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12/24 土曜日 蝉タイムスリップ

私の住んでいるアパートは大学近くにあるため、朝9時頃になると登校する大学生が近所の道をわちゃわちゃと通っていく。朝っぱらからうるさいと感じつつも大体の授業が二限から始まる私にとってはいい目覚ましなわけで、ありがたいような迷惑なようなそんな複雑な気持ちで毎日ベッドから体を起こしている。


ただ、今日は久々にぐっすりと眠れた。ゆっくりと体を起こして大きく背伸びをして、快眠による爽快感を堪能した。そこまでいってようやく私は異変に気付いた。

まず、時計が10時を指している。次に、いつものような騒がしい大学生の声が聞こえてて来ない。カーテンを開けてみると道路には学生が一人もいなくて、空は不穏な曇り空をこちらに見せつけていた。

寝ぼけている頭では、その異変はとても小さなことに感じた。

子供にとっては消費税の引き上げなんかよりおもちゃの発売が延期になったとかヒーロー番組の放送が延期になることとかの方が大変重大な問題に聞こえるだろう?

この時の私にとってはそれと同じで快眠の余韻に浸ることの方がそんなちっぽけな異変より大事だったってわけだ。

私はそのあと、なんとなくたまったゴミ袋が目に入るとそれがとてつもなくうっとおしく思えて、ごみ収集所に運んだ。やはり外に出ても人がいない。なんて今日は快適な日なのだろうか。

私は鼻歌を歌いながら部屋に戻る。その道中、アパート階段を上っていると、1つ奇妙なものを見つけた。


セミの抜け殻だ。


こんな、大みそかが一週間前に迫った、冬真っただ中の季節だと言うのに、なぜ蝉の抜け殻が。

私は不思議に思いそれを拾い上げた。その瞬間、私に電流のようなものが走り抜けた。すべての意識が覚醒して、快眠の余韻なんて吹き飛んで、むしろ最悪の気分に急転直下してしまった。


「あぁ。そうだ。今日は大みそかのちょうど一週間前。クリスマス・イブだ。」


勝手に出てきた一人ごとを言い終えたあと、私はため息をついた。



===========



蝉は地上で一週間しか生きられないというが、その間に生殖行為もしているのだろうか。一週間のうちにパートナーを見つけ、行為に励み、我が子孫を残さんと奔放しているのだろうか。

だとしたら私は少なくともその点においては蝉に負けているということだ。クリスマスまであと一日。これが一週間だったとして私は生殖行為にたどり着くことが出来ただろうか。否、おそらく風俗で本名すら知らない女とオナニーの発表会をするのが関の山だ。私は蝉に完敗している。


そんなコンプレックスを孕んだ目でセミの抜け殻を睨み続けた。セミの抜け殻エアコンから出る風にふわふわと揺られるだけでなんとも言わなかったが、私はそれがたまらなく無様に感じて、彼を握りつぶしてやろうという欲求を抑えることが出来た。


さて、この蝉の抜け殻は一体なんなのだろうか。大みそかの一週間前に道端に落ちているようなものではないと思うのだが。

そんな疑問に答えてくれるはずもなかったが、私は彼を人差し指でつついて回答を急かした。さっきまでは愉快でたまらなかった抜け殻の動きが、上がってきた室温と向かってくる温風に伴って鬱陶しくなってきたころに私はエアコンのスイッチを切った。それまでの約一分、やはり彼が口を割ることはなかった。


次に私は自分なりに考えてみることにした。なぜ彼がここにいたのかということを。冬に蝉が土から出てきて脱皮したのだろうか、と一度考えたがそれはありえない話だ。蝉は夏に現れるものだろう。冬に脱皮するという話は聞いたことがないし、なにより周りから蝉の鳴き声が聞こえない。これが冬の蝉による脱皮だったらその泣き声がここら一帯に響いているはずだ。


そこで私はこう考えた。彼ははタイムスリップしてきたものだと。夏に生まれ落ちた彼はこの冬のアパートに転送されてきたのだと。

この理論ならば、ここら一帯にセミの鳴き声が響いていなくても矛盾しない。蝉が夏に現れるという前提条件もクリアする。なにもおかしなところはない。


そしてタイムスリップと言ったらタイムマシーンがつきものだ。しかしタイムマシーンの存在が私に利益をもたらすのだろうか。タイムマシーンを私が手に入れたとしてやりたいこと、行きたい未来、変えたい過去があるのだろうか。

そう考えていたら自然と私の頭からある記憶が掘り起こされ、ビデオフィルムが再生されるみたいに頭の中でそれが流れた。



==============



あれは多分小学生のころだった。私は近所に住んでいた仲のいい恵美ちゃんのクリスマスパーティに呼ばれていた。

今思えば私は恵美ちゃんのことが好きで、気を引きたかったんだと思う。皆が目の前のケーキに注目していてざわついている中、私は立ち上がり叫んだ。


「恵美ちゃん」


恵美ちゃんがこっちを向いた。その時に頭の両端に着いたツインテールも少し揺れてとっても可愛らしかったのが鮮明に記憶に残っている。そしてそのあと皆の視線がこちらに集まったことも、それはもう鮮明に残っている。

恥ずかしくて頭が真っ白になって、だけどそんな中私は勇気を振り絞って言った。


「こ、これ。クリスマスプレゼント。恵美ちゃんのために、用意したんだ」


震える声でそう言い終えて私はラッピングされたプレゼントを恵美ちゃんに素早く手渡した。

恵美ちゃんは大きな目を細め、にこやかにそれを受け取るとラッピングを取ってそれを開封した。

そして中身を見た恵美ちゃんは黙ってしまったんだ。それを私は感動して黙っているのかと思って、それがとにかくうれしく感じた私はプレゼントの説明を一言だけした。


「夏から集めたんだ。蝉の抜け殻。」


恵美ちゃんはそれに対して一言。これもまた一言だけで私に返答した。


「キモい。」


その時の恵美ちゃんの顔はとてつもなく怖かった。それまでの期待のこもった感情が目から一切なくなっていて、失望とか、軽蔑とか、そういう視線だけが残っていた。それがたまらなく悔しくて私はその部屋から逃げてしまった。それ以降私と恵美ちゃんが話すことはなかった。



==============



出来ることならば私はこの過去を変えたい。


「なぁ。お前が本当にタイムスリップしてきたというのならこの俺にタイムマシーンを貸してくれないか?」


やはり彼は何も答えず、生意気にも体を動かしもせず、だんまり決め込むのみだ。

いや、わかっていたのかもしれない。本当はタイムマシンなんてないことを。そんなのはただの妄想でしかないってことにとっくに私は気づいていたのかもしれない。


そして私はこうも思った。この抜け殻は私だ。夏に取り残された抜け殻。小学生のころとと同じように抜け殻で一喜一憂する私。まるで私たちは二人ともタイムマシーンで現在に運ばれてきたときのように成長していない。変わっていない。時代に取り残されているんだ。


そう考えると自分がとても情けなく思えて涙が出てきた。私はこれからもこのままかもしれない。それを自覚する度に思い起こすのだろう。実在はしていないが、実在しているようにしか思えない。私たちを運んできたタイムマシーンの存在を。

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