第二話『スープを飲みながら』
情報を得てから、三日後。
ソニアとグレーフィンは村の前にいた。
門番は、四人。
全員が女性。
そして、彼女たちが四人とも腰に拳銃を下げており、なおかつ頭部には牛の角を象ったようなカチューシャがついていた。
「こんにちは、冒険者の方ですか?」
「はい、そうです」
門番は、ちらりとグレーフィンを見るとすっと拳銃を突き付けてきた。
「この村には、男性は立ち入ることができません。
「いや、俺はアンドロイドだから大丈夫だと思うんだが」
「おおなるほど、これならば確かに問題はないでしょうね。通ってください」
すっと門番は拳銃を下ろして門を開けてくれた。
因みに入念にボディチェックはされた。
「ね、やっぱり武装はしっかりしていたでしょう?」
「危うく銃撃されるところだったんだが」
「まあまあ、グレーフィンさんなら拳銃どころかマシンガンでも死なないでしょうし」
「それはそうだけどさあ」
グレーフィンは不満げに言いながらソニアの荷物を背負ってきた。
ソニアは、きょろきょろとあたりを見回した。
「おおおおおおおおおおお」
「これは、中々見られない光景だな」
道行く人、人、人が全て女性だった。
その女性たちがすべて、門番と同じような牛のカチューシャをつけていた。
「とりあえず、何から始めるんだ?」
「そうですねえ、まずは食事にしたいです。お腹がぺこぺこですからね」
「ああ、それはそうか」
グレーフィンは、食事を必要としない。
彼が活動に必要とするエネルギーは、ソニアの機械修復魔法によって十分にまかなわれている。
たいてい、彼女が食事をしている様子を見ながら、ソニアの話を聞くということが多い。
「本当に女性しかいませんね、ここ」
「ああ、びっくりしたなあ」
食事処で、コンソメスープを飲みながらソニアはこの都市についての結論をまとめていた。
コーンとベーコンをスプーンですくい取って口に入れながら、ソニアは周囲を見渡している。
ふと、その視線が一点で止まった。
グレーフィンも、ソニアが見ている方向を見た。
ソニアが見ていたのは、親子連れだった。
やはり牛のカチューシャをつけた若い女性が、ベビーカーに乗った赤ちゃんに何事か話しかけながらベビーカーを押していた。
「どうかしたのか」
「いえ、なんというか気になることがありまして」
「欲しいのか、子供」
「ふえっ!」
ソニアは顔を真っ赤にする。
「え、あ、その、私とグレーフィンさんの間に子供、ですか?」
「いや無理だろ」
「で、ですよねえ」
ソニアは、正論で返されてむくれた。
グレーフィンはアンドロイドであり、当然生殖能力などあるはずがない。
「別に、どうしても欲しいならだれかと作ればいいと思うけどな。まあ、その間旅は出来ないが」
「それは嫌です」
「え、あ、そうなの?」
「絶対に嫌です。グレーフィンさん以外に裸を見られたくありません」
「そ、そっか。俺も別に見てないけどな」
アンドロイドゆえに性欲はなくても、人に近い存在感として羞恥心はある。
ゆえに、彼女が着替えるときや水浴びをしている時は周囲を警戒しながらそっぽを向いていた。
「というか、私は何も子供が欲しいなと思って見つめていたわけではありませんよ。ええ、別に羨ましいとか微塵も思っていません」
「…………そうか」
多分羨望もあったのだろうな、とグレーフィンは察したが、口には出さなかった。
それだけでは、ないのだろうと思ったから。
「じゃあ、何で見つめていたんだ?」
「いえ、ふと思ったんですけどこの都市って女性しかいませんよね?どうして子供が生まれるんでしょう?」
「……それは確かに変だな」
「なんでなんでしょうね」
言われてみれば、その通りだ。
子供は、男性と女性の双方がいなければ絶対にできないはずだった。
それこそ魔法でも、人間をゼロから生み出すことはできないのだ。
しかし、この都市内には女性しかいない。
男性だと誤認された結果、グレーフィンが銃で撃たれそうになったほどに警備は厳重だ。
女性しかいないはずなのに、子供がいるのはなぜなのか。
「まあ、外で子供を作ったと考えるのが自然だよな」
「ということは、子供の父親は村の外にいるってことですか?それもかわいそうな気はしますけど」
「まあ、いろんな事情があるんだろう。喧嘩別れしたり、そもそも相手の男が亡くなってこの村に来たのかもしれない」
「ううん、その可能性が高いですよね」
ソニアは、そういって納得することにした。
この食事処では、スープを買い取って魔法瓶などにストックして持ち帰ることができるのだ。
「結構、持ち帰るんですね?」
「ええ、そうなのよ。
「狩りをすると、お腹がすくからね。携帯食料代わりに持って帰るのよ」
「狩り?」
この村は、農耕が盛んであり、逆に狩猟で食肉を得ているようには見えなかったのだが。
何しろ、村の入り口から歩いてきた過程でずっと畑やら家畜やらを見てきた。
あれだけの規模であれば、はっきり言って狩猟採集の必要は全くない。
「娯楽の類なのかもしれねえな」
「ああ、確かにその線はありますね」
生産性度外視で、楽しむために狩りをする。
人間にはままあることだし、人間以外の動物をすることがあるのだとか。
「まあ、お嬢ちゃんにはまだちょっと早いかもね。狩りは、子供の出る幕じゃないからさ」
「なるほど」
子供にやらせないとなると、なおさら趣味や娯楽の類に見えてくる。
実利のための狩りであれば、技術の継承も兼ねて子供にやらせるはずだからだ。
「ええ、どういうわけか肉がなかなかうまく育たなくてね」
「そういえば、アンタは男村については知っているのかい?」
「男村?」
「なんですか?その暑苦しい名称もごもご」
初手で無神経な発言をしたソニアの口をふさいだ。
だが、彼女は特に気にした様子もない。
「ははは、暑苦しいなんて、いい表現だねえ」
けらけらと笑う。
それはおおらかというよりは、本当に彼女も男村とやらをよく思っていないのだと思われるようなものだった。
「男村ってのは、この村から少しだけ向こうに行った先にある、男だけで構成された村のことさ」
「アンタは近寄らない方がいいわね」
「そうなんですか?」
「ああ、男なんてのは歩く棒人間だからね。近づいちゃいけないよ。存在が加害者みたいなもんだから」
「…………なるほど」
ソニアは、少し間をおいて回答した。
それは、「すべての男性がそうとは限りませんよね?」という反発と、「そもそも男性とまともにかかわったことないのに、どうしてわかるんですか?」という疑問を多分に含んだものであったが、流石に顔には出さなかった。
「グレーフィンさん」
「なんだ」
「『カノーネ』のボンベって、今空っぽでしたよね?」
「絶対入れるなよ?」
「ふりですか?押すなよ、絶対に押すなよ、みたいな」
「そんなわけないんだよなあ」
間違いなく、こびりついた液体燃料の残りかすとスープが混ざってしまうので飲めたものではなくなってしまう。
食事処を出て、ソニアは宿で考え事をしていた。
「男村、ですか」
「…………気になるのか?」
「ええ、不思議です」
「というと?」
「女性しかいない村のすぐ近くに、男性しかいない村がある。何かしらの関係はあると思いませんか?」
「まあ因果関係がある、と捉えるのが自然だよな」
少なくとも、偶然ではないと思われる。
「とりあえず、明日はここに行ってみたいと思います」
「ここ?」
「村の中央に、歴史などをまとめた図書館があるそうですよ」
「おっ、そりゃーちょうどいいなあ」
ちなみに、夕食はスープパスタだった。
この村では、スープが特産品であるらしい。
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