第一話「追放された聖女」
「聖女ソニア、君を王都アントルメから追放する」
「……え?」
この国の聖女として、ソニアはもう十年も働いてきた。
民の生活を、都市の基盤を、王族の繁栄をただ一人聖女として守ってきた。
だというのに、どうして王都から出て行けなどというのだろうか。
「殿下。お、お言葉ですが、私なくしてこの国は成り立たないかと」
「ふん、お前の魔法などなくてもこの王都は十分に回っている」
「で、ですが」
「だいたい、お前の魔法は効果が限定的すぎて、使い物にならないんだよ」
「…………」
正論だった。
聖女と言えば、人々の傷をいやす回復魔法をはじめとした、汎用性の高いかつ強力な魔法を持っているのが普通だ。
だが、ソニアの魔法はそういうものではない。
人に直接恩恵をもたらすような聖女らしい魔法ではないのだ。
「それよりも、お前がいることで尊い王城と王家の血筋が穢れてしまうことが問題なのだ!この平民街の子供風情が!」
ソニアの前で、豪華絢爛なマントをはためかせながら喚いているのは、この国の第一王子である。
体につけている貴金属や宝石がジャラジャラと音を立てるせいで、声が聴きとりづらい。
一方ソニアは聖女らしく、肌をあまり出さないシスターが着る地味な礼服に身を包んでいる。
服装と見た目だけ見れば、ソニアが王家お抱えの聖女だとは思わないかもしれない。
聖女兼、王子の婚約者という方が正確かもしれないが。
「ふっ、私はこちらの侯爵令嬢と結婚する。真実の愛に目覚めたんだよ!さあ、邪魔者は出て行け!」
相手の派手なドレスを着た侯爵令嬢が第一王子にしなだれかかっている。
彼女は豪奢で妖艶で、とても美しかった。
地味なソニアとは、正反対と言える。
つまるところ、ソニアは仕える主兼婚約者に捨てられてしまったのだ。
「連れて行け!」
王子の言葉に従って、兵士がソニアの体を掴んで引きずっていく。
ソニアの体にも心にも、もはや抗う力は残っていなかった。
王城を追い出されて、貴族街を出て、王都の外に出て。
ソニアは、王都がある場所の近くにあった森のそばに、放り出された。
兵士たちは去っていった。
無理もない。
王都は、予定ではあと三十分もしないうちにここから消える。
それを見計らって、彼もソニアを追い出したのだろうが。
「ここまで、ですかね」
王都から放り出されたのだ。
ソニアの周りには、人も家も、何もない。
木が生えて、岩が転がっていて、スクラップが落ちているだけだ。
この状態では、もう生きていくことはできないだろう。
食料も身を守る術もなく、一人の少女がどうやって森の中で生きていけるというのだろうか。
王都とは別の都市が近くにある、厳密には王都がその都市に寄っていたとはいえ、そこまでたどり着くのも少女の足では難しいだろう。
何よりも、彼女の意思がすでにくじけていた。
「ああ……」
彼女の口から出たのは言葉か、あるいはため息か。
平民街に、孤児として生まれて。
聖女としての力に目覚めると、すぐに孤児院から王城へと引き取られた。
あとは、ずっと魔法を行使するだけの人生だった。
「私には、何もない」
大切な人も、理想とする信条も、失いたくない幸福も、生きる意味すらも。
ソニアには、何も、ないと気づいた。
真実の愛、だなんて。
どうすれば手に入るのだろうか。
聖女として、人のため、国のために尽くしてきたつもりだったのに。
誰にも愛されず、求められず、抱きしめ合うことすら叶わないだなんて。
これほど残酷なことはないと、ソニアは絶望したまま、土の上に体を横たえたまま涙を流した。
「幸せになりたい、なあ」
ソニアは欲しいなと思った。
それが何かは彼女にはわからない。
どのようにすれば手に入るのか、どこにあるのか、そもそもそれは存在するのか。
何もわからなくて、それでも欲しいと思って涙を流した。
「あれ?」
ソニアは、気づいた。
彼女を除けば人の気配一つない、ないと思っていたソニアのすぐ近くにある瓦礫の山。
そこから、一本の、人間の足らしき物体がのぞいている。
「行き倒れの、方ですか?」
そういえば、この近くには王都とは別の町があったはずだ。
そこから来た人が、力尽きて倒れていたとしても不思議ではない。
ソニアには、何もできない。
人を癒す力はない。
そもそも、今更人を救う意味なんてもうないはずだ。
それでも。
「もしも、こんな私、なんかでも」
あと一度だけ、チャンスがあるのなら。
どうしても欲しいものがあったから、ソニアはそこに向かって歩き始めた。
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