狐の想い他人、鬼の詰め指-1
鶴山から町を見下ろした。
「皆で探せばいい」
と、大葉介は反論した。
「敵は残っているかもしれません。それに検非違使は、誰が介佑郎様を守るのですか。僧兵に押しつけますか?」
牛塵介は金砕棒だけでなく槍を持っていく。
「心配なのはわかります。ですが、見えないものを追いすぎるあまり、手元にあるものを、見捨てないでください」
と、牛塵介は言った。
「見捨ててなど……」
「ならば、大丈夫ですね」
大葉介は不満がある顔だ。
そうこうのうち。
鶴山の町に入っていた物見が帰ってきた。
送り出したときは八人。
帰ってきたのは、三人。
「国府は落とされてた」
と、紅雀は重く目を閉じている。
「生き残りは?」
「あっ」
と、大葉介は、『生き残り』を見て声だ。
市女笠、国府で彼女も会った書生だ。
書生は国府陥落について、鶴山の町に起きたことを話していた。
「国府の地下から魑魅魍魎どもが溢れ、美作の軍団兵らの奮戦虚しく……」
笛が鳴った。
木の上の『目』からだ。
鶴山の町から妖怪がでた。
「敵襲ー!」
血に誘われた妖怪どもだ。
小さな群れが鶴山に侵入してくる。
死体を漁りに町へやってくるのだ。
刻が過ぎるごとに、群れは大きくなった。
「何をしてる?」
と、歩き巫女はぴょこりとのぞきこんだ。
「鶴山の妖怪武者を調べてた」
「名だたる家ばかりだった」
「合戦ができる『名前』なわけだ」
と、歩き巫女はおかしそうに笑った。
「山姥はどうする?」
と、樹介だ。
「首を……その、斬るのか?」
樹介は躊躇いがちに訊いた。
酒を揺らしながら見つめる。
「樹介が始めたことだろう?」
と、大葉介は酒をあおった。
「山姥は悪だ。鶴山を襲った、妖怪と何も変わらない。討たなければ、検非違使になった理由がない、正義と言うからには、山姥を討たなければならないんだ」
「正直」
と、樹介も酒を呑んだ。
「うんざりしてる。戦を浴びてな。好きになれそうにない。樹介は、充分に殺した。妖怪をだ。山姥をそこまで追って殺したいとは、思わなくなってる」
大葉介の鋭い目が、睨んだ。
「介佑郎は、足を失うかもしれない。樹介の始めた検非違使での山姥討伐の計画でだ。それに報いることもしないのか?」
と、大葉介が介佑郎を指差した。
介佑郎は怪我の足をさすっている。
「敵は、何なんだ?」
と、大葉介は訊く。
「牛塵介様は、何をさせたかった」
とくとくと酒が注がれた。
牛塵介は丁重に受け取る。
飲み干した。
「虚舟から、新しい神が生まれたんだ」
と、牛塵介は、大葉介の器に酒を注いだ。
「貝の怪獣だ。高天原からの落とし子でな」
「牛塵介様の目的は、神殺しか」
「まあ。神ゆえ、白面の狐か、大百足の力でも借りようかと、奮闘していたわけだ」
「大百足は、書生様だな。だが、白面の狐?」
「検非違使を語る三人、殺生石、歩き巫女」
と、牛塵介は続けた。
「取り敢えず、五人を一つに戻した化け狐を利用するつもりだった。贄というわけだ」
「ぷはー!」
歩き巫女が、盃をあおる。
吟醸の酒臭さを吹いていた。
「坊主殿も般若湯を一つ!」
「火槍、放てぇ!」
火薬からの白煙。
音の反射が耳を潰しかけた。
僧兵の放った鉄礫が、死肉を持ち帰ろうとしていた妖怪した獣を打ち倒した。分厚い頭蓋には鉄礫を受け止められたが、細い骨である胸の骨、分かれた足や手の骨を砕いた。倒れた妖怪獣の背骨へ、婆娑羅が馬上から槍を刺しとどめした。
「牛塵介様に、僧兵に婆娑羅は行ってしまわれたね。血が多いのやらなにやら。町の中なんて地獄だろうにさ」
と、歩き巫女は酒をあおる。
盃には数滴、血が滲んでいた。
「歩き巫女様は、葛葉と言うのですよね」
と、樹介が盃を断りながら言った。
「牛塵介様に、葛葉がと伝えてくれ、と、話されていたので」
「葛葉と呼んでかまわないさ」
「“歩き巫女”様」
と、大葉介は、居残りの紅雀党と軍団兵に目をやっていた。奇妙な共闘をしている二つの勢力だ。
「紅雀党は、否、紅雀当人は美作の国司を探していよのさ。軍団兵……と言うよりも、国府の人間も同じだ。目的は同じ、不思議はない」
「その、国司様はどうなされたのでしょうか」
「行方不明だねぇ。軍団兵を直接に率いて、凶賊に妖怪狩りに、神社仏閣に豪族の略奪を防ぐ為にあちこち奔走して、ある日、突然、ぱったり行方をくらましたんだ」
「神隠しでしょうか」
「さぁ? ただ、紅雀党は、裏切った、『見捨てた国司』の代わりに、形骸になりつつある国府の代わりをしようとの一党だよ」




