検非違使、山姥を追う-5
「大葉介とは男みたいな名ですね」
「誤魔化しても揉んだの忘れんからね」
牛塵介は作り笑いで誤魔化した。
大葉介の冷たい目で、笑うのもやめた。
「やはり、男の名前のほうが箔がありますか」
と、牛塵介は自分の顎をさする。
「……大葉介と牛塵介は、似た名前だな」
と、大葉介は牛塵介から目を逸らした。話はこれで終わりだと切り上げるように、この話題ではもう付き合えないと、興味を失った料理のように。
「だがゆめゆめ、『勘違い』を起こさないことだ、牛塵介様。何一つとして似ているものはないし、好き好んで、馴れ合うつもりは、大葉介にはないのだから」
大葉介はピシャリ、距離を詰めていた牛塵介の心を払い除けた。不快な害虫を指で摘むようにだ。
牛塵介は「困ったな」と、ガシガシと自分の頭を掻いた。埃のような白いフケが落ちることはなかった。
「しかし人に狩られるようでは無謀でしょう」
と、牛塵介は胸をがさつに掻きむしり言う。
「……一丈弓大鎧があれば、山姥とも生身で戦えるのでしょうね。もっとも強い弓を防ぐ硬い鎧、火事にも耐える分厚い壁の蔵も斬る太刀。山姥を相手にしても、戦える」
「鎧は、人間が着るものです。大葉介様が強くなければ、鎧は容易く足をすくわれ、犬の餌になるもんでしょう」
駅宿の外から、小さな地鳴りだ。
巨大な人の形をしたものが歩く。
一丈ある人形で鎧と槌を持っている。
「美作の国府の、一丈弓大鎧。鎮兵です」
「美作軍団兵が出陣……戦か」
「いや。違うみたいです。見回りでしょう」
一丈弓大鎧の絡繰の下を鎮兵が歩く。
槍と弓を揃え、鎧を着た鎮兵たちだ。
「……鎮兵は、大陸から制度を導入したときに整備されたと聞く。豪族の健児が少数の手練れとして組み直したり、なんだかんだで、武士になったとか、ならなかったとか」
「山姥をどうして『生かして』いるのだ」
「ほぼ怪獣の類になっているのでしょう」
牛塵介は横目で見ていた。
いつのまにか買ったおかわりの茶を飲む。
飲み干した湯呑みを回す。
少し、茶葉が残り滑った。
「牛塵介は何をしに来たんだ?」
と、大葉介は外の風景を見ながら言う。
「鎧を着ていても、心が強くなければな」
と、牛塵介は誰といわずこぼす。
「心なんて、あっても余計な荷物のときもある、と、思う。蹂躙されるとき、必要なのは心ではなく武だ。強さの保証があって初めて、心の存在が許される」
「大葉介様の座右の銘ですか?」
「とても深く刻んでる」
「左様でございますか」
鎮兵の鎧の擦れる音が遠ざかっていた。