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猫を通して繋がりのあるシリーズ

キャットウィッチ

作者: キャメルライト

 小さな村の傍に、春になると沢山の木の実がとれる豊かな森があった。


 しかし、その森の奥には、恐ろしい魔女が住んでいるとされ、誰も奥まで立ち入ろうとはしなかった。


 傍の村に住むマーデとカルテという幼い姉弟(きょうだい)が、籠を持って木の実を取りに向かった際、森を真っ白に包み込んでしまうほどの深い霧が立ち込め、二人は帰り道を見失い、奥にまで迷い込んでしまう。


 目の前には、綺麗な家が立っていた。赤いレンガの家だ。村にある丸石の積まれた簡素な家とは、全然違う。勿論、猟師の使う小屋でないことも、すぐにわかった。


「ここ、魔女の家だよ」


 弟のカルテが言うと、姉のマーデはこう言った。


「平気よ、あんなの嘘っぱち」


 それはマーデの精一杯の強がり。気の弱いカルテを不安にさせたくなくて、自分がずっと前を歩き、手を引っ張り、ここまでやってきた。


 霧は既に晴れていたが、入る時高く昇っていた日が気が付くと随分下に沈んでいて、もうすぐ暗くなる頃合いだ。


 暗くなると、この森には、狼が出始める。

 今引き返し始めたら、帰る途中で真っ暗になり、その狼達に見つかって、食べられてしまうやもしれない。


 マーデは意を決して、レンガの家の扉の前までカルテを引っ張っていくと、扉を叩く。


 ドンドン――――ドンドン――――


 返事はない。ノブに手を掛けて、ゆっくりと開けてみた。


 誰もいない。しかし、テーブルや椅子はあって、人が住んでいることはわかった。一人分だ。


「ほら、誰もいないじゃない。ここを一晩使わせてもらいましょう」


「お姉ちゃん。でもほら、奥――」


 カルテが指差すのは、家の奥。廊下が伸びて、続いている。


「誰かいませんかー」


 耳を澄ませていたが、やっぱり返事はない。この家の主は留守のようだと思った次の瞬間、トト、と廊下を踏む軽い音がして、二人は竦み上がる。


 しかし、家の奥から出てきたのは、一匹の黒猫であり、一緒にほぅっと安堵の息をこぼした。


「ニャー」


 首輪がついている。この家の飼い猫だろう。黒猫は一鳴きすると身を回し、お尻を向けて振り返ってくる。


 まるで、ついてこいと言っているようで、顔を見合わせたあと揃って頷きを返すと、そのまま歩き出す。


 つきあたりまで行って、隣の部屋に入った。続いてその部屋に入ると、綺麗な衣服を身に着けた女の子がいた。顔立ちも綺麗だ。村の子のように日焼けしておらず、雪がしみ込んだように真っ白。


 西日の差し込む窓の傍で、本を読んでいる。声を掛けようか迷っていると、パタン、と女の子が本を閉じて、顔を上げた。


「いらっしゃい。何の用かしら」


 声まで澄んでいる。まるで小鳥のさえずり。とても魔女のようには思えない。

 そもそも魔女というのは、老婆なものだ。鼻が伸び、もっと醜悪な顔付きで、目の前の女の子がそうであるとは、二人には少しも思えなかった。 


「あの、一晩泊めてもらいたくて」


 マーデがそう答えると、女の子はくすと笑い、隣の窓を見つめた。


「もうじき暗くなるものね」


「ええ。木の実を取りに入ったら、霧が出てきて、迷って」


「大変だったのね。ゆっくりしていくといいわ」


 この森の奥には、恐ろしい魔女が住んでいるというのは、本当は嘘だったのかもしれない。

 そう思うと気が楽になって、二人は女の子の傍に行った。


「字が読めるの? どんな本を読んでたの」


「望みを叶える絵本。あなたたちの望みは何」


 二人は、きょとんとした顔で見つめ合い、それから、マーデは家にと言い、カルテが帰りたいと、少し首を傾げながら言うと、


「そう。あなたたちの望みが叶うかは、あなたたちしだい。ようこそ、キャットウィッチの館へ」


 そう言われて目に映る景色が瞬き一つで移り変わって、驚く。


 何故か暗い道の傍にいた。目の前には荷台を引く馬車があって、その上で、「おお、我が息子よ、どうしたことか」と、フードを被った男の人が、月を見上げて嘆きの声を上げていた。


 

      苦しいよ、お父さん。と、子供の声が聞こえてくる。


   鎌を持った悪魔がくる。もうすぐやってくる。とも聞こえてきた。


       熱にうなされているのだな。もうすぐ着く。


     と、父親は返していたが、馬を打つような気配はない。


 「すまないが、そこの子らよ。後ろで落とした馬車の車輪を拾ってきてくれないか」


 二人が馬車の後ろに目を向けると、確かに少し後ろの方に大きな車輪が落ちていて、取りに向かう。その時だ。



       おいで、おいで


 と薄気味悪い声がして、奥の暗がりから、鎌を持った悪魔が姿を現わす。


 早く車輪を持って、戻らないと――――


 そう思い、大急ぎで車輪の所まで向かうが、行ったのはマーデの方だけで、カルテは足が竦んで来ておらず、仕方なく、一人で運ぼうとしたのだが、大きな車輪はとても重たく、一人では運べそうもない。


 どうしよう、と考えているうちに悪魔との距離が詰まってきて、マーデはカルテの方を向いて声を上げた。


          何してるの! カルテ!


 早く来なさいと言い続けても、カルテは怯えるばかりでその場から動かず、悪魔が横を通り過ぎていく。


 カルテが悲鳴を上げて腰を抜かした直後に悪魔は馬車に飛び乗り、父親に手に持った鎌を突き立てるや、子供を抱えてさらっていった。


 呆然とその光景を見ていると、何度目かの瞬きでまた景色が移り変わり、元の部屋にいた。

 随分と床が目の近くにある。傍で揺れるスカートを見ていると、飛びつきたくなって、そうした瞬間、上から女の子の声が降ってきた。


「こら、だめよ」


 大きな手で振り払われて、見上げると、まるで巨人のように体を大きくした女の子がいて、首を傾げる。


 だんだんと何も考えられなくなってきた。自分はどうしてここにいるのか。わかることと言えば、隣にいる気の弱そうな子猫が、自分の弟ということだけ。寄り添い、体をこすりつけ合う。


 二人はその後、猫としての生活を送る。不安なことなど何もない。

 生まれた時からこの家の猫、今はそう思っているのだから――――


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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