狐の想い他人、鬼の詰め指-9
山姥──山姫──。
刀槍矢弾を生やしなお立つ。
妖怪と、人間の間で立った。
妖怪と人間と、戦い続けた。
悲鳴もあげず。
苦痛にうめかず。
大葉介は目を逸らした。
「見捨てるのか?」
と、誰かが言った。
大葉介は見た。
紅雀が苛立っていた。
今にも駆け出そうとだ。
歩き巫女の葛葉は見守っていた。
軍団兵も紅雀共に静かに待つ。
否、見ないように瞑っていた。
大葉介は刀を抜いた。
手綱を引き、馬に立たせた。
「突入する。山姥と共に戦う!」
だが、それを介佑郎と樹介が制した。
葛葉が──見ていた。
手には、紅雀から返還された殺生石。
葛葉は殺生石を見つめる。
石に、葛葉がうつりこむことはない。
「……悪いね」
葛葉の手から殺生石が落ちた。
うっかりをよそおってだ。
殺生石は、鶴山の大地に触れた。
「墓場から起きてもらおうかな」
殺生石が地相を犯した。
不快感の波となって押し寄せた。
風というにはあまりに粘ついた。
人間だけでなく妖怪まで止めるほどの!
「なんだ?」
と、誰かの、あるいは総意だ。
──突如。
地より巨大な腕が伸びた。
根のように広がるそれは妖怪を掴む。
持ち上げ、肉骨を砕き血を搾った。
這い出てきたのは絡繰の鎧だ。
一領や二領ではなく、幾領も!
「大葉介ー!」
と、葛葉は言った。
「……舟が浮上してくる。その中にいる者を殺せ。山姥は、姫は目的を失う。もう二度と、凶行できなくなる」
大葉介は──。
山姥の体を引いていた。
「誰か手を!」
紅雀が、近づいた。
太刀を抜いていた。
「……国司だぞ」
紅雀と同じ顔の山姥へ、紅雀は言う。
「紅雀様」
と、大葉介は言う。
紅雀は太刀を配下に押しつけた。
大葉介、介佑郎と樹介では力不足なところへ、紅雀が手を貸すことで、山姥を持ち上げられた。
「この紅雀が、国司を助けるとはな!」
紅雀は躊躇いながら、言う。
「馬鹿をしたものだ。妹」
「魘魅蠱毒? それとも国司を捨てた?」
と、山姫は口を開いた。
「全部だ」
と、紅雀は足に力を入れた。
大葉介ら検非違使まで同時に引かれた。
軍団兵と紅雀党が妖怪との間の壁を作る。
妖怪はすでに、鶴山の底から湧きでたものと乱戦になっていた。ほとんどの妖怪は、退がる山姫らを追わずに、鶴山の町に残されていた。
鶴山の境界、最初の場所へ戻ってきた。
「良かった、の、だよな?」
と、樹介は太刀を鞘におさめた。
樹介は泥だらけの顔を手拭いで洗った。
二人は、討伐するべきだった山姥を見た。
「当たり前だ」
と、大葉介は迷わずに言いきった。
「大変だぞ。山姥の首は無くなったんだ。だと言うのに、この惨状だ。鶴山の町は化け物に化け物が輪を描いている。牛塵介様らは、町に寄せたが、こっちも手柄を一つか、二つ、『人助け』といこう。怪獣を助けたんだから、まあ見捨てるのも目覚めが悪い」
と、樹介は忍べず、笑いをこぼした。
「……葛葉様は、あれで良かったの?」
と、介佑郎が目を泳がせた。
「良かった」
と、葛葉は肩を軽くした。
「よくない!」
と、大葉介は、葛葉への遠慮を無くした。
「鶴山の町は現世に浮上した地獄! 後始末をするのも、つとめだ!」
葛葉は眉を嫌そうに曲げていた。
「……力を貸そう」
と、山姫が、軍団兵と紅雀党の肩を借りながら言った。
「全ての起こりは、この愚か者だしな」
と、紅雀が山姫の頭をしたたか叩いた。
「大葉介様。“のけもの”と感じるか?」
「意地悪はやめて、葛葉様」
「樹介も介佑郎も離れたねぇ」
「薄々とはわかっていました」
と、大葉介は胸に手を当てた。
「……どうするんだい?」
「さぁ? 確かめてみます」
と、大葉介は小柄に指を当てていた。
検非違使の大葉介は死んだ。
樹介と介佑郎と道を違えていた。
大葉介は、見つめていた。
是非の問題ではないのだ。
大葉介は、人知れず、離れていく。
彼女の存在を気がつく者はいない。
狐の想い他人、鬼の詰め指〈了〉
「狐の想い他人、鬼の詰め指」完結です。
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