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第三話『子犬』

「ちょ、ちょっと待ってくれよ」



 ソニアのそばにいた冒険者の一人が、真っ青な顔で振り向く。



「魔物を生み出せる魔法だなんて、そんなものがあったら、最強じゃないか。無尽蔵に無数の化け物を作り出せるってことだろ?」

「確かに無尽蔵ではありますが、無数じゃないと思いますよ」


 何体でも同時に使えるなら、それこそ何百頭の『大犬』を攻め込ませればいい。

 こうして逐次投入している時点で、それは無理だと言っているようなもの。



「多分ですが、同時に魔物に変えられる数に制限があるんでしょうね。複数を同時に魔物化することはできないみたいです。付与魔法には度々ありますね」


 効力が強い付与魔法や回復魔法は消費が激しかったり、制御が難しいという理由で単体にしか使えないことはままある。

 ソニアの回復魔法とて、ソニアが聖女でなければ同時にかけられるのは一体のみだっただろう。



「じゃあ、無数に出てくるってわけじゃないのか?」

「まあ、一体ずつ倒して、あの森の中の犬が全滅すればいいような気もしますけれど」

「無理があるだろ!」

「一体相手取るのでもきついのに!」



 戦況を見れば、四体目の犬が冒険者によって袋叩きにされて、肉袋のように潰されたところだった。

 ただし、冒険者側も無傷ではない。

 五、六人がけがを負っている。

 腕に覚えのある数十名が、一方的に囲んで攻撃できる状況で、だ。



 規格外の膂力を持つグレーフィンと、望外の火力を誇るソニアゆえに無傷で倒せたが、そうでなければ死んでもおかしくないのが魔物という存在だ。

 つまり、『大犬』が尽きるまで戦うというのは得策ではない。


「おい、五体目が来たぞ!」

「もう無理だろお!」



 冒険者たちの心は折れかかっていた。

 怪物が無限にわいてくるのだから無理もない。

 その中で、ソニアは冷静だった。


「グレーフィンさん、お願いできますか?」

「おう、任せろ」


 グレーフィンは、全力で飛び上がる。

 そして、屋根の上に降り立った。



「森の中で戦った時、変だなと思ったんだよな」



 最初にソニアが燃やした犬。

 そいつが出てきたとき、霧は野犬たちの頭上を覆っていた。

 つまり、霧の発生源は犬やソニアたちよりも高いところにあり、そこから下に落ちてきていたのだろうと。



「木の上しかないよなあ」



 そして、もう一つ確かなことがある。

 ソニアの『極大』によってまとめて吹き飛ばした際に、周囲の木々も一緒に燃えていた。

 だが、それでもすべての木々が燃えたわけではない。

 そうなる前に、冒険者たちの消火活動によって止められたからだ。



「見つけた」



 屋根の上に、一匹の『子犬』がいた。

 魔物は、存在の格、すなわち身体能力を引き上げる。

 概ねからだが大きくなることが多いが、何かしらの技能を獲得するようなこともある。

 『子犬』は、猫のように木登りをしていたのだ。

 そして今は、『子犬』が家屋の屋根の上に乗っていった。



「屋根の上にいきものがいたら目立つだろうが!」

「ウォウ!」

「あ」



 『子犬』は、別の建物に飛び移る。

 空中を舞う、『子犬』は、無事に追っ手をまいたと判断して。



「空の上なら、好都合」

「ウォ?」



 下にいる、赤と白の少女を見つけた。

 少女は、いかにも弱そうで、『子犬』でも倒せるように見えた。

 だが、その考えは、覆される。

 彼女が、銃よりも大きな筒を持っていたから。

 街中で火炎放射器など、使っていいはずがない。

 だが、例外もある。

 それが、今この時。



「『カノーネ』――出力・大」



 極大よりは小さく、それでも子犬一匹焼くには十分すぎる火炎が。

 真上に向けて放出される。

 家屋も、人も、傷つけることはなく。

 ただ、『子犬』と『子犬』が撒き散らす霧だけを飲み込んでいく。



「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」



 炎が犬の毛皮を、皮膚を、肉を、骨を焼いていく。

 『子犬』が霧を放出して防ごうとするが、霧程度で火炎を防ぎきれるはずもない。

 防御用の魔法なればともかく、そうではないのだから。

 どうにも、自分自身を巨大化させることもできないらしい。

 少しだけ、時間が空いて。

 ぼとり、と一つの影が落ちた。



 魔物は、討伐された。



 ◇


 

 口々に、賞賛の言葉をかけてくる冒険者たちに二人は囲まれた。


「それにしても、まだまだ子供にしか見えないのにこうやって冒険者として活動していてすごいよねえ。うちの息子なんて、まだ学校に通って就職せずに甘ったれているんだよね」

「学校、ですか……」



 学校にソニアは通っていない。

 何しろ、彼女は物心ついた時から聖女として訓練を受けていた状態だった。

 勉強をやらされることはあっても、学校に通うということはしていなかった。



「学校かあ……」

「行ってみたいのか?」

「そうですね、まあ興味はあります」

「それなら、学園都市に行ってみたらどうだ?」

「学園?」

「学園都市?」

「ああ、都市全体が学校になっているらしいぜ」

「ほう」



 ソニアの目がきらりと光った。



「次の行き先が決まったか?」

「ええ、久しぶりに最大火力をぶっ放してすっきりしました!」

「ほどほどにな……」



 ため息をつきながら、報酬をもらうべくグレーフィンとソニアは冒険者ギルドへと戻っていった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


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