透きとおる血-4
「くっさいなぁ」
「あっ、歩き巫女様」
袖で鼻を覆う歩き巫女が顰めっ面だ。
「疫病が流行る。早く退いたほうがよい」
と、歩き巫女は湯気のあがる汚泥を見た。
「確かに」
と、大葉介は言うが、
「鶴山の民が家に篭られていますよ」
「お互いどうにもならん。安住の地と逃げてまいったのだろう? ならば、安寧を与えてやればよい」
「しかし……」
「まあ疫病も流行るか知らんしね。それよりも鶴山に行こう」
「鶴山? 町、ですか?」
「付近の村はことごとく滅びた。国越えできるほど、包囲は甘くはない。首領の首をとってまいらねばな」
「ちょ、ちょっとお待ちを!」
「なんじゃ?」
と、歩き巫女は不思議そうだ。
大葉介は、数回、息を吸った。
「真、ですか?」
「じきに疫病と妖怪に沈む」
大葉介は、樹介と介佑郎に向き直る。
樹介は察して、鷹取と僧医を呼ぶ。
「火急の知らせが!」
大葉介は冷や汗を流していた。
季節外れの暑さのせいだけではない。
「山姥ではなく?」
と、大葉介は歩き巫女に訊いた。
「前にも言ったが、山姥という者はいないよ。今回の、山陽道への襲撃を繰り返していたのは、山姫や婆ではないが、似たような妖怪しているものではあるか」
「それをどこで!?」
「そんなもの、博士連なら常識だろう? 何よりも大葉介、お前も腰得物に博士連の、海石榴の小柄を柄に差しているではないか」
「海石榴の小柄がなんですか?」
「呪いで繋がる道具、大学寮の常識だぞ」
と、歩き巫女は襟を開いた。
海石榴の墨が、入っていた。
「葛葉の場合は、監視だけどね」
大葉介は、震えながら訊いた。
「鶴山に何がいるのです?」
「虚舟が堕ちてきたろ。中身など」
歩き巫女が小さく笑う。
「知れていよう。牛塵介から聞かなかったのか? あれも博士連にいるのだから、『神殺し』の為に、手勢を集め、鶴山で足止めし、今、この瞬間へ備えた協力者とばかり思っていたがな」
「知らないことばかりだ」
「検非違使の死体」
と、歩き巫女は言った。
「都合よく見つかり、生皮を被り、都合の良い旅人が勅令を読んで聞かせてくれ、どこに向かい、何をすれば良いかを示してくれる偶然など無い」
「おい」
と、介佑郎が足を引きながら前へ出た。
「何の話をしているんだ?」
と、介佑郎は声を震わせた。
「懸命に生きるべき道を晒してやったんだよ。鶴山では戦になる。転がる石のように、見ていては退屈だろうに」
「知りたくなかった!」
「利用されたことがか? それは早計だった」
「知りたくはなかった。なんの為だ」
「高天原から送られてきた虚舟を討つ。神の転生を阻止する。ようは叛逆というわけ」
「神をどうして憎んでる。牛塵介もか」
「あれの一族こそ、神にもてあそばれる、鬼も恐れる神兵の末裔。もっとも寿命はもうない」
「話せ、牛塵介とは何者だ」
「まさか」
と、歩き巫女は言った。
「大鎧がなければ鬼も倒せぬ人間が、神の手助けもなく大蛇や大百足を討伐できると? ありえぬのだよ。呪いを受けて、品種改良と神との混血と多産の強い種、短命であり人と交わり神の敵とならぬよう枷を帯びた神の手駒でなければな」
「それが牛塵介か、いや、一族……」
「さぁ、話したぞ。楽しい神殺しじゃ」
歩き巫女が、僧兵や武者を焚きつけた。
鶴山の町へと帰参しようと言っていた。




