15話 東都中央地区混沌戦①
柑子翔は機嫌が悪かった。
とある状況に歯が立たず、その後は自分たちを裏切った奴と一緒に行動?
紫藤あいつ...帰ったら覚えてろよ。
あの妹大好きシスコン兄は俺とやれることが似ていると聞いた。
あいつなんざいらんということを証明するいい機会だ。
俺一人で鎮圧する。
空から見るとあちこちから火の手が上がっている。
町の人間は暴徒化、ストリートファイトが始まっているところもある。
「花本香澄、因子反応の検出を頼む。」
<<目の前の一帯は全て反応の発信源になっています>>
了解と短く返すと
空中で静止した。
やっとのことでシスコンが追いついた。
「遅かったなシスコン、息でも整えたらどうだ。」
「誰がシスコンですか、僕のネームはロミです。
そんなことも知らないんですか?」
ぎゃあぎゃあと言い合いが続く。
それは唐突に言われた
<<静かにしなさいっっ>>
の一言で霧散する。
花本香澄の力は意外と大きいのだ。
二人は本部から受けた指令から目の前の因子反応を除去することを目的とした。
彼らがバスターと異なる点は2つ
1つは空中に浮いていられるため高いところから一方的に因子を除去できること
もう1つはそれ故、個々人に狙いを定めるような細かい調整ができないこと。
集団をまとめてどうにかするのならば空中から大規模に
殲滅型ライフル等で因子を除去できるが、
目の前一帯が因子反応の発信源だとしても
紳士反応の発信源には一定の範囲が存在する。
そのため目の前一帯にいるのが全て因子を浴びさせられた人間とは限らない。
一般人に危害を加える可能性も十分にあり得るのだ。
俺は周囲を見渡す。
そしてこの崩壊の仕方、
この短時間で火の手が上がるようなことになるだろうか?
因子に支配されているとはいえ人間、
自分が危険になるようなことをわざわざ行うだろうか?
支配されて気が大きくなった奴の悪ふざけか、それとも...
ひとまず地上付近に降りて対象者のみ因子を消してやらねばならない。
因子を消す方法は現状2つしかない。
殲滅型ライフルによる狙撃で因子を体内から消す方法と
人工的に作られた因子保有者による体内への因子の直接的な流入。
現状、俺が使えるのは前者しかない。
俺も人口因子保有者であるものの
今回は相手が相手だ。
因子の中でも紫の因子は干渉する力が桁違いに強く
もはや支配する力とも呼ばれるそうだ。
紫に対抗しうるのは同じ紫だけ、
後者の方法は紫藤のみが取れる選択肢になる。
地上付近に降りると、そこはまさに地獄を絵にかいたような光景が広がっていた。
人間同士が殴り合い、蹴りあいをしているかと思えば
乗り捨てられた車をひっくり返して
その上に乗ってお祭り騒ぎをしている。
ここまで近づけば本部の解析を頼りにせずとも
俺だけで因子反応の特定ができる。
機構に走っている目の前の人間からは全員因子反応があった。
俺はためらうことなく銃を向ける。
「殲滅型ライフルを選択します。」
自動音声が流れた後、目の前の取っ組み合いの連中に対して
容赦なく引き金を引く。
その二人は倒れた。
大丈夫だ、息はある。
体から因子が消え、これまでの反動が来たのだろう。
意識を失ってはいるが命に別状はなさそうだ。
そういえばさっき音がしなかったような...
「何してるんですかっ?バレット。
いくら因子漬けになっていたとはいえ一般人ですよ。
拘束するなり何なり他に手はあったはずです。
さっきも僕が音を消したからよかったもn」
「甘いな、今やらなければ俺たちがやられる。
今俺たちに下された指令は何だ?
中央地区の因子の抹消だ、お前のやり方では根本的な解決にはならない。」
どれだけ冷酷な方法であっても、
やらなければ次にその凶刃が自分に牙をむくというのなら
その方法は致し方ないものだと割り切る。
殺さなかっただけましだろう。
せめてその銃のような形態は見かけ上良くないというロミの意見が
最終的に通され、俺はバージョンの変更を行う。
この銃の不便なところはバージョン変更に関して手動で行わなければいけないところ。
例えばこんな時に奇襲されようものなら、
と思っているとさっきの騒動を見たのだろう、
数多の人間がこちらに向かってきていた。
バージョン変更はまだ終わらない、
機構の変更に伴うバージョン変更はすぐに済むのだが
形態を変えるとなると
全体が変形し終わるまでは使えない。
とりあえず、襲ってくる人間に対してはバージョン変更が終わるまでは
回避に徹することにした。
前と同じように地面から足をわずかに浮かせる。
その鉄パイプやら金属バットは何処から拾ったんだか
周りを見てみると
色々な店のガラスが割られ、カオスな状態になっていた。
その中にはスポーツ用品店も含まれている。
あそこかよ...
俺がいくら因子持ちとはいえ致命傷は致命傷になる。
紫藤ほど再生能力も高くない。
俺は無意識にその分を全て精密操作に振ってるんだと思う。
地面から浮いてるだけあって回避は簡単だった。
元より因子をもとから持っているわけでもなく
ただ支配されて体を動かされているだけの一般人、
回避するのに考えることなど一つもなかった。
バージョンの変更が完了する。
今度は形から安易に銃とは分からない。
「チャージ完了、殲滅型ライフルを機能バージョンとして選択します。」
自動音声が再び流れる。
ここまで武装した人間が襲ってきたなら
俺にでも正当防衛が適用されるんじゃないか?
手に持つのはスタンガンの形に変形した銃。
一人ずつになるのは癪だが、無闇に銃をぶっ放すわけにはいかない中
しょうがない。
回避もここまで、
重心を前に倒す。
体が前へと進み始めた。
まずは1人、単純な軌道に欠伸が出そうになる
軽く避けてスタンガンを当てる。
当てられた人間は気絶し、因子反応も消えている。
次もそのまた次も同じように繰り返す。
とりあえず一帯にあった因子反応は全て消えている。
向こうでロミ呆然と立っている。
ほれ見ろ、お前に仕事は渡さねえよ。
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ボクはバレットのやり方を見ていた。
先天的に因子を持つ僕たちとは違い
兵器として生み出された人工因子保有者、
因子への慣れ具合などの差は正直言って話にならない
その差は歴然だと思っていたのに
目の前で繰り広げられていることに目を奪われた。
まずあの浮遊、地面からわずかに浮いている。
大雑把に浮くよりもはるかに精密な因子による干渉が必要とされるやり方
そしてその高度を保ったまま動き回る。
あれが因子を投与されてからわずか数か月の
人間のやることだというのか?
あの因子への適応度合いは異常だ、
バレットが目の前にあった因子反応を全て消し去ったとき
ボクは微細な空気の流れを感じ取る。
これまでとは違う、
因子の反応が出たり消えたりを繰り返す。
僕でも感知できるということはかなり近くにまで来ているということだ。
因子反応が出たり消えたりを繰り返すため
正確な位置が把握できない。
そしてついにボクの後ろに因子反応が現れる。
振り返った僕の目に移ったのは
紫の目をした人型の人でないナニカ、
その目には先ほどの人間とは異なり
明らかに理性がかけらも残ってはいなかった。
鉄パイプなんて可愛いもの
その手には何も持ってはいなかったが
瞬時にその手は醜く形を変えた。
爪は鋭利にとがり、腕からは鎌のようなものが生える。
そしてそのままボクを切りつけて地面にたたき落とそうと
「ズガァァァァン」
一発の銃声が鳴り響いた。
銃声の発せられた方向を見ると、バレットが片手で銃を持っていた。
今のは恐らく彼のものだろう。
先ほどまでスタンガンのように小型化していたそれは
今や銃の形に戻っている。
「モード選択、撃滅式を選択します。対象を認識。
なお、このモード選択は対象を完全排除するまで解除されません。」
ボクの後ろにいたソレは片腕が吹き飛んでいる。
それを冷たい目で見ているバレットがいた。
バレットは再び上昇してくる。
その間、僕は動けなかった。
彼がボクの横に来ると静かな声で言う。
「こいつは民間人とは違う、紫藤が言っていた。
こいつは狂種、元人間と言えど今回の騒動で生み出されたものじゃない。
因子反応を見ろ。」
そう言って彼は打ち落とされた狂種の方へ向かっていった。
本部から送信されたデータを確認する。
確かに狂種のいるところから検出される反応は
狂信の因子の反応ではなかった。
彼は一般人を無力化しながら、ここまで目を配っていたのか
そして気になることがある。
狂種の因子反応は、狂信のそれとは違った。
そしてその正体は不明、
誰が何のためにこんなことをしたのかは謎だ。
そしてまた本部から同じく強力な因子反応の検出が連絡された。
ボクは連絡があった方に向かうことにした。
その反応が検出された場所はあまりに静かだった。
目の前に広がっている光景こそ、さっきの所とさして変わらないが
大きな相違点が1つある。
人が全くいないのだ。
そしてそこら中にべっとりとこびりついている血、
そこであった凄惨な出来事を語りかけてくるかのようだ。
念のため、宙に浮いたまま待機する。
とあるビルの陰から1人の人間が姿を現した。
そしてその人間はあり得ない行動に出る
ボクを視認したのか僕の方に走ってきた
そして飛び上がる、
あやうく足をつかまれそうになった。
普通の人間であれば助走をつけたとしても
ここまでの高さは飛べない。
そしてもう一つ、その人間の口には血がべっとりとこびりついている。
直ちに本部に対して因子反応の検出を要求する。
帰ってきた結果は、
この人間から狂信の因子の反応が検出されたこと
通常よりも強い反応であること
だった。
この結果と口の周りにこびりついた血、
まさか
食べた?
ありえない話ではない。
因子の溶けた雨に長時間さらされ、暴力性が増し、
殴る蹴るがさらにエスカレートしたとしたら?
殺すことに何の抵抗も感じなくなったとしたら?
心の中に閉じ込められたほんのわずかな理性すら
最後の一線を越えさせまいと
因子で支配された人間が自己を無意識のうちに制御していた
わずかなそれすら
最後に支配され、染まってしまったとしたら?
人が人を殺し、それを食うことすら厭わなくなったとしたら?
ボクはそれをする者を人間と言えるだろうか?
ソレはボクを視認すると何度も地面にひきずり下ろそうとする。
ボクは自分の心が混乱するとともに
ひどく冷静になっていることに気づいた。
因子反応の大きさはバレットが対処しているものと大して変わらない。
つまり因子による強化、もしくは攻撃も強度はほとんど同じということだ。
奴がボクの足に手を伸ばすと同時に
空気に干渉、
気圧の差を作り出し、地面に叩き落とす。
これまではできなかったような操作が今なら簡単にできる。
地面に降り立つ、バレットに助けてもらった時のような恐怖はもう感じなかった。
心はひどく冷静だった。
目の前にいるのは狂種、
そのもとになったのは恐らく一般人、
本来なら一般人に危害を加えてはいけないが
今回は特例でしょ、
これまでの相手をいとも簡単に殺してきたことを感じさせるかのように
正面から襲い掛かってくる。
自身の前に気圧が高い状態を作り出す、
空気が発散することでその手は届かない。
さらに干渉を強くして、弾き飛ばす。
もう痛めつけることに何も感じなくなっている自分がいることに気づいた。
そして同時に自分がひどく冷酷なことをしていることにも気づく。
その分だけ干渉能力が上がっている気がした。
何度も何度もソレは飛ばされては戻ってきて
飛ばされては戻ってきてを繰り返す。
そして徐々にその動きは遅くなっていく。
こいつによって何人の命が奪われた?
それをこいつの命1つでどうにかなるのなら安いものじゃないか。
痛めつけられた人の叫び
殺された人の断末魔
聞こえるようで耳が痛くなる、
そしてそれを認識するごとに干渉がさらに強くなる。
「死ね、数多の人々への命の業を背負って。」
自分でも驚くほど無感情な声が出た。
そしてそのまま
奴の首の周りにいくつもの低気圧を作る。
空気の中心への収束があらゆる方向からはたらく。
狂種の首は捻じ切られる、
間欠泉のように血が噴き出して狂種は絶命した。
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打ち落とした狂種のもとに降り立った俺はそいつをよく観察する。
紫藤によれば狂種は
目に理性が残っておらず
体の一部を変形させることもあるそうだ。
俺がこの組織に入る前、あいつは実際に狂種に遭遇し交戦したらしい。
その際に覇者の因子が暴走したと聞く。
紫藤がそれほどまでになった相手ならば
俺の方も一筋縄ではいかなさそうだ。
気を引き締める。
目に理性は残っていない。
先ほど吹き飛ばしたはずの片腕は再生していた。
再生能力、
自身の身体における修復能力の強化により成立する。
俺も同じ原理でたいていの傷ならば修復する者の
あそこまでの再生はできない。
現状、cisであんな芸当が行えるのは紫藤だけだ。
そして目の前の相手はそれを行った、
目の色、
そこから総合的に判断するにコイツは紫の狂種。
目の前から狂種が消えた。
そして背後に現れる、
首狩り。
足を抜いて体制を低くする、同時に後ろへ方向転換
狂種は目を見開いた
そこに隙が生まれる。
俺はその顔面に銃口を突きつけた。
「その間抜けな面に風穴開けてやるよ。」
引き金を引いた。
撃滅式により狂種は顔面もろとも上半身が吹き飛んだ。
そしてその反動で俺も後ろへ吹っ飛ばされる。
しかしすぐに再生が始める。
チッ、紫は面倒くせぇと思いながらもう一発その下半身に向かって撃つ。
上半身を再生するのならその再生の中枢は
存在しない上半身にあるはずがない
そう思ってのもう一撃だった。
しかし狂種はそれを避けた、奴の後方で大爆発が起きる。
上半身と一緒に目も吹き飛んだはずでは...
と思っていた俺の甘さが憎たらしい。
相手は紫、そして狂種。
常識は通用しない。
残った下半身の量足の付け根、
そこに目ができていた。
徐々に再生が進み、完全に元と同じ状態になった。
再び奴は襲いかかってくる、
しかし今度は空に逃げる。
先ほど飛ばされた反動のおかげで十分な距離ができた。
そのおかげで何とか空に逃げるだけの猶予があったのだ。
すると狂種の背中から翼のようなものが生える。
さっきのロミへの奇襲は
建物を使った立体的な動きと身体能力によるものだったが
今度は翼。
俺が周りを見渡すとカラスが飛んでいる。
まさか、鳥が翼でそれを飛ぶのを見てそこから学んだというのか?
ありえない、理性を持たないはずの狂種が
そこまで物事を判断できるだろうか。
しかし起こってしまったことは仕方がない。
この狂種を執行しない限り、撃滅式は解除されない。
これは一般人に向けるには危険すぎる
そして危険すぎるのはこのぽっと出の狂種も同じ。
ここでこの狂種は俺が必ず執行する
狂種は大きく翼をはばたかせるとまるで弾丸かのように
空中を飛び回り始めた。
俺にスピードで勝負を挑むか、いいだろう。
俺もスピードを上げる。
紫の光と雲を切り裂くような空気の流れが互いに何度もぶつかり合う。
その間、俺は奴に接近するたびに撃つことを繰り返す。
奴も腕から鎌のようなものを生やし、弾こうとするも
それも見越して作られた撃滅式である。
いとも簡単に狂種の体を破壊していく。
何度も狂種に撃滅式を打ち込む中で
俺は解体中のビルを見つける。
突っ込んできた狂種を避けて上をとり、一発打ち込んで
その解体中のビルに叩き落とした。
狂種が、ましてや撃滅式で撃たれ、相当の高度から
落とされたこともあり一気に粉塵が漂う。
俺はそこに最大チャージの撃滅式を打ち込んだ。
「チャージ完了」
その音声と共に撃滅式が撃ち込まれる。
一瞬、辺り一面の音が奪い去られたかのような静寂が流れる。
その直後、町全体を震わせるような音が轟いた。
解体現場には粉塵が漂っていた。
そしてそれらの粉塵が撃滅式の威力により引火、
結果、大爆発を起こすことになる。
狂種の体は撃滅式と粉塵爆発により蒸発した。