狐の想い他人、鬼の詰め指-2
歩き巫女が、盃に水を張った。
「酒でも呑むのかい?」
と、樹介がのぞきこんだ。
「陰気と陽気の流れを調べてんの」
置き楯の先。
刺し蟲だ。
長い口吻。
六本の足。
斑らな体色。
大葉介が妖怪の刺し蟲の口吻に弾かれて。
刺し蟲は滑るように脚を動かして迫った。
樹介は飛び乗ろうとした刺し蟲を躱した。
落ちている途中を、太刀で叩く。
刃は当たっていたが斬れるものではない。
叩き落ちた刺し蟲は、地と挟まれ潰れた。
体液が、砕けた甲から肉諸共溢れていた。
樹介は太刀を回し、剣先を突き立てた。
首と胴を切断しても蟲は死なない。
念入りに、関節を破壊してやっと止まる。
「いたた……」
と、大葉介は土を被った頭を振った。
「助かった、樹介」
「介佑郎や手傷を負った者がいるんだ。楯より後ろに入れないでくれ」
「すまん」
鶴山の町の外といえど、町からあぶれた妖怪が頻繁に押し寄せてきていた。陣の宿を敷いている楯の外は、妖怪の血が流れて川となっていた。
「……また陣を変えるか」
鶴山の町の中から、豪雷が轟いた。
「僧兵の震天雷か、火薬が破裂した音だ」
突火槍を放つ、遠雷のような音もだ。
獣の悲鳴のような声、戦の喧騒もだ。
「このままでいいのか?」
と、鎧兜を着せられた介佑郎が、楯を支えに頭を上げていた。手に太刀はなく、代わりに槍を持たされていた。
「牛塵介やら、僧兵や婆娑羅連中は町の中に入ってる。外から呑気にしていていいのか?」
「名誉にも、武功にもならないんだ」
と、紅雀が野太刀をおさめる鞘の鐺を、ぐちゃりと泥へ打ちつけた。
歩き巫女が口を手で覆い、笑みを隠した。
「紅雀様の『武功』とは?」
と、大葉介は言った。
「……国司か山姥だな」
「随分と、違うように聞こえるけど」
「いや、紅雀には『同じこと』だとも」
大葉介は眉をひそめた。
「国司は勝手に国抜けして美作を大混乱させた。でなければ、軍団兵がこの紅雀についてくるものか。そして山姥は、美作一円を大いに乱していたのは、検非違使として来たお前らも知ってのとおりだろう」
「同じ『獲物』だと」
「違うのか?」
と、紅雀は目を丸くした。
「山姥の首は諦めた」
と、大葉介は困った顔へ表情を崩した。
樹介は鋭い目だが、表情を動かさない。
「そこの樹介は違うらしい」
と、紅雀が指差した。




