09話 リベンジ
本部に連れ帰った彼は腹部からの出血がひどかったようで、すぐに医務室へと連れていかれた。
僕はそれを見ていることしかできなかった。
紫藤さんが近づいてくる。
「大変だったなぁ、だけどよく生きて戻ってきた。
それが一番だ。お前らは因子があるとはいえ死ぬときは死ぬ。
命があってこそのお前らの力なんだ、気に病むな。」
そう僕に声をかけてくれる。
しかし彼が助からなかったら、もしも死んでしまったら...
僕は自分の目の前で二度も人を死なせたことになる。
僕はこれまで以上の業を背負うことになるかもしれない。
ははっと乾いた笑いが口から洩れる。
そもそもの話、僕がこんな力を持った時点で運命は決まっていたんだ。
だからもう変えようがない。
僕は今、失意の中に沈みかけようとしていた。
医務室の中が騒がしくなる。
どうやら彼の傷はとうとう塞がらなかったようだ。
もう何も感じない、感じたくもない。
そうしたら自分はこれ以上傷つかなくて済むのではないか
なんてことを考えてしまっていた。
医務室の反対側からぱたぱたと足音が聞こえてくる。
その足音は徐々に大きくなった。
そしてうなだれる僕の前で止まる。
「柑子さんはどうなりましたか、無事ですか?」
焦った声は香澄さんのものだろう。
「分からない、でももう考えたくない。」
うなだれた状態で僕は返す、彼女と目を合わせる気にもなれない。
肩をとんとんと叩かれた。
顔を上げる。
ピシャっと頬をはられた。
「今のあなたのしていることはただの自己保身だ、醜い、いい加減にしなさい。
考えることすら放棄したあなたに価値はない。
彼はまだ死んではいない、だというのに自分の可能性を捨てきってはいないんです。」
続ける。
「今際の際であがく彼ですら可能性を放棄していないというのに
何ですかその体たらくは、自分に絶望し諦める。
それがあなたのすべきことかよく考えなさい。」
昔のことだ、誰に言われたかは覚えてはいないが
今でも追い出すことがある。
「自分を叱ってくれる人と自分のために起こってくれる人を大事にしなさい。」
そうよく言われていたのを思い出す。
誰に言われたんだっけ、思い出せない。
でもその言葉に背中を押され、香澄さんの言葉が耳に入ってきた。
僕があの時彼を止めていれば、引き留めていれば。
後悔が次々と現れる。
僕が何のためにここにいるのか、何がしたくてここにいるのか。
忘れたのか?否、忘れるはずもない。
償いのため、
僕は自分のしたことへの償いのために、今ここにいる。
人を殺した償いのためにここにいるのに、目の前にいる死にかけの人間を見過ごすのか?
矛盾している。
僕が償おうと決めたあの出来事を今の僕がないことにしようとしたに等しい。
あの子の命に対する冒涜だ。
「目は覚めましたか?
中々きつい言い方をしてすみませんでした、
でもこのぐらいしないとあなたはどうにもならないと思いましたので。」
香澄さんはまだ短い付き合いなのに僕の扱いをよく分かっていらっしゃる。
しかし、あの淡々とした話し方は怖かった。
「あなたの因子は紫の因子、中でも強力な支配の力を持つ覇者の因子です。
彼の体の修復なんて簡単なことだと思いますが。」
と言われる。
でもそれじゃあ彼の中に僕の因子が入ることになる。
そのことについて聞いてみると、
彼はもともとキメラです、大丈夫でしょうなんて呑気に返された。
しかし真面目な顔に戻って、これしか方法がないことを告げられた。
僕は虫の息になった柑子君に近づく。
医務室にいた人間には因子の情報は秘密のため出て行ってもらった。
彼の体に手を当てる。
自己侵食で彼の体の中に僕の体組織を侵食させる。
そして因子を用いて彼の体の器官を僕の体組織で修復。
最後に侵食を解除して完全に修復が完了した。
見た目は傷一つない。
香澄さんの方を見るとやれやれといった顔でこちらを見ていた。
「もう迷いませんか?」
彼女は僕の目を見て静かに聞いた。
「迷ったら何回でも張り倒してください。」
僕の答えに彼女の顔が少しだけほころんだ気がした。
**************************
翌日から僕、香澄さん、紫藤さんの三人で話し合いが始まった。
議題はもっぱら先の人型の因子を持った個体について。
今のところ被害報告やそれに繋がりそうな情報は出てきていないため
ひとまずはこうやって話を進めておこうと思った次第である。
恐らく対策せずに進めばまた先の二の舞になる可能性が高い。
あの一件では彼が単身で挑んだものだとしても、彼の負傷から見るに実力差は歴然であった。
そこから導かれた結論は、僕が一人で執行を行うというもの。
いくら人工的な因子保有者であって、因子が強力であっても敵わないことが分かれば
命の支障が出る可能性も捨てきれない。
その点、僕ならこれまでの実績もあることから信頼に足るとされたのだろう。
僕も病み上がりの彼を連れまわせば、執行の手間になることや彼自身に危険が及ぶことは
理解していたためその提案を承諾した。
任務再開は翌週の新月の夜
一般人に見つかりにくく、且つ月明かりのある夜よりも暗くなる
襲われるような恰好をしていればなおさら簡単にことが進む。
こんな感じで計画が進んだ。
**************************
あれから1週間がたち、ついに計画の実行の日になる。
今回、要請がかかったのは僕だけ。
柑子君は大事をとって療養してもらっている。
地上に出てすぐに香澄さんに因子反応の検出を行ってもらう。
何の因果か前回と同じD4地区に反応が検出された。
すぐに向かうとそこにいたのは以前と変わらない姿の人型の異形。
自動迎撃機構の一つを飛ばして、奴の体表のサンプルを入手した。
そしてそれを本部に向けて飛ばす。
そして奴の元居たところに目を向けるといない。
<<因子反応が消えました、周囲に警戒してください。>>
レーダーにすら引っかからないなんておかしい。
必ずどこかに奴はいる、ではどこか。
僕なら相手に対してどこから奇襲をかけるか。
上だ。
とっさに元いた場所から飛びのく。
そこには人型の異形が地面にクレーターを作っていた。
と瞬時に目の前に現れ、一発もらった。
重い、とんでもなく重い。
自動迎撃機構及び自己侵食で守ったつもりだっかが不十分。
いとも簡単に跳ね飛ばされる。
そしてまたその先でもう一発。
これが何回も繰り返された。
何発目になったのだろう。
奴の攻撃が僕に届こうとしたとき、僕の体はいきなり何もない空中で逆方向に弾かれる。
やはりだ、こいつは僕を飛ばした先に先回りすることで実質的な反撃を行えないようにしていた。
しかしこれに似たような経験は前にもある。
その時はまだうまく扱えなかった“これ”が今ならうまく扱える。
自動迎撃機構の使い方は相手の迎撃のみにとどまらない。
先ほどのように相手のサンプルを入手できるという点でも
非常に汎用性が高く優秀である
また迎撃対象は全てのものとすることもできる。
しかし自動迎撃機構同士の衝突は故障に繋がる場合があるため、
衝突の直前にセーフティがかかり、反発してしまう。
これを彼は利用した。
相手に飛ばされながら、ごく微小な自動迎撃機構を空中に配備
自身はその本体を所持しておくことで反発を利用し物理的にはあり得ない動きをした。
そしてそのまま配備した自動迎撃機構に本体から分離したものを合体
足場を作り、ありとあらゆる方向から相手に触れて侵食する。
人型の異形な体に紫の模様が浮かび上がる。
ただ一つ問題があった。
それは近接の危険性より因子を打ち込む量が少なくなってしまったこと
そしてその心配はやはり実現してしまう。
相手はその侵食すらも抑え込もうとした。
やはり単体の因子であれば、因子をもって抑え込むことも可能なのか...
ならば体組織の侵食による崩壊が最も有効な手ではあるものの
それではなおさら時間がかかってしまう。
そうすればまた同じ手を喰らってしまう。
少しずつ相手の体の紫の模様が薄くなってくる。
完全に中和されるのも時間の問題だ。
「前は一発やってくれたからよぉ、俺も一発でチャラにしてやんよ。」
その声と共に相手の頭上から蹴りを入れたのは
ここにはいないはずの柑子君。
「姉貴にまで目ぇつけやがってよぉ、死に腐れや。」と言って
恐らく彼の中ではフルスピードなのだろう、
目にも留まらないスピードで浮遊して駆けだす。
しかし一発目の蹴りは不意打ち、そこからの彼はひたすら相手に弄ばれているようだった。
ことごとく躱されている。
このまま彼の勢いに負けて一人にさせれば、いずれいつかの二の舞になる。
それでもいいのか?
これ以上考えるより先に僕は体が動いていた。
因子の侵食を地面に対して行う。
その結果、一帯の地面には僕が自由に動かせることになる。
無意識のうちに自分の因子を過信して
他の人間を信じていなかったのかもしれない。
僕に今できること、それは彼の思いを組んで補助すること。
そうすれば地面がコンクリートだろうと何だろうと自在に操ることができるはずだ。
もちろんそれには莫大な量の因子が必要になる。
しかしそんなことはどうでもいい。
今やれるベストを
人型の周りの地面が渦巻き始める。
そしてついには人型を巻きこんで捻じれるようにして再び固まった。
「今だ、やれ!!」
紫藤の声を聴いて俺はライフルを取り出す。
「チャージ完了、殲滅型ライフルを選択します」
自動音声が流れ、俺は引き金を引く。
これまでとは比べ物にならないほどの反動を受け、周囲には轟音が響き渡った。
**************************
「結局、殺しはしなかったんだからそれで全部チャラだろ。」
「いや、無断で来た時点でアウトだよ。」
今現在僕たちはこんな会話を繰り広げている。
なんと彼は無断で本部を抜け出してここまでやってきたそうだ。
これは香澄さん怒るだろうなぁ
なんて考えていると案の定連絡が入ってきた。
<<紫藤さん、そちらに柑子さんはいませんか?
医務室の部屋が半壊状態になっていて柑子さんもいないのですが
何か知りませんか?>>
ほらやっぱり、言わんこっちゃない。
でもここは彼の功績に免じて秘密にしておこうかな。
というのもあの人型のサンプルを本部に送ってすぐに
あの因子が外部から投与されたものであるとの解析結果が出た。
何処で知ったのかは知らないが、彼は恐らく殺すつもりはなかったと思う。
最初の蹴りは個人的な恨みがあるにしろ、
それからはこちらの出方をうかがっているような場面もあったから。
柑子君にこれまでの詳細を聞いてみた。
彼が話したことは以下の通り。
居ても立ってもいられずに医務室から無理やり抜け出して
管制室をこっそり覗くと、そこはまさに大混乱だった。
俺が医務室から脱走したことがすでにばれているようだ。
その中で小野道弥生と花本香澄の会話が耳に入る。
「紫藤君がさっき送ってくれたサンプル解析したんだけどねぇ
あれ、元々人間に無理やり因子を打ち込んだものだったの。」
「なるほどそうであれば殺すことはできませんね
いくら我々と言えども殺人になってしまう。」
なるほど、あいつは一応人間か...
そう考えて俺は一式をもって飛び立った。
その結果、紫藤が依然と同じ場所で交戦しているのを発見
乱入して、一発撃ったというわけだ
...これ後で僕も一緒に怒られるんだろうなぁ。
その後は大変だった。
処理班人たちは追加で人員がやってきてシェルターのようなもので
人型の異形だった人を回収していった。
後で聞いたところによると、因子によって無理やり強化されたはいたものの
命に別状はないようだった。
加えて体内に残留した因子も、彼のあの狙撃で全て殲滅されたようだった。
その人からはもう因子反応は検出されていない。
ひとまずの事情を聴くために連行されているようだ。
二人で本部に帰るとひどく苛立った顔の香澄さんがお出迎えをしてくれた。
いやぁ親切にありがとうございます、でも結構ですと彼女の横を
通り過ぎようとすると首筋をつかまれる。
あ、終わった
そこからのことは思い出したくもない。
僕は彼をなぜ戻さなかったのか、下がらせなかったのかについて問いただされ
彼は医務質の破壊に加え、病み上がりで飛び出したことについて
こってりと絞られた。
そこからは柑子君が香澄さんに対してキレて、二人の喧嘩が始まったり
紫藤さんが来て香澄さんをなだめてくれた隙に僕が逃げようとすると
香澄さんの機嫌がまた急降下したりと大変だった。
でもこんな平穏な日常がいいなと思ってしまうのは平和ボケしすぎなのだろうか?
後日、柑子君は総長から名前をもらってネームドになったらしい。
空を切るその姿から与えられたネームは「バレット」
たしかに彼にはぴったりだと思う。
そしてもう一つ
彼は立場上は僕の補佐官であるものの、この組織で活動している期間は
ほとんど変わらないため同僚という扱いになった。
彼は、これでいつでもお前を今の座から引きずり下ろせる
なんてことを言っていた。
怖い、彼は真顔でこんなこと言うから本気に聞こえてしまう。
ただ彼も今回の件で僕に対する評価を少し上げてくれたようだった。
最近は訓練をやるという体で訓練室まで連れていかれ
一戦交えさせられることも増えてきた。
これも一種のコミュニケーションなのかなぁ?
先の一件のことについての報告とメンテナンスのために開発室まで向かった。
もちろん彼も後ろからついて来ている。
小野道さんは快く迎えてくれた。
とはいってもけらけらと笑いながらであったが...
「君たち、また香澄ちゃんに怒られたんでしょ。今度は何したのさ。」
なんて聞いてきながら笑っている。
ことの顛末を話すとより一層笑われた。
話は変わって僕が届けたサンプルの話になる。
彼女が言うにはあの因子は外部から投与されたものであったそうだ。
そしてその種類は分からない、不明だったそう。
ただ、柑子君のように複数が混ざっている様子はなく単一のものであったらしい。
「紫藤君、君が国の因子研究の被検体になってから
私たちにも分からないことがいきなり増えてきた。
もしかしたら何か大変なことが起ころうとしているのかもしれないよ。
気をつけてね。」
彼女は真剣な顔になってそう言う。
「何はともあれお疲れ様、メンテが終わったら連絡するね。」
彼女は他にも気になることがあると言って僕たちに退室を促す。
僕が手伝いを申し出ると
乙女の秘密に踏み込むのはいけないんだぞぉと言ってはぐらかされる。
香澄さんが休暇を申請してくれたようだった。
初のコンビを組んででのものにしては、かなり内容が濃かった。
眠たい
僕は早々に自室に戻り眠ることにした。
**************************
「ああーぁ、今回も結局うまくいかなかったねぇ」
一人の子供が誰ともなしに口に出す。
「そんなことはないよ、ファナ。
なにせネームドに等しい実力を持つ者に傷を負わせたんだから
僕の中では上出来です。」
暗闇から男が出てきて言った。
しかし...と男はつぶやいて続ける。
「あのはぐれ者はいつまであちらにいるつもりでしょう?」
「知らないよそんなの、でも僕たちにはあっちのことは丸見えだもんね。」
無邪気に子供が言う。
その場にいるのは男と子供の二人。
しかしその場の雰囲気は常人では耐えられないほどの重さをまとっている。
「あと二人ですか...」
そう言って男はその場を去る。
残ったのは子供一人のみ。
「今日も何か新しいおもちゃを探しに行こうかな、
最近のやつは壊れやすくって仕方ないよね。」
そう言って子供もそこからいなくなった。