検非違使、山姥を追う-7
連子子から外をのぞく。
ざっと四〇人、武器有り。
「非違の!」
外の女人たちが、声を張った。
「武者……だと……!?」
大葉介は異様さに驚いていた。
甲冑を着込んだ武者……!
どこの郎党かと言うもの。
「あっ! 大葉介の頭に刺刀を当てた乙女!」
と、大葉介は山賊の中に、野犬に噛まれたと嘘を語って騙した乙女が、身の丈と同じだけの弓を持っているのを見た。
「追い剥ぎをした、鶴山の民だ」
と、牛塵介は、まるで鴉が黒いのを黒いと言うように断じていた。
「具足も揃え、武家の者じゃないか?」
と、大葉介は信じられないという目だ。
楯を持つ女人が楯を刀で叩いていた。
威圧的な音色と足踏みが脅してきた。
覗く牛塵介が狙われている。
弓をつがえたのが見ている。
弓の、弦が引かれている。
大きくしなる力が、矢へ。
「──下がれ!」
カシュ……と、乾いた音だ。
ヒュッ──短い悲鳴の、風切り。
鋼鏃の矢は射抜こうと飛翔した。
窓の隙間を抜いた鏃は──壁に刺さる。
「運が良い。外れたぞ」
外した矢が、ビリビリと鳴いた。
「んなっ」
と、大葉介が漏らす。
きっと偶然で躱せた。
外からは殺しの声が囲い続けた。
大葉介は直視できず隠れる場所。
あるいは、逃げる道を探した。
床を歩くときは音をたてない。
「どうする、どうする、どうする」
何も、見つかる筈がないのだ。
「焦るな。今日は死ぬ日じゃない」
一方では牛塵介が物色していた。
「あった、あった」
「何をしている?」
「少し探しものだ」
牛塵介が漁っていた。
太刀と金砕棒だ。
太刀は大葉介の!
「海石榴の金砕棒」
ぬらりと現れた長大な蛇。
金砕棒──剛腕力自慢の得物。
鉄板が鋲で打ち込まれた蛮具。
ほのかに海石榴の香りがする。
牛塵介は、小枝のように振るう。
金砕棒は風を裂き唸りをあげた。
「他の金子やカンザシは、すまん」
牛塵介は深編笠で頭を、隠す。
「か、顔を知られてないかもだしな」
大葉介も市女笠を被った。
虫の垂衣が大葉介を覆う。
そして──。
戸の外、まるで戦の場へ歩く。
戸を開いた直後から矢が飛ぶ。
外しようのない、胸を狙っていた。
肉を断ち、骨を砕く鏃は止められた。
牛塵介は空中で飛来する矢を止めた。
矢竹が海石榴の金砕棒で折れ、鏃が潰れる。
「用心棒が出てきたかと思えば……」
山賊女の頭が、鞘からほとばしらせる。
騎馬武者の大太刀、鮮やかな波紋光る。
山賊女頭は大太刀の重みに振り回されない。
むしろ完全に制して、小枝のように振るう。
怪力という意味では、牛塵介と変わらない。
「矢を止める芸ができるらしいが」
大太刀を構えた。
大袖を前に出す。
左足を前に斜め。
兜と鎧、大袖だ。
矢も、通らない。
「武者相手に具足も無い──死ね」
山賊女頭は、兜の隙からはかる。
牛塵介を見逃さない鷹のような目だ。
鋭く、見据えていた。
草鞋が土を踏む音さえ響く。
いつのまにか喧騒は消えた。
「はっ……はっ……」
と、大葉介は息を乱す。
死が耳元で囁き、その指で首筋をなぞった。
山賊女頭は近づいていた。
「狙いは牛塵介だ。そう気張るな?」
と、牛塵介は大葉介の頭を回す。
市女笠ごと雅さの欠片も無くだ。
牛塵介が、大葉介の前へ出た。
大葉介が顔をあげて進み出た。
牛塵介と山賊女頭の間に立つ。
「大葉介が始めた喧嘩の始末は!」
手に、抜かれた太刀がしかと握られていた。
「大葉介がつけるのが道理、助太刀無用!」
「人助けなど益はないだろう、優男の君」
と、山賊女頭がため息をこぼした。
かすかに、具足の大袖が、揺れた。
「厄介ごとが死ぬ瞬間を見ていろ!!」
牛塵介は、袖を抜いた。
上半身をあらわに脱ぐ。
白いわだちのような古傷の数々が走る肌だ。
青筋が浮かび上がるが、駆け出しはしない。
熱を帯びた肉が。
あるいは凶暴な獣が。
皮の中へ封じこめられたままだ。
山賊女頭の履く獣の毛で覆われた靴。
じりりと、土を押し退けにじり進む。
鳥が、鳴いていた。
山賊女頭が踏み込む。
否……飛んでみせた。