01話 災禍をもたらす者
○月△日
「お昼のニュースです、先日□日に科学地区を中心として起こった正体不明の爆発ですが...
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あの日のことは詳しく覚えてはいない。
気が付くとそこはまるで津波が押し寄せた後のように、瓦礫だけが視界に映っている。
ここが何であったのかは分からないが今は不気味なほどに静まり返っている。
なぜ自分がここにいる?
ここは何処だ、僕は誰なんだ。
断片的に記憶が欠けている。
思い出せない、ただ何か大切なものが欠けているような気がした。
あてもなく歩き回る。
そうしているとすぐに甲高い音が聞こえてくる。
周りをよく見ると火の粉が上がっている。
ひとまず、この場所から離れないといけない。そう思いさらに歩く
何処からか泣き声が聞こえてきた。
その方向へ向かうと、小さな男の子が一人泣いている。
「どうしたの、こんなところで?」僕が尋ねると
「みんなみんな、いなくなっちゃった」そう答えた。
この子にはよくわからないが近いものを感じた、だから連れていくことにしたんだ。
歩いている間に色々な話をした。
彼の名前は康太、小学生らしい、僕よりも小さい。
お父さんとお母さん、弟の4人家族だったということ
みんながいなくなった理由は分からないということ
ある日、太陽が落ちてきたといっていた、どういうことだ?
何はともあれ、一人で寂しかったのだろう、手ぐらいは繋いであげよう
笑ってくれた、安心したのだろうか。
そうやってどれくらい歩いたのだろう、ようやく人影が見えてきた。
そんな中、そのうちの一人が僕たちに気づいた。
急いで駆け寄ってくる、大丈夫かと聞かれた、こんな中でよく頑張ったとも言われた。
大人たちが駆け寄ってくる。康太がこれまでのことを全て話してくれていた。
僕たちは保護されるそうだ。
もう大丈夫だ、安心していたその時
康太が苦しみだした、体中に紫の模様が浮かび上がっては消えて、広がっていく。
喉をかきむしる、目を見開いて息もままならない。
もがくように手を動かして、助けを求めるように虚空に手を伸ばす。
「助けて、お兄ちゃん...」 その言葉が康太の最後の言葉だった。
康太の体は内側から膨れ上がり爆散する。
僕とつないでいた彼の腕だけが僕の手の中に残った。
どうしてこうなった、どうしてこうなった、どうしてこうなった。
自問する、答えなんか分からない。
ただ一つ言えることは、大人たちのさっきまでの慈愛に満ちた目線とは違うものを感じるということだった。何か化け物でも見るような目だ。
その日、僕は保安局という人たちに連行された。
遺体は解剖の余地が無いほど損傷が激しかったそうだが、保安局はありとあらゆる伝手を使って原因を究明しようとした。
死因が未だによく分からないため、近くにいた僕は保安局で血液検査やその他の検査を受けたのち、事情聴取を受けることになった。
検査が終わって数日後、事情聴取が始まった。
名前は、年齢は、どこに住んでいたのか、確かそんなことを聞かれたはずだ。
僕が質問に答えると困ったような顔をされる。そんな顔されても困るんだが...
同じような質問ばかりにくだらない応酬が続き、僕はデスクに拳を叩きつける。
拳には少し血がにじんでいた。
どうやら僕に聴取をしていたのは、相当なお偉いさんのようで局長と呼ばれていた。
局長(と呼ばれている人)は僕に向かって困り顔でこう尋ねた。
「お前さん、本当に何も覚えとらんのかね?」
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この世界に因子という特殊なものが
遺伝子に組み込まれた人間が初めて生まれてから早、十数年。
周囲に干渉するそれは
環境の急激な変化に適応するための進化であった。
保安局局長は、文献を投げ捨てた。
少しは有益は情報があるかと思ったが的外れ、
1つとして手がかりを見つけることはできなかった。
局長はデスクの周りを何周目であろうか歩き回る。血液検査の結果が出たのだ。
検査されたその血液は普通の人間とは大きく成分が異なっていた。
通常の血液であれば、全体の約55%が血漿という液体成分で約45%が血球という有形成分であるが
採取された血液には、血漿が存在せず、未知の物質で補われていた。
また遺体の解剖時に採取された物質も、この未知の物質と極めて近いことが認められた。
保安局研究室では、とある実験が行われている。
今まさに未知の物質をマウスに投与しようとしているところ。
マウスに注射によって投与を行う...
何も起きない...かのように思えた数秒後、マウスの体は爆散した。
これまでにこんなことはなかった。
研究員たちには、言葉を失う者、失神する者、その場で嘔吐する者が多数
この結果により採取元である少年と死因の因果関係が明らかになった。
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この実験によって危険人物且つ人殺しの烙印を僕は押された。
その後のことは思い出したくもない。
決して壊せないという噂の檻に入れられ、まるで犯罪者かのようにどこかへ輸送された。
その途中に何かガスのようなものが出てきて、それを吸ったとたんに僕は意識を手放した。
目が覚めるとそこはきれいな建物で目の前には黒い服を着た人が何人もいる。
僕はその人たちに見降ろされた状態で、鎖で繋がれている。
「こいつは要注意人物です、科学地区の爆発と何かしらの関係があると考えられます。」
そうやってキンキンとうるさい声で必死に話すおばさんがいる。頭に響く
ここはどこだ、あの人たちは誰なんだ。
黒服のうちの一人が僕に気づいた。
「おはよう、少年。早速なのだが君には裁判を受けてもらっている、これは通常の裁判ではない
国民に公開されることもなく、一部の人間のみが参加を許される、国の裏側を取り仕切るものだ。
君には科学地区の事件と何かしらのかかわりがある、いや君が原因であるということが半ば確定しているのだよ。」
そう言って、資料からこちらに目を向ける。
その目はいつかの大人たちが僕を見ていたあの目と全く同じだった。
その目には光がなかった、こちらを人間として見ていないようだった。
周りを見る、傍聴している人間全員がまるで僕を逃がさない砦になったかのように
覆いかぶさってくるように僕を見ている。
味方なんていない、助けてくれる人なんていない、全てが僕を肯定しないのならこんな世界はいらない
そうやって、どす黒い感情が渦巻き始める。
そんな時、黒服の声が静寂を破った。
「君は危険だ、人を簡単に殺せてしまう。ひいてはこの国を存亡にも繋がるやもしれん。そうなる前に我々は手を打たねばならない。君がいる限り大多数の人間に平穏は訪れないのだよ...
君を死刑に処することでこれからの日本の安全を保障しようと思う。」
何なんだこの茶番は、傍聴している人間は手をたたいて喜んでいる。
僕は何も知らないのに、何で僕が死ななくちゃいけないんだ。
何で何で何で
僕は甘かったんだと思う、同じ人間なら分かってくれると信じていた。
僕のつらさも,後悔も、こんなよく分からない身の上だって誰かが理解しようとしてくれるんだって
そんな人が一人でもいてくれるって
信じてたんだ
自分の甘さに、はらわたが煮えくり返りそうになると同時に冷静でもあった。
他人に頼ってはいけない
他人に期待してはいけない
いっその事、死んでしまえば楽なんじゃないか。
そんな考えが頭をよぎる
「あぁ、もういやだなぁ」
ふとそんなことがうつむいた口から漏れ出る。
その時、声が降ってきた。
「そんなこと言っておきながら、お前ホントはどう思っている?
死ぬのは簡単、ただそれは自分のしたことに対するもっとも簡単な逃げじゃないのか?」
顔を上げるとそこには自分よりも背の高い男が立っている。
安易に言葉を発することができない。
その男にはそれほどの威厳があった。
もう一度、自分に問いかける
自分が何をしたいのか、自分に何ができる。
思い出す、自分がいなければあの子は死ななかったのかもしれない。
心に傷を負いながらも、まっすぐに歩いて行けたのかもしれない。
そんな未来を消したのは紛うことなく僕だ
償うことなんて簡単にできない、こんな僕に償う資格なんてない
それでも、それでも...
「...きたい、生きたいです。」
エゴだ、そんなことは分かっている
でも生きていれば必ず償える、そう思うだけの自己保身だ
それでも僕は生きていたい、自分に決着をつけないと 償わないと死にきれない。
何もできずに死ぬなんて、そんなの僕自身が許せない。
だから生きたい、そう心から願った。
それを聞くと男は悪そうに笑う。
と同時に僕を繋ぐ鎖に紫の模様が浮かび上がりは消えて、広がっていく。
鎖は切れた。
男は僕を小脇に抱えると、多くの人間の罵声を気にする様子もなく
軽く飛ぶと天井の梁につかまり、体を振り子のように揺らして手を放し
その反動で宙を舞い、窓を突き破った。
かくして救いの手は差し伸べられる