第四話『すっきりしたソニア』
「アンドロイド、ですか」
アンドロイドとは、ヒューマノイドとも言われる人を模した機械だ。
戦闘力、あるいは労働力として開発されたが、人を模倣するためにコストがかかりすぎるという理由から凍結され、試作機は廃棄されたと伝わっている。
ソニアも、たまたまこのアンドロイドと同じ地点で廃棄されたということだろう。
そういう意味では似た者同士なのかもしれない。
誰にも存在を認められていない、望まれていない失敗作。
「直します」
境遇に自分を重ね合わせた、というわけではない。
彼女には、それしかできないから。
生まれた時から、彼女が必要とされるのは壊れた機械を直すときだけだったから。
それが、彼女の仕事だったから。
だから今この瞬間も、彼女はそれをする。
まるで、命令を与えられた機械のように。
「うん?」
ぱちり、と目が空いたような気がした。
鎧の奥で、赤い光が発生する。
これがアンドロイドの所謂目の部分に当たるのだろうとソニアは考えた。
アンドロイドは、周辺をきょろきょろと見渡してから、ソニアの方に向き直る。
「そこのお嬢さん」
「はい?」
「俺はどうやって復活した?」
「あ、あの、私の魔法です。機械を修復して、正常にすることができます」
「機械を?ふーん、助けてもらってなんだが変わった魔法だな」
鎧型のアンドロイドは、手足を動かして状況の把握を始めた。
すぐに、ぺたぺたと彼の全身を触り始める。
「俺は、動力炉だけないみたいだな」
「なんででしょう、ご、ごめんなさい」
「いや、たぶんあれだな、アンタの魔法が、エラーの排除、つまり復元だからだろ。つまるところ、全盛期の状態にしているわけだ」
アンドロイドは、体を動かしうる動力炉がなければ動けない。
エンジンがない車が動かないのと同じだ。
しかし、最初から動力炉やエンジンなどの駆動機構を持たない機械にソニアの魔法をかけた場合はどうなるのか。
機械を新たに作り出すことができない以上、エンジンを作ることはできない。
答えはいたってシンプル。
動力機関を持たないまま、無形の動力をもって動き出す歪な機械となる。
「俺は動かすためのもともと動力炉を埋め込まれる前に壊された。だから、動力炉を埋め込まれないまま、アンタの魔法で正常に動いているってわけだ」
「な、なるほど」
「つまり、あんたがいないと俺は生きられないってわけだ」
「でもなあ、お前が死んだらたぶん俺はまた動けなくなるぞ。それはちょっと困る、というか嫌だ」
「何か、欲しいものはあるか?俺に魔法をかけ続けてくれるなら、何でもするぞ、お前のためなら」
「私を……」
言うべきことなら、たくさんあった。
復讐がしたいだとか。
ご飯が食べたいとか。
近くの都市に運んでほしいだとか。
どれを口にしても、傍から見れば不自然ではないだろう。
けれど、その時に思いついたのはたった一つだけ。
「私を、抱きしめてください」
「承知した」
金属の鎧を介して伝わってくる、金属の鎧から感じられる熱を。
人をたやすく押しつぶせるパワーがあるはずのアンドロイドが、包み込むようにしてくれているという優しさを。
何より、生まれて初めて誰かに抱きしめられて、離れないことへの安心感を。
「うっ、うっ、うっ」
「…………」
生まれてきて、聖女になってからのことが一度にあふれてきて。
ぽろぽろと涙があふれて止まらなかった。
「うっ、ああああああああああああああああっ!」
生まれて初めて、ソニアは誰かの胸の中で、声を出して泣いた。
◇
契約は成立し、この一年間守られ続けている。
「くそっ!なんなんだお前!」
「いやいや、もう投降したほうがいいんじゃね?そうすりゃ命までは取らんし」
今この瞬間にも、火炎放射は続いている。
しかして、火炎はグレーフィンを燃やさない、壊さない。
いや、熱された傍から彼女の魔法によって修復され続けている。
「なめるな!」
「ひっ」
どうやら、魔法を使える元王子が最大戦力だったらしく、他のメンバーは次々と武器を捨てて投降した。
防壁魔法がなくなった状態で、ソニアが猶の事火炎放射器を構え続けていたのがとどめになったのかもしれない。
「気分はどうだよ」
「すっきりですね!」
晴れ晴れとした表情で、ソニアはグレーフィンに語りかける。
「くそっ、いい気分だろうな!俺への復讐を果たしたんだからな!」
「…………」
縛られて動けなくなった状態で、元王子が喚く。
ソニアは答えない。
何も言えないのか、あるいは言いたくないのか。
「いい気になるなよ!俺に復讐したつもりかもしれないが、俺はまだ生きている!いつか這い上がって、お前らを潰してやるからな!」
ふう、とグレーフィンはため息をついた。
「勘違いしないでほしいんだがな、ソニアは、復讐のためにこんなことをしたわけではないんだよ」
「じゃあ、何のためだというんだ?」
「今の私の仕事が冒険者だから、そして以前の仕事が聖女だったからです」
「な、に?」
冒険者としての仕事、というのはわかる。
元王子たちは、指名手配を受けた盗賊であり、捕獲ないし討伐をすれば賞金を得ることができるからだ。
しかし、聖女としてとはどういう意味なのか。
「この王都は、一年で随分と荒廃してしまいました。すべては、私が王都を追放されたことに起因します。厳密には、私が聖女に選ばれたことというほうが適切でしょうか」
王都の要であるキャタピラの整備は、機械修復の魔法を使えるソニアが十年以上担当していた。
というより、機械修復の魔法が王都にとって有用だったからこそソニアは聖女として重用されていたのだ。
「しかし、それはさまざまなひずみを生みました。まず、殿下たちは燃料の補給をまともにしなくなりました。私の魔法があれば、動力がなくても正常に動かせるからですね」
ソニアは、ちらりとグレーフィンを見た。
「さらに、整備士や技師などを殿下たちは追放なさいました。なぜなら、私がいれば整備の人員など必要などないから。その分、自分達の私腹を肥やすことができるわけですね」
思えば、王子たちもいきなり何の前触れもなくソニアを追放したわけではなかった。
機械整備などを行う技術者を、ソニアが来てから用済みと追放していた。
さらにそれだけではとどまらず、自身の意にそわないものや、必要ないと判断した者たちを次から次へとはいじょしていないのだ。
そういう排除がエスカレートしてしまった結果が、ソニアの追放だったのだろう。
「な、何が悪い!おれは王族だぞ!」
「それも、私がいればまだかろうじて都市を運営することはできたでしょう。しかし、貴方は私も排除した。私なくして都市が持たないことを、貴方はわかっていたはずなのに」
「そんなだからクーデター起こされて、落ちるところまで落ちるわけだな」
「ぐ、ぐぬぬ」
ソニアとグレーフィンに正論で詰められ、元王子は呻くことしかできなかった。
「ですから、私は元聖女としての責任を果たすために来たのです。貴方がこうして盗賊として王都の住民に迷惑をかけているのも、私に責任の一端があるのですから。貴方はともかく、巻き込まれた一般市民に罪はありませんしね」
今の王都の荒廃も混乱も、もとをただせばソニアに原因がある。
だから、こうして元王子たち盗賊を捕えることで、償いとしようとソニアは考えたのだ。
「ぐ、うううう」
聖女としての責任を果たそうと考え実行に移したソニアと、責任感の欠片もなく私利私欲のためだけに行動してきた元王子たち。
誰がどう見ても、格が違う。
「くそおおおおおおおおおおおおおおっ!」
それを理解した元王子は、屈辱に顔を歪めながら叫ぶのだった。
ソニアは、そんな絶叫と発狂を聞き流しながら警吏に元王子たちを引き渡し、グレーフィンとともに歩き去っていった。
「ソニア」
「なんですか?」
「気は済んだか?」
「ええ、すっきりしました!」
「そいつは良かった」
感じた責任という名の重石が、すっと抜けていったような気がしていた。
王都から追い出されて、どこにも居場所がなくて。
グレーフィンと出会って一年旅をしてきて。
今日、過去にも決着をつけることができた。
「グレーフィンさん、契約」
「はいはい」
何かを欲しがる声と、満更でもなさそうな声。
グレーフィンがそっとソニアの体に腕を回す。
冒険者になって、様々な場所を巡った。
けれど、どこに行こうと、何をしようと。
ソニアの居場所は、この腕の中なのだと改めて思う。
この腕があれば、彼がいてくれれば、どこにいたって幸せなのだと。
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