透きとおる血-1
「新田軍と足利軍が近づいてるだって?」
「他にも、吉野、京都の軍勢が、多数だ」
「鶴山でたぶん、決戦のつもりだ」
「なんでだ。三石城で足利軍は足止めを……」
「勢力を整えて、鶴山で追撃を止めるのかな」
「新田軍は止まらずに前進を?」
「鶴山で撃滅するつもりらしい」
聞いたのは、大葉介だった。
苫田の村から僧兵は引き上げつつある。
他人の戦に巻き込まれないためである。
「巡り合わせが悪い。機会を探そう」
と、大葉介は提案する。
「無理をすれば、死ぬのはこっちだ。無理を押すような状況ではない。違うかな」
大葉介は、樹介の肩に手を置いた。
「せっかく検非違使にまで慣れたんだ。まずは、欲張らないのも大事だろうと、大葉介は思う」
「大葉介は」
樹介が、口を開く。
「正義はどうなった? 山姥は、山陽道を荒らし続けるだろう。討たなければ、幾らでも被害はでるぞ」
「山陽道の被害は食い止めたい」
と、大葉介は断言した。
「だけど、身の丈も考えてる。引こう、今は」
樹介は悩んでいるようだ。
固く目を瞑り、吹っ切った。
「鶴山の町へ戻ろう」
「国府に?」
「牛塵介を探す」
「見捨てたんじゃないの?」
「……見捨てたから、関係を直したい」
「牛塵介を探しに行くか? 死んだろ」
と、介佑郎が待ったを掛けた。
「死んでない」
と、大葉介が言った。
「なんでわかるんだ」
「わかるんだ。きっと、待ってる」
と、大葉介は小柄に指を這わせた。
「……」
介佑郎が口を開き、少し躊躇う。
しかし介佑郎は悩みを振り切る。
「一度も、大葉介は勝ってない。三回、目の前で無下にしている。最初は抜け出した、山賊討伐。帰ってきた顔でおおよそわかった」
と、介佑郎は指折りした。
「二度めは、牛塵介を見捨てた国府での件。三度めは、山姥と遭遇したときの戦い。三回も戦って、一度も勝てていない」
「何が言いたいんだ、介佑郎」
と、大葉介は言葉鋭く言う。
「戦うのが怖くなったのか?」
「……」
大葉介は答えなかった。
「僧兵は、呪われていて動けない」
と、大葉介は言った。
樹介と介佑郎へ背を向けた。
大葉介は口を噛んでいた。
血が、滲んでいた。
「誰だあれは?」
と、樹介は森を見た。
僧兵ではない者が出てきた。
一人や二人どころではない。
「止まれ!」
と、樹介が声を張って誰何した。
「お助けください!」
「我々は鶴山の町人です!」
苫田の村に、煤けた百姓が逃げてきた。
一人や二人ではなく町人や家族ごとだ。
肌が焼けた者。
矢傷のある者。
頭が半ば割れた者。
荷車でほぼ死んだ者。
一様に皆、僧兵に縋った。
手を合わせ比護を求めた。
深編笠の大男が人垣を寄り分けて、来る。
大男を前に、大葉介は、冷や汗を流した。
見下ろされて、鬼に睨まれたように竦む。
深編笠の僅かな隙間から、目玉が、見た。
何事かと飛びだした僧医を射抜く。
肌が震えるような声が轟いた。
僧兵を除く全員が固まった。
その僧兵もまた、動けなくなる。
「そんな……」
僧医が慟哭する。
僧兵らも同じだ。
馬のいななきだ。
騎馬武者が繰り出された。
槍を……たずさえていた。
逃げてきた民が悲鳴をあげた。
村の奥へと勝手に民は逃げた。
「同門だった親不孝に天誅のとき」
と、騎馬武者は、槍を僧兵に向けた。
馬の腹を蹴って、駆けさせた。
「ぐわぁ!?」
僧兵が槍の餌食となる。
無防備な胸を貫かれた。
馬の怪力のまま連れ去られた。
「ぞ、賊なのか!?」
と、樹介が叫ぶ。
放心する僧医に訊く。
「違う……」
僧医は膝をついた。
数珠を取り出し念仏を説く。
「念仏の場合か!」
と、介佑郎が叫んだ。
一騎、僧医へ弓を向けた。
言葉はなかった。
容赦なく矢は放たれた。
僧医は、躱さなかった。
左の乳を射抜いた鏃が、背中へ抜けた。
矢は胸の骨を砕き、装束を破っていた。
右の肺には血があふれ流れこんでいた。
僧医は自分の血で溺れ始めている!
「やめろ!」
と、大葉介は騎馬武者の前に立ち塞がった。
薙刀を構えた騎馬武者は馬首をひるがえす。
「ぎゃっ!?」
避けた騎馬武者は別の僧兵の顔を落とした。
「やめろ!」
大葉介の小さな体など、馬体は無視した。
駆け抜けていく騎馬が僧兵を薙いでいた。
「こんな──」
大葉介は太刀の柄に手を掛けた。
「──こんなことが許されるのか!?」
太刀が半ばまで刃を光らせる。
騎馬武者を斬る為に抜こうと!
振り返りながら、さらに抜く。
「!?」
抜かれようとした太刀が止まった。
大葉介は驚いた顔で、首を振った。
柄を掴んで止めた、深編笠がいた。
「その剣、なにを根拠に抜いた?」




