第二話『帰還したソニア』
「ソニア、もうすぐ目的の町だぞ」
「んんっ、寝てない。私は寝てないですよ―」
森の中にある細道を、二つの人影が進んでいる。
一人は、黒い鎧に身を包んだ大柄な男。
顔も兜で覆っているはずなのに、声は奇妙にも全くくぐもっておらず、はっきりと聞こえる。
背負子に荷物ともう一人を乗せて、重戦車のごとくゆっくりと進んでいく。
もう一人は、赤と白で構成された十四歳くらいの美少女、ソニア。
白い髪に、ルビーのような赤い瞳。
赤いブーツに赤いコート、そして白いスカートと白いストッキング。
街の外を歩くにはあまりにも不相応かつ不用心な恰好だった。
まだ修道服の方がよかったかもしれない。
「森の中なんだから、気を抜くなよ……」
「グレーフィンさんが守ってくれるんでしょう?じゃあ大丈夫ですよ」
「そりゃ守るけどなあ」
そんなのんきなやり取りをしながら、ソニアとグレーフィンと呼ばれた男は森の中にある道を進む。
森の中、獣道を進んでいればリスクも大きい。
「がるるる」
「うえっ」
「ほら、言った傍から」
野犬の群れが、いつの間にかグレーフィンたちの前に立ちはだかっていた。
その中の一匹が跳躍してグレーフィンの頭部にかみついた。
ソニアがとっさに鞄から武器を取り出そうとして。
「ちょっと揺れるぞ、ソニア」
グレーフィンの声に対応して、ソニアは舌を嚙まないように歯を食いしばる。
それと同時に、彼が犬を引きはがして、投げ飛ばした。
「ぎゃううんっ!」
二メートル近い体格のグレーフィンに吹き飛ばされた犬は、去っていった。
仲間の犬たちも、その犬を追って逃げていく。
「危なかった」
「いやあ、私も肝が冷えましたよ」
「絶妙に嘘くさいな」
「何でですか!」
二人は親友のように、あるいは長く連れ添った夫婦のように漫才をしながら歩いていく。
「久しぶりですねえ、王都アントルメ」
「ああ、ソニアは一年ぶりだっけか」
「ええ、もうずいぶん前のことみたいです」
一年前、王都を追われた元聖女は、冒険者になって王都に戻ってきていた。
「さびれてますねえ」
門をくぐって王都を見て、ソニアはそんな感想を抱いた。
一年前の王都アントルメは、白亜の町という言葉がよく似合う、白を基調とした都市だったはずだ。
だが、今の王都は見る影もない。
白い町並みは黒く煤けており、家屋も古びて壊れているものが度々見受けられる。
無理もない、現在の王都は王都として機能していない。
半年前に入手した|地図がまだ意味を成している《・・・・・・・・・・・・・》というのが、その証左だ。
「もう半年も動いてないそうですねえ」
「無限軌道もぶっ壊れてるしなあ」
王都の端にある、さび付いて動かなくなったキャタピラを見てグレーフィンとソニアは嘆息した。
王都アントルメは、移動都市であった。
都市の下に、キャタピラがついており、国中を移動することができる。
なぜそのような仕組みなのかと言えば、王都以外の都市を監視するためである。
王国は国土の広さと都市間の距離が遠いことから、王族の支配が届きにくかった。
ゆえに、各都市まで王都が移動することで対応していたのだ。
付け加えれば、王族が都市に出向いて直接税金を集めていたりもした。
もっとも、移動機能が破綻したことで、王都は王都として成り立たなくなってしまったのだが。
それらすべてが、ソニアがいなくなったあの一年前から始まっている。
その中で、雑貨店を見つけてソニアたちは入っていった。
「いらっしゃいませお嬢さん、それにお兄さん。ひょっとして冒険者かい?」
「ええ、そうなんです」
「…………」
ソニアは愛想よく返事をし、グレーフィンは、無言で会釈した。
「冒険者さんが来てくれるなんてありがたいねえ。何か売るようなものはあるかな?」
王国には冒険者と言われる職業がある。
都市間を移動して、商品や情報などを売ることで生計を立てている。
王都が機能を停止したことで、より需要が高まってしまっている。
それ以外にも用心棒や都市周辺の魔物の討伐なども行ったりするので、何でも屋や便利屋と呼ばれることもある。
ともあれ、ここ一年ほどで急に勢いを伸ばしている商売である。
「ああ、こちらの火薬とかどうです?」
「へえ、いいねえ、ありがたい」
扱う商品は薬、武器、宝石、貴金属などが多い。
この国は、内部には厳しいが、外部からの旅人に対しては非常に肝要だ。
だから、こうして冒険者という仕事が存在できているともいえる。
では、冒険者になればいいと思われるかもしれないが、そうでもない。
冒険者は、ビザを都市に発行してもらう必要があり、原則として三日間以上留まることはできない。
「王都の治安が、どんどん悪化してるからね。武器弾薬の類はいくらあっても困らないさ」
「それは良かったです」
「…………」
「そういえば、二人とも冒険者に国側から仕事の依頼があるらしいよ」
「へえ、そうだったんですか」
ソニアは、その仕事の内容を聞いてすぐ、受けることにした。
「冒険者がちらほらいますね」
「まあ、それは無理もないと思うけどなあ。でも、ソニア、本当に受けるのかこの仕事」
「当然じゃないですか。でないと、スッキリしません」
「わかった、じゃあ俺がお前を守るよ。俺は、お前の鎧で、俺たちは二人で一つだからな」
「はい、いつも通りお願いしますね」
「『炎姫』のソニアが参加してくれるんなら心強いぜ」
「うわさじゃあ、炎熱魔法を使えるとかなんとか」
冒険者は、荒事に遭遇することも珍しくはない。
それゆえに、冒険者は戦闘力を求められることが多い。
魔法を使える人間は限られているがゆえに、それだけで一目置かれる存在だった。
「そんなに便利なものではないんですけどねえ」
「ん、何か言ったかい?」
「いや、何でもありません」
「そういえば、あんた今一人かい?よかったらこれから一緒に食事でも」
「えっとそれはちょっと」
「ソニアに、何か用か?」
冷たい声が、響いた。
いつの間にか、二メートルはあるであろう鎧が、グレーフィンが彼らを見下ろしている。
「い、いやなんでもないよ」
冒険者たちは、すごすごと去っていった。
男性と思われる連れ合いがいる時点で、引き下がる判断力は持っていたのだ。
「グレーフィンさん、どこに行ってたんですか?」
「すまない、情報交換をしていた」
「何か得られましたか?」
「敵の人数や来歴、加えて魔法を使える人間の数と使ってくる魔法もわかった」
「なるほど、ですね」
「お前対人戦の経験はほとんどないだろ、やっぱりやめた方がいいんじゃねえか?」
今回の仕事というのは、王都周辺に拠点を構えている盗賊たちを捕縛、あるいは討伐することである。
危険が伴う仕事だった。
「やめませんよ、スッキリしないじゃないですか」
「……わかったよ」
不承不承、といった様子でグレーフィンはため息をついた。
こうなったソニアはブレないと知っているから。
◇
王都から少し離れた森の中に、盗賊団の本拠地はあった。
「本拠地が割れているにもかかわらず討伐できないんだな」
「魔法を使える人がいて、その人が手ごわくてなかなか倒せないどころか、返り討ちに遭っているようですね」
「ふーん」
「まあ、誰のことか予想はつきますが」
ぼろぼろの小屋までたどり着くと、わらわらと人が出てきた。
ソニアは、その中の一人に見覚えがあった。
「お久しぶりですね、王子様」
「貴様、聖女か」
ソニアは、彼の顔をよく知っている。
この国の第一王子だった。
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