透きとおる血-3
大葉介は見据えた。
野太刀も大振りだ。
遥か天に高々と剣先が伸びた。
大葉介は反射だけで太刀を跳ねさせた。
野太刀に太刀を十字に当てた。
太刀から、衝撃で押し返した。
捻った腕と手首の力が刃を滑らせた。
鋼を削るような擦れる火華があがる。
鎧武者の籠手の内側が──見えていた。
「……」
太刀が血を啜っていた。
斬り落とされた右の手首が沈んだ。
野太刀はまだ左手だけで浮いていた。
だがもはや、構えることはかなわない。
野太刀は、だらりと剣先を落とした。
骨を断たれ、肉を絶った。
金創から血が溢れていた。
「僧医! 手当てを頼む!!」
と、大葉介は叫んだ。
僧医は躊躇うことなく、駆けつけた。
腰にも手にも、刀槍は何もなかった。
衣服の全てを脱いで、道具だけだ。
他の騎馬武者が薙刀や弓を構えた。
だが、僧医の姿に、おろした。
大葉介が一騎討ちを制したのだ。
「……呆気ない、のか?」
と、大葉介の隣に来た、介佑郎だ。
大葉介は思い出したように息を始めた。
止まっていた肺が新しい空気を吸い込んだ。
「勝った、とは言わないのか?」
と、介佑郎は意地悪く言う。
「言わない。武家の名誉を──いや」
大葉介は、鷹取と僧医を見た。
手首を斬り落とされた鷹取は、僧医の医術を受けていた。抵抗している素振りは、微塵もなかった。
「……勝たされたか。理由の為、犠牲を払う」
大葉介は袖で太刀の血を拭った。
鞘に、太刀をしまった。
「樹介、介佑郎。大葉介も成れるだろうか」
「介佑郎は足を払ったぞ」
「樹介も腕を払ったかな」
「……呆れた。我欲ではなく、あれが高貴なのかな。みずからを犠牲にしてまで、斬らせることで怨嗟を断ち切る。刃のない、形のない、剣?」
「考えすぎだ」
と、介佑郎は言った。
「僧兵を死なせたくなかった。そして選んだ、掴んだ、それで充分。そうだろう?」
「……うん。そうだよね」
大葉介は苫田の民を見た。
鶴山の町から逃げてきた者共だ。
「問題はあっちもか」
見れば、紅雀党が誰かを探していた。
逃げてきた民をみんなあらためていた。
「妹か誰かいるのかな」
と、樹介は言った。
晴れているのに、蒸し暑く、腐った臭い。
汚泥が押し寄せて死体と混じっているのだ。
時期に、苫田の村も疫病に沈んでしまう。
村には長いできそうにはなかった。
「冬がこようというのに酷い暑さだ」
と、大葉介は小袖の襟を引っ張った。
赤く、小さな虫がたかるように斑らな乳だ。
発疹が広がっていた。
「申し訳ありませぬ!」
大葉介、介佑郎、樹介は悲痛な声に振り向く。
僧医が、僧兵が、泥に顔を埋めて平伏した。
そして、『裏切り』について、語ったのだ。
僧兵──出家した菅党の武者の懺悔だった。
「しかし! あの猪熊の戦にて、我々は……我々は決して、決して望んで、翻意ともとれる行動を選んだわけではないのです。不幸な──」
──矢が飛んだ。
僧医の左耳を吹き飛ばした。
千切れ飛んだ耳から血が流れた。
馬上の武者が、弓を引いたのだ。
検非違使らは息を呑んだ。
「もうよい。それ以上、話されれば、我らは婆娑羅なのだ。殺意を抑え込んでいられる確証ないぞ」
と、鷹取は言った。
金創は縫われ布を巻かれていた。
血はにじまず、止まっていた。
「聞いてください」
と、僧医は耳の傷を気にせず続けた。
「敵方に、北条に転んだわけでは、断じてありません。もし言葉が許されるのであれば、妖怪に呑まれ、気がついたときには戦は終わり、一族の者共ことごとく討ち取られたあとだったのです」
「……」
鷹取は何も声を発しない。
深く、甲冑も脱がず、瞑る。
「霧が出たのです。一瞬のことでした。神隠しにあい、我らは妖怪だと判断して、そして、貝の怪獣との戦を始めたのです。これは巨大な貝で、霧を吐き、数多の醜い餓鬼を地獄より使役し、我らを圧倒し、我らが霧を抜けた頃には、三百騎いた者も百騎にまで減っていました。これだけは命に換えても信じていただきたい!」
「……」
鷹取は、何も言わなかった。
「霧?」
と、大葉介は引っ掛かったようだ。
「怪獣に、餓鬼」
と、大葉介は呟いた。
「苫田の村を襲った怪獣と似てるな」
と、樹介がうんざりして草履をあげた。
村に押し寄せた泥と妖怪は、昨夜のことだ。




