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「いいか、アンジェ。国にかけられた魔法を解くことは俺にもできるけど、かけた本人が解くのが一番安全なんだ。だからこの国の魔法を解くのは、アンジェ自身なんだよ。わかるだろ?」
「でも……」
アンジェがかけたんだと言われても、本人にまったく自覚がないんだから解き方もわからない。解くことができると自分で言ってるんだから、ロイが解いてくれればいいものを。
「俺が魔法を解いても、国中のみんなが助かるかはわからないんだ」
すべての民が助かるとはかぎらない。魔法が解けないままの人もいれば、命を落としてしまう人だってでてしまうかもしれない。
自分がかけてしまった魔法のせいで、民にたくさんの死者が出てしまったら。今までアンジェたちに豊かな生活を与えてくれたのは、他でもない国民のおかげだった。自分たちはそれに報いるべく、豊かな国をつくっていかなければならないのに。
自分の手で、それをうばってしまうわけにはいかない。
「でも、わたし、解き方なんてわからないもの。魔法を使った覚えなんてないし、解けって言われても、全然、わからないし……」
「大丈夫。この魔法はきっと、アンジェが眠れば解けるはずだから」
さきほどの鋭い表情を消して、ロイがふいに明るい笑顔を見せた。
「国の時間をとめるために国のみんなを眠らせた。そして自分は眠れなくなってしまった。みんなが眠っている間にアンジェが眠れないのなら、アンジェが眠ってしまえばみんなは起きてくれるはずだ」
「……そんなことでいいの?」
魔法といったら、なにか呪文を唱えることを想像してしまう。ただ自分が眠ることで魔法が解けるだなんて、嘘にしか聞こえない。
「魔法っていうのはさ、そんなにたいそうなことじゃないんだよ。魔力の高い赤ん坊なんて、お腹がすいたなと思ったら目の前にミルクが出てくるし。怪我をして痛いと思ったらすぐに自分で治しちゃうし。そういう本能的なもののほうが強くて、呪文なんて本当はあまり必要ないんだ」
だからさ、ほら。ロイがベッドを叩いて目配せする。アンジェがためらって腰掛けたままでいると、彼は苦笑して、肩に毛布をかけてくれた。
「子守唄でもうたう?」
「……ううん、いい」
突然眠れと言われても、今まで眠れなかったのだから簡単に眠れるわけがない。毛布の前をかきあわせて、アンジェはうつむいた。
「……眠れば、魔法が解けるのね?」
「そう」
「みんなが起きたら、また国の時間が動き出すのよね?」
「そう」
「…………」
「……アンジェ?」
顔を覗き込もうとするロイから、アンジェは離れた。
「どうした?」
なおも様子をうかがってくるロイが、肩をつかもうと手を伸ばしてくる。アンジェはそれを避けて、ベッドの上に倒れこんだ。
「アンジェ……?」
どんなに逃げても、ロイはアンジェを気にして近づいてくる。覆いかぶさるようにのぞきこまれて、ようやく彼を見るとその瞳がとても近くにあった。
「……こわいの」
「こわい?」
「国が元に戻るのが、こわいのよ」
言うと、涙があふれてくる。それを見られたくなくて、アンジェは布団に顔をうずめた。
「ひとりは寂しいわ。ずっとひとりでいるなんて嫌よ。でも、それ以上に、あの生活に戻るがこわいのよ……」
声が布団の中でくぐもって、あふれる涙が吸い取られてゆく。毛布を強く握りしめ、アンジェは漏れそうになる嗚咽をこらえた。
「わたし以外に世継ぎがいないってことは、いずれこの国をわたしがおさめるようになるってことだもの。それが嫌で、わたし、ずっと、眠り姫になりたいと思ってた……」
幼いころ読んだ、童話の眠り姫。魔女に呪いをかけられたお姫様は、十五の誕生日に糸巻きのつむに指をさし、深い眠りについてしまう。城中の人々もともに眠りにつき、百年の年月を、呪いを解いてくれる王子様が来るのを待ち続ける。
そんな童話に幼いころから憧れていた。
アンジェは生まれたとき、誰にも呪いをかけられなかった。十五の誕生日に糸巻きのつむに指をさしてみても、血が流れるだけで眠気など襲ってこなかった。