検非違使、山姥を追う-6
夏雲が積まれ、秋の虫たちが飛んでいた。
「山姥は調べたのだが──」
と、大葉介は訊いた。
「──男が触れただけで孕むというが?」
「子種はどうやって渡されるのだ?」
すると牛塵介は渋い顔をした。
「よく知ってるな。大葉介様。京で?」
「うむ。山姥討伐に派遣された以上は、山姥を知り、この物の怪を討つわけなのだから、知らねばとな」
「触れられたら、快児を次々と産み出すと聞いた。何万という赤子が流れる様はまさに肉の海であり、しかもみな産まれてから乳を必要とせず、小さな歯で肉を削ぎ取る、と」
「……気持ち悪くなってきた」
「刀剣とかで傷つけるというのはおすすめしない。触れるという行為だからだ」
「ではどうやれば良い?」
牛塵介は考える素振りの直後、口にした。
「土に落とし諸共潰す、炎で焼き尽くすとか」
「大事だな。もし山姥を討伐する瞬間がくれば、山を共に焼くか、地滑りに呑まれることを祈ろう」
大葉介は唐突に言葉を投げた。
「牛塵介殿であれば、山姥も討てよう」
「斬れる」
「先程言ってたのと違う!」
「確かに、細々と切り刻んでいれば、産まれてくる赤子に呑まれる。この肌は乳歯に切り刻まれ、生きながらにして食われる」
「ならばなぜだ」
「別に赤子なんて、女陰から産まれるのですから、子が育つ胎を切り裂き、子を成せないようにしたうえで首を飛ばす」
「想像よりも外道の術だな……」
「ただ──」
と、外道が笑う。
「──死なせたくはないですよね」
大葉介は、牛塵介から目を逸らした。
牛塵介は部屋の角を見た。
猫が薄闇で目を丸くした。
「山姥退治、協力することこそ御身の為だと──あイた!?」
大葉介は額を抑えた。
牛塵介が親指で弾いた中指で打ったのだ。
連子窓の外から重々しい、歩く音が響く。
絡繰が巨大な水桶を背負い、歩いていた。
「早く山姥について吐け」
と、大葉介は会話を切らせない。
「とはいえ何から話そう」
「牛塵介は、美作国に詳しいのか」
「人並みには知ってるが、出身ではない」
「そういえば備前の某と言われていたな」
「人には言えない縁はありますね」
「で、縁からの話に山姥はいるのか」
牛塵介は「困った」顔をした。
「検非違使としては、山姥が事実、物の怪とは考えていない。悪党だか山賊が略奪を繰り返している、と、来た」
「悪党も探しているのだな」
半目、鼻伸びの牛塵介。
「目線がなんかやらしい」
大葉介は胸を隠した。
帯の緩みを確認する。
「……広がってる」
虫刺されの発疹が大きくなっていた。
「おやおや」
と、牛塵介が外に耳を立てた。
大葉介も聞き、窓の外を見た。
駅宿の外が、騒がしかった。