狐の想い他人、鬼の詰め指-7
「獣憑きに構うな! 山奥に入れー!」
と、紅雀と樹介が離れていた。
「列を乱すな! 隙を見せなければ、先に果てるのはやつらの側だ! 踏ん張るんだ!」
と、書生と介佑郎が人垣の壁で妖怪を迎えた。
──忘れる。
全身隙間なく、鎧で覆われた山姥だ。
大葉介は肺から半分息を吐いた。
いつのまにか冷えこんでいた季節。
大葉介の口から白く、くゆっていた。
突火槍の轟音。
鉄と鉄が打ちあう音。
陽の光を反射する金属の光。
鍔に右手を、押し上げるよう握った。
左手を柄に添える。
右の大袖を楯に、太刀を深く構えた。
「……」
山姥の手には得物、厚重ねの包丁だ。
鯨さえ仕留めるだろう、長く、太い、鋼だ。
貫から土が落ちた。
太刀を振り上げ振り下ろす。
もっとも単純だが一才の迷いなく振るう。
走る力、重さの力、振り下ろす力。
全てが合わさった重いだけの剣線。
「目の前のことだけに集中、最初のことだけに集中、後からのものは見ないように閉じる。悪いことではないが──」
山姥が、口をきいた。
「──少し短慮で失望」
大葉介の太刀が砕けた。
振るった太刀に合わせ、厚重ねの包丁が横から無造作に合わせられ、大葉介が手首で、腕で勢いを吸収して迎えるよりも速く、太刀を折ってみせられた。
大葉介は残った太刀の刃と柄から手を離す。
大葉介の両の手首が震えていた。
激痛に耐え忍ぶが脂汗は隠せない。
食い縛る歯の間から浅い息を繰り返した。
「噛みつきにこないのか?」
と、山姥は、大葉介の足を蹴った。
鋼鉄で爪先まで覆われた一撃は、大葉介の姿勢をたやすくひっくり返して、地に沈めた。
「弱いことは罪ではない。生き残る術を知らないことが罪なのだろう。お前は、ならば、大きな罪だな。生きられないと言うことは大罪だ」
「命を奪う怪物が、善悪を沙汰する権利でもあるような口振りじゃない」
「有るか無いかなら、あるんだよ」
「強者の言い分だ。好きに奪えると!」
「奪うのは、好きでは無くなった」
「どの口が言うか。山陽道で悪逆のかぎりを繰り返す山姥の口とは、想像もできないだろう」
「何も、知らんのだな。舞台も終盤だ。あれも意地悪だな。明かそう」
と、山姥は、鉄鉢を外した。
顔を、頭を全て隠していたそれを脱いだ。
隠されていた顔が白昼に晒された。
「──紅雀」
大葉介は、山姥の正体を見た。
「違う──が、紅雀、『あの姉』と同じ顔であることは否定しない」




