夜明け迎える者共よ-1
「牛塵介様は、奥に行かれた」
と、僧兵は手当てを受けながら言った。
大葉介は鶴山の町へさらに踏み込んだ。
検非違使だった樹介や介佑郎はいない
一人だけで僧兵・婆娑羅に追いついた。
今は、追い越していた。
「虚舟の中身をあらためると言っていた。半刻過ぎて、牛塵介様が戻らなければ、我らも」
大葉介は、牛塵介の後を追う。
虚舟と呼ばれる、鶴山の町の地下へ。
「牛塵介様は、いったい何をお考えなのだ」
無謀すぎる、と抜き身の太刀は肩にあった。
家を押し潰して一丈弓鎧が倒れていた。
アゲハの幼虫の頭が割れた。
円形の口には細かな歯が何百の列。
肉々しい桃色のそれは、大葉介を喰おうと肉塊状の体から足を揺すって──来る!
大葉介は身構えた。
アゲハの幼虫が弾けた。
大葉介はおびただしい体液をあびた。
「腐れ常世神め」
金砕棒を引きずる……男の声だ。
「牛塵介!」
「……大葉介様。なんてとこまで踏み込んでいるのですか。お戻りを。検非違使の二人までいないではないですか」
「これは、なんだ?」
「常世神て偽神です。肥太ったアゲハの幼虫てだけなんですが、妖怪に零落したのか昇華したのやらな生き物です」
しかし、と、牛塵介は続けた。
「よく、牛塵介を見つけましたね」
大葉介は、太刀に差した小柄を見せた。
「なるほど」
と、牛塵介は金砕棒を見せた。
金砕棒の柄には、大葉介の小柄と同じものが差し込まれていたのだ。
「何か──そう訊いたな」
と、牛塵介は“それ”へ触れた。
金属のようだが肉のような形。
どこもひと繋ぎであるかの錯覚してしまう、ゆるい曲がりは、人の手で作られたと言うよりは、なんらかの生き物が石にされ、その中にいるようだ。
「虚舟。高天原から送られてきた尖兵の神々が乗る物と言ったところか。人よ今一度……否、新しいヒトは既に選定されているのか」
「待て、なんの話だ」
と、大葉介は困惑を隠せなかった。
「……鎧を拾っとけ。中の人は死んでる」
牛塵介が建物を押し潰して倒れている一丈弓大鎧の中から、演者を引き出した。
「すまないな。貴様の鎧を貰うぞ」
牛塵介が手招きして、大葉介を乗せた。
「牛塵介!」
大葉介は悲鳴した。
一丈弓大鎧の背が蝉の幼虫のように割れて、太い肉の組織が詰まっている部位へ、入るよう促していた。
「手足や頭に細い糸が繋がる。目も直ぐに慣れる。自分の手足と同じと思えば、鎧は動く」
大葉介を入れて鎧が閉じた。
「何も見えない、動けない!」
「落ち着け。深呼吸しろ。大丈夫だ。いざとなったら、この牛塵介がすぐにでも出してやる。落ち着け。まずは呼吸を整えろ。大葉介、お前ならできる」
一丈弓大鎧が痙攣した。
握ったままの巨大な太刀が閃いた。
盲のままの一閃が、蔵を斬り飛ばした。
「一丈弓大鎧の絡繰の大半は、妖怪と同じ肉だ。そして鎧は、着ている人間以上にはなりえない。今、大葉介は、鎧に耐えられる『人間』になっているのだ。自分の感覚を信じろ。目をゆっくり開けてみろ」
牛塵介は、鎧の、大葉介の指を握る。
「どうだ?」
「……こんなの大したことない」
牛塵介は掌を開閉して感覚を確かめた。
「変な感じ」
と、大葉介は言った。




