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透きとおる血-2

「!!!!!」


 大葉介が驚天していた。


 動揺して、太刀を抜く手を止めた。


「大葉介は『何に抜こうとした』んだ?」


 大葉介の耳に悲鳴が届いた。


 震える手を押しこめて叫ぶ。


「卑劣な蛮行なり、悪漢どもよやめよ!」


 小さな大葉介からは信じられない声だ。


 戦を震えさせ、馬を怯えさせ、やめさせた。


 一騎、前へ出てきた。


 僧兵殺しは止まった。


 だが一時のことだ。


「樹介、介佑郎、力を貸して」


 言葉は不要だ。


 察した検非違使が脇を固めた。


「卑劣は心外。正義とは、我らにこそあり! 小娘風情には想像もおよばぬだろう、そこの僧兵どもが我らと同じ菅一党の者であり、出家したとて罪からは逃げられぬ、死以外に道のない許されざる罪人ども!」


 重々しい鎧武者が降りた。


 ぬかるんだ泥を跳ね上げた。


 その一歩が、人間とは思えない。


 覚悟の重さ、鎧の重さだけではない。


 鎧武者は背負う重さで圧倒してきた。


「なるほど、言って聞かせてやろう」


 と、鎧武者は続けた。


「猪熊の戦で、我らが一党、三百余騎が後醍醐天皇がたへ馳せ参じた。だが、猪熊の戦においては三百騎もが失踪! お味方を失った同門はことごとく討ち取られ、首を晒し手柄にされた。それだけではおわらぬ。南朝勝利後、美作の菅一党は建武の新政において、猪熊のときの働きをせめられた。逃げた三百騎の首を献上せよと!」


 だが、と、鎧武者は肩を震わせた。


「出家だと? ふざけるな。僧兵になった連中は、命惜しさに救民などとほざき逃げはて、我らは変わりの贄として同門からさらに三百の首を捧げ、朝廷の矢から逃れおおしたのだぞ」


 鎧武者は抜き身の野太刀を肩に担いだ。


 刃から血が伝い、怨嗟に染まりあげた。


 その背には、鬼がいた。


「僧兵どもは逃げろ、せめて民どもと一緒に」


 と、樹介は僧兵を村の奥に行かせた。


 菅一党は、逃げる僧兵を見逃した。


 あるいは後で始末する余裕を見せた。


「邪魔だてするなら、お前も殺す」


 鎧武者は覚悟を乗せて宣言した。


 大葉介は、開いた口から言葉を出せない。


「どうする? 武者とやりあうか?」


 と、片足の介佑郎が言った。


「僧兵を開け渡せば余計な傷は避けられる」


 と、腕を押さえながら樹介は言った。


「いや……いや……痛む」


 大葉介は頭を押さえた。


 山賊に打たれたところをだ。


 深編笠が呆れたように息を吐いた。


 太刀を抜く理由を訊いて止めた深編笠だ。


「鷹取の!」


 野太刀の鎧武者の歩みが止まる。


「どっちに肩入れすれば良いかわからん!」


 と、深編笠は言った。


「僧兵は死ぬべきか!? 菅の仇討ちの成就を見届けるべきか!? しかし、ここの童はそれはいかんと言うておるではないか。騎馬の前に立ち塞がってもな」


「……何がいいたい」


 騎馬武者が──話を聞いた。


「刻はない。が、稼ごう。存分に殺しあえ」


「ふんっ」


 深編笠は腕を開いた。


 案内するように、だ。


 先にあるのは、徒士の武者だ。


「言い聞かせたいのであれば、倒せ」


 と、深編笠は冷たく言った。


 大葉介はすぐに覚悟を決めた。


「……わかってる」


 大葉介の瞳は澄んでいた。


 瞳孔は細く、獣のように鋭く。


 心なしか腕の皮下でざわめく。


 大葉介は震える手を止めた。


 臆病な心を止めたのだろう。


「一騎討ちを望む」


 大葉介は太刀を構えた。


「大葉介が勝てば、僧兵を見逃せ」


 鎧武者が兜鉢を掻いた。


「負ければ、僧兵を殺すぞ」


 鎧武者は片腕で野太刀を振るう。


 長過ぎる太刀筋が、泥濘を浅く斬りつけた。


 泥が跳ね、いかに、遠心が破壊的か伝えた。


「菅党の鷹取香織。一騎討ちを受けよう」


 鎧武者、鷹取が下知をだした。


「仇討ち、待て! そして一騎討ちでこの鷹取が負けたとき、我らは生きる意味を捨てよう」


 言うや、否や。


 鷹取は駆けた。


 風のように、干拓の魚のように跳ねた。


 泥濘を滑るように素早く切り分け進んだ。


 何かを口ずさみながら、大袖を楯に被る。


 柄の底だけが大葉介から見えていた。


 だが──野太刀の刃は遥かに長い。


 大葉介が構えた刻。


 既に野太刀の剣圧を受ける一円に入った。

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