飲んでやる
車で15分走ったところで目的地に着いた。
それは小さな喫茶店という雰囲気だった。
窓ガラスからオレンジ色の暖かい光が漏れるが、貸し切りの看板で鍵がかかっている。
「すいません。いま、開けますね。」
えっ…( ̄▽ ̄;)
嫌な予感がする。
ガニメデが鍵を開けるって事は…中に人が居ないに違いない。
私の予感は的中した。
中には誰もいなかった。
ゴロウと私。二人の作家と1人のファン…
私とガニメデの間に気まずい雰囲気が流れる。
「すいません。二日前にキャンセルが入ってしまいまして。」
ガニメデの申し訳なさそうな顔に赤面する。
「(///∇///)いえ…いえ、いえっ、こちらこそすいません。人気なくて…」
自作のポイントや評価が失恋ソングと共に脳裏を流れる。
私はランキングに載ることもない地味なWeb作家…いや、小説好きの素人なのだ。
半年くらい前から、熱心にコメントをくれたガニメデさんの『オフラインミーティングしませんか?』の呼び掛けに調子にのってしまった。
先生とか持ち上げられ、会場の話とかされて、つい、いい気になって来てしまったが、辞退した方が良かったかもしれない。
我々の作品の話を聞きたい人なんて、いると思うのは傲慢だったのだ。
私が赤面しながら立ち尽くす中、ゴロウは大きな体を揺らしてヒョコヒョコとテーブル席に向かうとどっかりと座った。
「喉が乾いたな。」
ゴロウは、我々の空気など気にする事もなくぼやく。
居たたまれなかったガニメデは、その一言に嬉しそうに顔をあげた。
「はい。生ビールですね。」
ガニメデは、常連客の注文を受けるように楽しそうにビールをとりに行く。
「山田さんは座らないの?」
ゴロウが私を見る。
( ̄▽ ̄;)…
人の本名バラしやがった…
私はモヤッとしたが、どうせ山田だからいいかな、と、日本でよくある名字の自分を説得する。
「うん…。」
私は割りきれない気持ちを胸に座る。
とは言え、オフラインで参加ファン1人。
この現状で個人情報がどうこう言うのも大人げない気がした。
なにしろ、ガニメデさんは自分の店に招待してくれたのだ。こちらだけ、謎の人物というわけにもいかないだろう。
そんな間抜けなことを考えていると、ガニメデはジョッキを手にやって来た。
「おおっ。」
ゴロウが恵比寿顔になる。
それを見て、ガニメデの顔にも笑顔が浮かぶ。
「アキコさんも生でよかったですか?」
「私は…出来れば炭酸で…。」
「そう言えば、沢山は飲めないのでしたね?すいません。メッセージ欄も愛読していたのですが。」
( 〃ー〃)や、やだなぁ
私は、Webサイトの作者のボヤきコメントまで読まれていた事に困惑した。
いや、読まれるのは嬉しいが、面と向かって言われると恥ずかしい。
「なんか…すいません。」
「いえ。すぐお持ちしますね。」
ガニメデの言葉に、ゴロウが私に笑いかける。
「じゃ、俺がそれを飲んでやるよ。」
ゴロウは電光石火の早業で私のジョッキを奪い、複雑な気持ちになる私の横でガニメデは優しい笑顔でゴロウを見ていた。
恋人でも見てるみたいだな…
ふと、そんな言葉が浮かんだ。