第一話「どこにでもいて、どこにもいない」
「女性だけの村?」
十四歳ほどの赤と白で構成された美少女、ソニアは、焚き火に当たりながら、口を開いた。
手の中には、溶けかけたマシュマロをさした串が握られている。
「ああ、なんでも女性以外が入れない村があるらしい。住民も、一人残らず女性なんだとか。まあ、俺は文字通り門前払いされちまったから」
彼女と同じく、炎にマシュマロを差し出した冒険者が、酒を飲みながら話してくれた。
冒険者は、道中こうして情報を交換することも多い。
お互いに自分が行ったことのある、相手の行ったことがない場所について語ることで、事前に危険を避けたりできる。
先日訪れた王都の近況を伝える代わりに、他の都市や村の情報を求めた結果、全く聞いたことのない村の情報を得ていた。
「俺は入れなくて、離れたところで野宿するしかなかったんだが、アンタなら違うだろうしな。そちらの鎧さんも話を聞く限りじゃ大丈夫だろ」
「ほうほう」
確かに、ソニアならば問題なく入れる。
加えて、アンドロイドでありソニアの所有物であるグレーフィンも問題はないだろう。
グレーフィンは、アンドロイドであり、法的には機械である。
女性用トイレの個室に、グレーフィンと一緒に入っても特に問題がないということだ。
だから、もしも女性しか入れないという村があるとしても、ソニアとグレーフィンならば入ることはできるはずだ。
「そもそも、そんな村本当にあるんですか?」
「ああ、あるのは間違いないぜ。俺は、中には入ってないが外から人の声とかは聞こえたしな。まあ、内部の情報は何もわからんから無理にとは言わんが」
「いや、ありがとう。その村への地図って描いてもらったりできるか?」
「おう、全然いいぜ。あ、ちょっと待ってジョッキをおろすから」
ジョッキを置いて、マシュマロを口の中に押し込んでから男は地図を取り出して、グレーフィンに渡した。
ソニアは、そんな二人のやり取りを見ながら、マシュマロをほおばっていた。
◇
「これだと、ここから歩いて三日というところでしょうか」
深夜、簡易テントで、ソニアは冒険者の男から受け取った地図を見ていた。
深夜ではあったのだが、彼女は懐中電灯を所持している。
彼女の魔法であれば、電池切れであろうと電球が切れていようとお構いなしに運用できるので、電池切れを気にする必要はない。
電池や燃料を機械にソニアが使うとすれば、それは周囲を欺くための、彼女が機械修復の魔法を持っていると悟られないためのブラフである。
だから、懐中電灯も初対面である冒険者の男には見せていない。
「はてさて、この地図は本当に確かなものなのかわからんぞ」
「いやいや、それを確かめるのが冒険者というものですよ」
◇
「なんとなくわかっていたけど、ソニア、行くのか?」
「ええ、行きますよ。面白そうじゃないですか」
「事前情報ほとんどないけど?」
先ほどの男が語ったのは、あくまでも「女性しか入れない」ということのみ。
その都市内でのルールや文化、治安の良さなどは全く分からない。
この国は、都市や村ごとに集団を統治するルールが異なる。
海上に存在し、常にランダムに住所をシャッフルする都市や、窃盗が罪に問われない犯罪都市、産業廃棄物をまき散らし続ける近づくことすら憚られる工業都市など、事前に情報を知らなければ生命の危機に直結するような情報すらある。
「詳細を知らない場所に行くというのは、それだけリスクが高いってことだ」
「もちろん、わかっていますよ」
「それでも、行くのか?」
「ええ、行きます」
「それは、どうして?」
グレーフィンは、声を荒らげることはしない。
鎧のように重々しく、機械のように冷淡な口調で、彼はソニアに問う。
「別に、お前は旅をする必要だってない。その気になれば、お前は凄腕の整備士や技師として生きていけるはずだ」
「…………」
「何処か安住の地を見つけて、家族を得て、静かに幸せに暮らす。そんな可能性だって、お前は持っているんだぜ」
グレーフィンはアンドロイドだ。
しかしそれは、感情がないということではない。
客観的にはともかく、主観的にはグレーフィンは単純にソニアを心配していた。
彼女が、危険な行動や奇行に走りがちであるというのもある。
それに対する彼女の解答は。
「すっきりしないんですよね。それは」
「…………」
ソニアの表情は、ふざけている様子はなく、むしろこの上なく真剣な様子だった。
「居場所を作りたくないんです、私は」
ぽつり、と地図を見つめながらソニアは呟いた。
あるいは、地図をみてはいなかったかもしれない。
彼女自身の心の内を見ていたのか。
「怖いってことか?また追放されるのが」
かつて一度失ったように、居場所を追われるのが怖いのだろうかと思ったが、その仮説は否定された。
「ううん、それは違いますね」
ソニアは、首を振って否定する。
「誰かに裏切られたり、虐げられたりすること自体にはもう慣れました」
ソニアは、物心ついてから十年にわたって虐待というのも生ぬるいような強制労働生活を送らされてきた。
その果てに追放されており、人に辛く当たられることなど、彼女にとっては日焼けレベルの日常でしかない。
ソニアは、するりと動いて、グレーフィンに抱き着いた。
「私が怖いのは、グレーフィンさん以外に居場所ができることです。それは、貴方に対しての裏切りだと思うから」
ここだけでいい。
居場所は、この国に比べればはるかに狭い、彼の腕の中だけでいいのだと、ソニアは言うのだ。
「俺は、別に裏切りだなんて思わねえよ。俺とは別に幸せを見つけるのもそれはそれでいいと思ってる」
「わかってますよ、これは私の判断です。そうしないと、もやもやしてしまってスッキリしないってだけですから」
ソニアは、グレーフィンと出会ってからずっとそうだ。
いつでも、彼女の心が示すままに動いてきた。
それは、生まれてからずっと自由を制限され続けてきたこともあるのだろう。
彼女は、自身の満足のために進み続ける。
「そこまで言うなら、もう止めねえよ。俺が守ればいいだけの話だからな」
「……ありがとうございます」
駆動音とわずかな排熱が感じられる腕の中で、ソニアは少しだけ抱きしめる力を強くした。
「にしても、危ないことには変わりない。俺も警戒はするが、お前も警戒は怠るなよ」
「うーん、正直男性が立ち入れないなら治安が悪いということはないと思うんですよね」
「そりゃ偏見だろ。女だって盗賊にも殺人鬼にもなりえるだろうよ」
「でも、男性を通さないというのなら、警備は厳重ってことですよ」
「まあ、それはそうか」
人間の半分を、決して通さない。
口で言うのは簡単だが、決して楽なことではない。
余程の武力があるのだろう。
「まあ、そう言われれば安全なのかもなあ」
グレーフィンは、少しだけ納得した。
「ともあれ、もう寝ましょうか」
「おう、そうだな」
「お休みなさい。グレーフィンさん」
「おう、お休み」
ソニアは明かりを消して寝た。
まだ見ぬ場所に、心を躍らせながら。
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