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 アンジェの元に、王子様は来ない。アンジェを愛して、この国を一緒におさめてくれる王子様なんて、来るわけがない。眠った唇に口付けをしてくれる愛しい人なんて、あらわれたりしない。

 アンジェは国のために、好きでもない隣国の王子と結婚しなければならない。この両の肩には重すぎる、民の命をあずかっていかなければならない。

 幼いころ夢見ていた自分と、今の自分はとても違う。

「眠りたくなんてないわ! 魔法なんて解けなければいいのよ!」

 アンジェは、声をあげて泣いた。

 現実を見なければいけないのはわかっていた。国を救わなければならないのもわかっていた。けれどどうしても、夢を捨てられなかった。

 眠り姫に憧れて。憧れてあこがれて。いざ国が眠りに落ちても、アンジェだけは眠れなかった。眠り姫になれるなら、自分が真っ先に眠れたはずなのに、目が冴えて眠気などまったく感じなかった。

「誰も、わたしの声なんて聞いてくれないもの!」

 国に、自分のほかに姫がいるわけでもなく。王子様が迎えに来てくれるわけでもなく。目覚めの口付けをしてくれる人は決して現れず。

 途方にくれてすごした一年はとても長かった。

 ひとりですごすのはとてもさびしい。

 けれど、国が元に戻るのはとてもこわい。

「……泣いていいよ、アンジェ」

 背を向けて泣きじゃくるアンジェを、ロイがそっと、抱き寄せた。

「今までそうやって、誰にも言えずにためこんでたんだよな。だから、泣いていいよ」

 泣き顔を見られたくないアンジェをわかって、ロイは背中からそっと、包み込むように腕をまわしてくれる。その広い胸があたたかくて、アンジェはまた、涙がこぼれた。

「そっかそっか。だからアンジェは、国に魔法をかけちゃったんだな」

「……かけるつもりなんてなかったもの」

「わかってる。ひとりで悩んで、考えて、押しつぶされそうになって。自分を守ろうとしたアンジェの心の奥底が、本能的に魔法をかけちゃったんだよな」

 わがままを言う子供をあやすように、ロイが甘い口調で語りかけてくる。それがまた、乾ききっていたアンジェの心に染み渡り、涙をあふれさせた。

「俺はしがない魔術師だからたいそうなことは言えないけど、国民の命を背負うってことは、やっぱりすごく、精神的に重くなるんだと思うよ。アンジェの年で、もうそういうことを考えないといけなくなったなら、どこかで反発する心があって当然なんだ」

「でも、わたしは……」

 アンジェは、逃げたのだ。姫の責任が怖くなって、逃げてしまった。国の時をとめてまで、自分の前につきつけられた現実から逃げようとしていた。

 国を出て、民を救う方法を探そうともしなかった。ただ、自分の殻にこもっていた。

「わたしに、国なんて無理だよ……」

 もう、なににたいして泣いているのかもよくわからなくなっていた。一人でいるときもよく泣いていたはずなのに、ロイに抱かれて泣くのはそれとは全然違っていた。流した涙でぽっかりとあいた心はいつも虚ろだったはずなのに、今は彼の優しさが、甘いミルクのように身体の中に染みわたってゆく。

「大丈夫だよ、アンジェ。アンジェはきっと、ひとりで抱え込みすぎてるんだよ」

 ロイの声がとても心地よい。

「この眠り病の一件で、他の国もまた違う動きを見せ始めたんだよ。このすきに領土を奪おうって動くんじゃなくて、眠り続けるみんなの心配をしてるんだ。優秀な魔術師を集めてなんとか国に踏み込めないかって、隣の国がすごく心配してるよ」

 その穏やかな声色に、あふれる涙もすこしずつおちついてくる。けれどアンジェはロイの腕が心地よくて、すすり泣きをいつまでも続け、あたたかさに身をゆだねていた。

「アンジェは今、大人になろうとしてるんだ。このままずっと夢見ていたいけど、現実もあるって、わかってるんだよ」

「でもわたし、逃げてるもの……」

「悩んで、悩んで、魔法をかけるぐらい思いつめていたってことは、それだけアンジェが真剣に考えていたっていうことだよ。ただ単に逃げようとしていたら、自分に魔法なんてかけたりしない」

 だから、だいじょうぶ。泣き腫らしたまぶたを開くと、ロイの唇が微笑みながら動いていた。ようやく顔をあげたアンジェに彼はほっと息をつき、抱きしめていた身体を離した。

 涙でまぶたが赤くなり、瞳もとろんと熱っぽくなっている。くすんくすんと子供のように甘えるアンジェの頬を、ロイがそっと手のひらで撫でた。


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