します。>>
香澄さんの声が聞こえると同時にベルトに付けていた留め具が外れ、因子伝導体が使えるようになる。
相手はざっと数えて10人程度、その中から優先すべきは遠距離射程の銃火器持ち
一人に狙いを定める。
そいつは銃を僕へ乱射してきた。
因子が体を巡っている感覚をおぼえる、弾丸の一発一発がゆっくりに見えた。
しかしさすがに全ては躱せない。
体を巡る因子の一部を手のひらから伝導体へ流す。
できるようにと教えられた形態の一つ
“自動迎撃機構オートインターセプト”
黒の球は分裂した。少年の周りを高速で縦横無尽に飛び回り、弾丸を打ち落とす。
そのうちの一部を使い、銃を砕き、対象を壁に縫い付ける。
そのまま遠距離持ち全員を無力化した。
すると次に特殊警棒で襲い掛かってくる。
いかんせんこの倉庫の中は死角が多い。奇襲には最適だろう。
分裂した伝導体を使い、弾く。
また違う人間が奇襲を仕掛けてくる、弾く。
奇襲、躱す。奇襲、いなす。奇襲、受けて返す。
何度繰り返したのだろう、そしてその中で感じる違和感。
なぜこいつらは届かないと分かりながら同じことを繰り返す。
まるで何かを待つような、時間を稼ぐかのような...
その時、一つの可能性が頭をよぎった。
それは本部での何気ない会話。
「香澄さん、もし因子に適性のない人間が人工的に因子を投与された場合、どうなるんですか?」
という質問に香澄さんは
「最悪の場合、自我を乗っ取られてしまい暴走する可能性があります。
この状態になった人間を私たちは狂種と呼んでいます。」
なんて答えを返したことを今になって思い出す。
まさか
<<後ろっっ!!>>
香澄さんの声が響く。
背後には明らかに人間の持つそれとは異なる理性を無くした目の何かが迫っていた。
因子が流れているというのに、体が止まったように動かない。
速い、相手があまりにも速すぎる。
間に合わない
自動迎撃機構がある程度は防いだものの、防ぎきれなかった分の衝撃が全身を襲う。
その拳によって、体は毬のように地面をはね、資材の山に激突して止まる。
その拍子にインカムもどこかへ飛んで行った。
「ウルァァァァ、ウァァァ」
獣の方向のような声を上げ、狂種が駆けだす。
体が動かない。
骨が折れている、開いた傷口からは赤い血ではなく紫の液体が流れ出る。
動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
管制室で香澄は非常に動揺していた。
紫藤と連絡が取れなくなったことはもちろんのこと、つい先ほど強力な因子反応が検出されたからだ。
そして、インカムからわずかに聞こえる獣のような咆哮
聞き間違えるはずもない
「狂種...」
今回は因子が関連する事案である。
逆上した人間が自らに因子を打ち込み、自我を失ったということも十分にありえる。
そしてその危険性故、多くの人員を導入しないと対処できない案件ということも
彼女は理解していた。
それでも、
「必ず戻ってくるって約束したじゃないですか。」
その言葉は誰に届くわけでもない
だが彼女は信じる。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
狂種の打撃に何度跳ね飛ばされたのだろう。
彼は数えることもなくなっていた...
朦朧とする意識の中で彼は因子も本質、もといずっと考えていた答えに至ろうとしていた
香澄さんの言った当たり前のこと
「因子は他に干渉する性質を持つんです。」
それに僕はずっと違和感を感じていた。
感覚が研ぎ澄まされていく。
体の中を流れる因子、その作用する対象がより曖昧になっていく。
本来、因子は他に干渉するもの
だけど僕に投与された因子は僕のものではない。
すなわち僕にとっての他は僕自身であり、僕以外。
その結論に至った時、彼の因子への解釈は大きく広がる。
自己も他も全てを支配する因子が生まれた。






