万聖節にキョンシーは跳ねる
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
私こと蒲生希望が在籍する堺県立大学では、留学生と一般学生との親睦を諮るための国際交流イベントが定期的に開催されているんだ。
この国際交流イベントは季節ごとに趣向が凝らされているんだけど、今回は十月開催という事もあってハロウィン仕様になっていたんだよね。
ゼミ友に誘われて教室を覗いてみたんだけど、そりゃもう凄い事になっていたよ。
ドラキュラ伯爵にフランケンシュタインの怪物、それに魔女や悪魔といった西洋妖怪が、飾り付けられた教室の中をウロウロしていたんだから。
留学生の子達は勿論、外国語講師の皆様方も張り切っているよね。
それにしても、流石は金髪碧眼の西欧人。
西洋妖怪の扮装が、本当に板に付いているなぁ…
同じドラキュラや魔女のコスプレでも、日本人やタイ人みたいなアジア系の人達がやると、「コスチュームに着られています!」って感じが丸出しだもん。
「やっぱり本場の人達には敵わないなぁ…美竜さん、浮いてないかな?」
西欧人留学生や語学講師達のハイクオリティな扮装に圧倒された私の脳裏にふと過ぎったのは、この 国際交流イベントに招待してくれたゼミ友の事だったの。
何しろゼミ友の王美竜さんは、台湾からの留学生。
要するに私と同じアジア人だから、西洋妖怪やアニメキャラの扮装をしても、何処かミスマッチな感じが出ちゃうんじゃないかな。
だけど、それは私の杞憂だったの。
私を招待してくれたゼミ友は、アジアンテイストを全開にしながらも見事なまでにハロウィンに馴染んでいたんだ。
「あっ!来てくれたんだね、蒲生さん!待ってたよ!」
何とゼミ友の王美竜さんは、キョンシーの扮装をしていたんだよ。
黒装束に身を包んだゼミ友は、細面のエキゾチックな美貌に白塗りメイクを施し、額には道教の黄色い霊符、頭には黒と赤の暖帽まで頂いていたんだ。
「こりゃまた凄い格好だね、美竜さん。キョンシーになっちゃったの?」
「魔女やバンシーのコスプレをしたって、アメリカやイギリスの留学生の子達には敵わないからね。キョンシーなら、私のポテンシャルをフルに活かせると思ったんだ。」
確かに台湾人の美竜さんなら、中国妖怪のキョンシーとの相性も良さそうだね。
素材の持ち味を活かすというのも、大切な事だよ。
「それにさ、このキョンシーの衣装って割と安上がりなんだよ。暖帽と霊符はネット通販だけど、服に関しては有り物だからね。夏休みに実家へ里帰りにした時に、高校時代に使っていた表演服を引っ張り出してきたんだ。私、カンフーは雑誌の通信教育だったけど、太極拳は公園で実際にやっていたんだよ。」
「えっ、これって太極拳の服だったの?」
棒ボタン式の黒い長袖服だからキョンシーっぽく見えていたけど、太極拳の服をそのまま転用していたとはね。
流用なのに安っぽく見えないのは、表演服の素材がキチンとしているのと、美竜さんのオリエンタルな美貌がキョンシーに合っているからなんだろうな。
「それにね、蒲生さん。キョンシーって結構、ハロウィン定番のゾンビコスと相性がいいんだよ。『チャイニーズ・ゾンビ』って説明したら、すぐに理解して貰えたんだ!」
そうしてキョンシー姿の美竜さんが駆け寄ったのは、ゾンビの扮装をしたアメリカ人留学生の集団だったの。
「ホラね!ゾンビもキョンシーも同じリビングデッドだから、割としっくり来るでしょ?」
そうしてゾンビ集団のセンターに収まり、全員で一斉に手を突き出してポーズを決めたんだ。
この記念写真、後で美竜さんのスマホに送ってあげなくちゃ。
「おっ!良いじゃない、美竜さん!そうしてセンターに立っていると、ゾンビ軍団のリーダーに見えるよ。」
アメリカ人留学生のゾンビ達は手をダランとして脱力しているのに、キョンシー姿の美竜さんは両手をピシッと突き出しているので、ポーズに力が入っていた。
それにゾンビ達の衣装は血飛沫を散らせた普通のワイシャツだけど、美竜さんのキョンシーは黒い表演服だから、妙な貫禄があるんだよね。
同じ死体妖怪でも、ゾンビは人海戦術で押してくる雑魚キャラって感じなのに、キョンシーは怪力やカンフーを武器に襲ってくる強敵ってイメージがあるから、不思議な物だよ。
「えっ、ゾンビのリーダー?それは良いね!」
ところが私の軽口を聞いた美竜さんったら、これまた妙な具合に目を輝かせちゃったんだよ。
羽目を外さなきゃ良いんだけどなぁ。
「冥府より蘇りし我が下僕達よ、我に供物を捧げるがよい!そうだなぁ…取り敢えず、オードブルを適当に見繕ってね!」
と思ったら、案の定だよ。
すっかりゾンビ集団のリーダー気取りで、小柄で童顔なゾンビを使い走りに仕立てようとするんだからさ。
だけど、そうは問屋が下ろさなかったね。
「ノンノン!それはやり過ぎですヨ、ミス王。」
「えっ…もしかして、ランシング先生?」
どうやら美竜さんが呼び掛けたのは学生じゃなくて、英会話系の講義を担当されているアメリカ人講師だったみたいだね。
「うわうわ…やっちゃった…」
美竜さんったら驚愕のあまりに、完全に凍り付いちゃっているじゃない。
この硬直具合は、さっきのキョンシーのポーズ以上だよ。
「親しき仲にも礼儀あり。日本には良い諺がありますネ。これに懲りたら、以後気をつける事デス。」
「は、はい…すみません、ランシング先生…」
キョンシーの扮装をした台湾人留学生が、ゾンビ姿のアメリカ人講師に日本の諺でお説教されちゃっている。
何ともチグハグな組み合わせだよ。
とはいえ考えようによっては、これも国際交流の一つの在り方なのかもね。