00話(前) 運命録
眠らない都市、東都。
そう言われるほどにこの都市は夜でも明かりに満ちている。
だが
明かりが照らすことのできないところで
何が行われているのかは誰も知らない。
************************
1人の少年が薄暗い路地裏を駆けていた、
まるで何かから逃げるかのように血相を変えて。
彼は少しでも明るい方向へ向かおうと
さらに走る。
しかしその足が止まった。
目の前には黒づくめの男が何人も立っている。
(しくった...)
こいつらからすれば自分の考えなど
手に取るように理解できたのだろう。
そして
足を止めたのもまずかった。
少しでも動き続ければ
打たれた麻酔も少しは効果が薄らいだとも思えたものの
今になって意識が朦朧とし始める。
俺がなぜ今、こんな状況になってしまったのか
それは数時間前にさかのぼる。
************************
至って普通の人生。
強いて言えば、周りの人間よりも若干体が強いことが唯一の特徴。
一般的な家庭に生まれ、兄弟は弟が1人。
両親も普通の人間で何か特別なことはないけども
それがささやかな幸せだと思わせてくれるような生活だった。
何不自由なく学校に行かせてもらい、
弟や両親との仲も良好。
そんなただの家族、
俺が言葉にするのは恥ずかしいが
心から大切な宝物だと胸を張って言えるようなものだった。
その日も家族全員で夕食を囲む。
ただの幸せな時間だった。
そう、「だった。」
インターホンが来客を告げる。
母さんが画面を覗いたが、その瞬間血相を変えて
「逃げて!!」
それだけ言った。
その途端、家中が鈍い音を立てて揺れる。
あまりの衝撃に体が飛んだ。
弟を抱える。
窓ガラスが眼前に迫った。
俺は反射的に窓を蹴破り、外に出た。
が、両親が中にいることに気が付く。
(崩れてない、まだ助けれる。)
戻ろうとするも、
それを止めたのは母さんの声だった。
「蒼樹、そこにいるのね。
すぐに逃げなさい、私たちはいいから。」
そこまでしか聞こえなかった。
いや、聞くために神経を向けることができなくなった。
何かが飛んでくる。
身をかわすと地面に刺さったのは
小型の矢のようなもの。
飛んできた方向には屋根に立つ人影が複数。
多勢に無勢、
奴らに追い立てられるままに
その場から逃げることになった。
その後、家族がどうなったかは分からない。
なんで、なんでなんでなんで?
誰に恨まれるような家族でもなかった。
それなのに
こんな仕打ちだ。
しかし今はこんな弱音を吐いている場合ではない。
靴なんて履いていない、背中には弟を背負っている。
あまりのディスアドバンテージを背負った状態で
多勢相手に追いかけっこ。
住み慣れた東都の街並みをひたすらに駆ける。
(右後方に2人、左前方に3人か...)
走る中で確認した。
確認した場所から、先ほどと同じ矢のようなものが飛んでくる。
方向転換、障害物をうまく使いながらも避けていく。
しかし長く走った疲労だろうか、
足がもつれ、転んだ。
待っていたとばかりに上空から影が降りてくる。
目の前に立った奴らの顔を確認しようとするも
影が差していてよく見えない。
弟は手を伸ばせばすぐに届くところに転がっている。
呼吸ができない、
それでも手を伸ばした。
今ここでこいつの手を握らなければ、一生後悔する。
そう思った。
伸ばした手、
今にも届くと思われたそれは無残にも
踏みつけられ、地面に伏すことになる。
あまりの痛みに
喉で押し殺されたような声が出る。
その痛みで動けなくなった。
体中に痛みが伝播する。
その中で弟の声がした。
目を上げると
影の1人が弟を抱えている。
そしてその場で壁に押し付け、首を絞めた。
弟は悶えて苦しみ、手足をばたつかせる。
その時、こちらを向いた、気が、した
声も出ていないその口は何かを伝えようと動く。
何を言っているかはすぐに分かった。
でも、それを俺の心が許さない。
言っていたのは「逃げて」だった。
弟は賢い、
だからこそ目の前のこいつらが自分たちを狩りに来ているのを理解したのだろう。
その場で動けなくなった。
今ここで自分だけでも逃げ落ちること
今ここで弟だけでも助けようと足掻くこと。
この2つの選択肢が自分の中で争う。
今すぐ死ぬ気で何とかやれば、弟だけでも救えるかもしれない。
しかしその確率は正直言って低い。
ただ、ここで立ち上がらなければ一生後悔する。
決まった。
骨は折れていない。
音を立てないように立ち上がる。
今、弟の方に奴らは意識が向いている。
今ならっ
構えたその時、
弟の口から声になっていないようなかすれた声が出た。
「逃げ...て...って言って...るんだよ、この馬鹿兄ぃ。」
その声に弟の最後の望みを感じる。
が、聞いてやるつもりもない。
首を絞める奴の首に自業自得とばかりに蹴りを叩き込み
弟を取り戻した。
首には絞められた手の跡がくっきりと浮かび
弟の意識は絶え絶えになってしまっていた。
分かってしまった、
こいつは自分が助からないと分かったうえで
俺だけでも逃がそうとした。
弟が口を開く。
もうその声も聞き取れないほどになってしまっていた。
「あの...ね、兄ぃ...の...弟になれてよかった。
兄ぃ...の...腕の中...あった...かい...ね」
それを最後に弟は事切れた。
喉の奥から絞り出したような声が出る。
冷たくなり始めた弟の頬に涙が落ちる。
目が開いたままだ、このままじゃ可哀そうだろう。
目を閉じさせる。
弟の最後の望みは、俺が生き残ること。
それが俺に託されたものならば
裏切るわけにはいかない。
これ以上は悲しまない、
立ち止まってしまえば、弟の死は無駄になってしまう。
場の空気を破るかのように矢の雨、
こいつらも俺が悲しむことを許してはくれなさそうだ
生き残るッ、
そのために動かない体に無理を言わせて動かせる。
それでもすべてを躱すことはできなかった。
足に刺さった矢、
若干の酩酊感、麻酔か...
その場から逃げる、
弟の体はまだそこにあったが、もう振りかえらない。
俺は再び夜の闇の中に身を躍らせた。
そして冒頭に戻る。
四方を囲まれ、絶体絶命。
障害物もほとんどなく、見通しもいい。
こちらからすれば最悪のコンディション。
前方2人、後方3人、上には3人いる。
「どうしてこんなことするんだ、怨恨か?」
「君が知る必要はない。」
そう告げると同時に迫ってきた。
殺そうという意志は感じない、
どちらかといえば生け捕りにしようとするようなそんな感覚を感じた。
だが、簡単に捕まってやる理由もない。
体勢を低くして、捕まえようとするその体を足元からすくい上げた。
そのまま方向転換し
踵を頭に落として、コンクリに沈めた。
休む暇もなく、次が乱入。
振り下ろした足の反動で飛び上がり
相手の襟首をつかんだまま、宙返り。
コンクリに叩きつけた。
2人の黒づくめが横たわる。
息が荒い、随分と体力を使わされた。
あと何人だ、考える暇もない。
その瞬間だった。
暗闇から青い光の筋が走る黒い球体が投げつけられる。
もちろん
手で払おうとするもそれはかなわなかった。
目の前で展開し、四肢が拘束される。
奥の方からさっきまでいた奴らが近づいてくる。
ツンとした匂いのする布のようなものを
鼻に当てられ、俺の意識は沈んでいった。
初投稿です。
興味を持っていただければ、感想等よろしくお願いします。