恋ばな
はあっ、Σ( ̄o ̄)!
私は突然の問いに混乱し、叫んだ。
「えっ、違います。」
私の台詞にゴロウはニヤニヤしながら私を見る。
「山田さん、ガニメデさんに惚れたんでしょ…」
惚れるって…(-_-;)
中年既婚者の私は、なんと返したものか呆れた。
が、ガニメデの方は、とても動揺していた。
いや、酔っていたからそう見えただけかもしれないが、物凄い勢いでそれを否定する。
「ち、違いますよ。私は…好きな人は別にいますから。」
「別に、って、結婚は…されてないのですか?」
物凄い勢いで恋情を全否定された私は、つい、勢いで聞いてしまう。
が、言ってしまってから慌てて訂正した。
中年にはデリケートな問題なのだ。
ガニメデは、少し間を置いて、それから、諦めたように目を閉じて肩をすくめた。
「はい、してません。なんだか、縁がなくて。」
その、少し疲れたような姿に胸が痛んだ。
多分、50代を過ぎているだろう、こざっぱりした中年男が結ばれなかった理由…それは切ない大恋愛に違いなかった。
それとも…昭和の解説者のように、映画など、人外に人生を捧げたのだろうか。
「じゃ、俺と一緒だね。」
なんとなく、行き詰まる空気をゴロウは屈託なく破った。
ゴロウの言葉に、ガニメデの声に明るさがもどる。
「そうですか…×1ですか?」
ガニメデの台詞にゴロウはずり落ちたズボンをたくしあげながら答える。
「えへへ、一度もない。」
えへへって…と、心で突っ込みを入れながら、内心、私はホッとした。
「私も、です。」
ガニメデが照れながら言うのを見ながら、なんだか、甘酸っぱい雰囲気に混乱する私。
「でも、コイツのは女が面倒くさいって言う理由ですよ。」
息苦しい気持ちから、つい、乱暴にゴロウの話をする。
ゴロウは、口を尖らせた。
「だって、面倒でしょ?」
ゴロウの台詞に困り顔でガニメデが同意する。
「そうですね。」
「えー、でも、ゴロウは、本当に女っ気無いんですよ。で、本当に面倒くさがりなんですよ。もう、自分のフリードリンクすら取りに行かないんだからっ。」
私はガニメデに同意を求めるように視線を投げる。
「そうですね。まあ、でも、それもゴロウさんの魅力の1つかもしれませんが。」
ガニメデは、どちらに味方するでもなく、曖昧な答えではぐらかす。
「全く、女が面倒くさいなら、男はどうなのよ?」
私ははぐらかされた勢いをゴロウに向ける。
「いやだよ…俺、男は。」
ゴロウは即答し、ガニメデは黙ってゴロウにビールを注ぐ。
なんとなく、変なからかい方をしなきゃ良かったと私が反省していると、ビールの泡を見つめながらゴロウが話始める。
「でも、告白されたことはあるよ。友達に自分は太めの男が好きだって…。」
えっ…太めの男って、あんたの事じゃないのっ?
私は聞き耳をたてる。
「で、なんて答えたのですか?」
ガニメデが世間話のように軽く質問をする。
皆、お互いに酔っていて奇妙な雰囲気に沈みながら相手が話すのを待っていた。
「あれは…専門学校に入った始めの夏休み、二人でキャンプに行ったんだ。
親父の車を借りて。
凄くいい奴で、面倒見が良かったよ。料理とか、みんなやってくれて。」
と、ここで、俺は1人で運転したんだと強調する。
「本当に…あんたは…そうやって甘やかされるから、何にもできなくなるのよっ。」
私の小言にゴロウは、渋い顔をする。
「いいじゃないか。やってくれたんだから。」
「それで、それからどうしました?」
ゴロウの反論を止めるようにガニメデが割り込んでくる。
ゴロウは、その勢いに少しシラフに戻った顔をした。
「え?え!別に、別に、何もないよ。
山のキャンプ場でテントを張って寝袋に入るときに言われたんだ。
だから、キッパリと言ったよ、『俺は女の方がすきです。』って。」
ゴロウは、そう自慢した。
「あんた、さっき、女は面倒くさいって言ったじゃない。」
私は恋バナに酔っぱらいながら、からかうようにゴロウに言った。
「面倒くさいけど、女の方に興味があるんだよ。」
ゴロウは、ひと切れ残っていたサイコロステーキを口にして、それから、上目使いに私を見て、諭すようにこう言った。
「俺だって、男なんだから。」
それを聞いて、私は笑い転げた。
ボーイズラブでも、ガールズラブでも、ゴロウは男には違いない。
なんの説得にもなってない言葉が、なんだかツボにはまったのだ。
「それで…その相手の人とは、どうなりました?」
笑う私のそばで、ガニメデがゴロウに必死に続きを催促していた。
ゴロウは、面倒くさそうに赤い顔で首をふりながら、眠そうな顔でこう言った。
「わかんないよ。あの後、東京に引っ越したから。」
ゴロウはそれだけ答えて、椅子にもたれて寝てしまった。
時計を見ると、12時を過ぎていた。
軽い睡魔と酔いに意識がもうろうとする中で、
ガニメデがゴロウにブランケットをかけるところを見た。
ガニメデの顔が、愛しい人をみる俳優のように輝いて見えた。
「東京ではなく、千葉ですよ。」
消えかけの意識でガニメデがそう語りかけるのを聞いた。
ガニメデ…木星の衛星じゃなくて…ギリシア神話の少年か…
ボンヤリとそんなことを考えたところで記憶が消えた。
コーヒーの香りに驚いて目を覚ますと、スマホには旦那のメールがホラー並みにならんでいた。
既に1時を過ぎている。
私は急かされるまま、タクシーにのり、ホテルへと戻る。
熟睡したゴロウは、起きないし、体が大きくて持てなかった為にガニメデが預かってくれることになった。
車が走り、信号で止まった時、ふと、ギリシア神話を思い出す。
木星の衛星は、名前の由来のギリシアの神ゼウスの愛人からつけられる。
ガニメデは男であるが、ゼウスとは恋愛関係があったと言われている。
もし、ゴロウに告白した相手が彼だとしたら…
ガニメデの最後の言葉が耳に戻る。
「心配しないでください。男同士ですから。」
前の車のブレーキランプの赤い光が、私の心を騒がせた。