餓鬼にいたる病-9
「気まずい空気だな」
軍団兵、紅雀党、菅党。
お互い距離を空けて歩いた。
誰も彼も、疲れている顔だ。
足を深く泥に沈め掻き分けた。
「予定ではもうすぐ村です」
と、牛塵介は伝えた。
「鷹取様です。紅雀様、仲良くしてください」
馬上の人、鷹取は不機嫌を隠さない。
「左腕は痛むか?」
と、牛塵介は訊く。
鷹取は手綱を引く左腕を隠した。
金砕棒を籠手越しに受けた手だ。
牛塵介はため息を吐いた。
得物の金砕棒で牛塵介は自分の肩を叩く。
「お互い『多少』数を減らしたが、なぁにこれからでしょうが。楽しみに来たのなら、辛気臭い顔はやめましょうよ」
牛塵介は懐に手を入れた。
小柄、小さな刀に触れた。
「苫田の村が襲撃された」
人と馬の足がまた進み始めた。
「婆娑羅菅は僧兵を討ちたい。紅雀党は国司を探し出したい。ついでに検非違使らは山姥の首が欲しい」
と、牛塵介は指折り数える。
「どれも頭数がいる。仲良く頼みますよ」
重い空気を押して牛塵介は言った。
「お前は──」
と、鷹取が言った。
「──何が目的でいるんだ」
牛塵介は少し目を動かした。
「二度起こらない事象の先取り」
「意味がわからん」
「鷹取様は、神様信じますか?」
「神はいるだろ」
「まあ、います」
と、牛塵介はあっけらからんだ。
「嵐、川、雷、疫病、気狂い、悪霊」
牛塵介は指折り数えた。
「神という名前を与えて、仕方がない、諦めようとした現象に神という名前を与えてしまった。仕方がない。たったそれだけの理由で」
「牛塵介は神が嫌いか」
「好き嫌いではなく、高天ヶ原にいない、下界の神なんて、どうしようもない神だけです。隕石と共に落ちてきた舟、それに乗っていた神擬きの抹殺が、一番わかりやすいでしょうか」
「神殺し。優男なのに剛毅なもんだ」
「疱瘡食いの狐とも仲良くできそうです」
紅雀が、馬を寄せてきた。
「国府では蠱毒魘魅の儀式がされていた」
「何かが、毒として生まれたのでしょう」
「食ったのは国司と思うか?」
「牛塵介に訊きますか、それ」
と、言いつつも、牛塵介は続けた。
「山姥は酷い名前だと考えます」
「非人の姫どもと何をたくらむ」
「神を殺すには、鬼が必要でしょう。かの八岐大蛇の御息女には、酒呑童子がいるとかいないとかですし」
「鬼の国か」
「備州もまた、鬼にされた国でしたので」
「親近感?」
「ちょっとは」
「その神殺し」
と、紅雀は前を見たまま言った。
「紅雀党も手を貸すから、まだいてくれ」
「離れたら困るでしょ、紅雀様」
「……ふんっ」
と、紅雀は馬を小さく駆けさせた。
寄せていた彼女の馬が遠ざかった。
「紅雀と牛塵介はどんな繋がりがあるのだ」
と、鷹取は不思議そうだ。
牛塵介は、
「そんなことより紅雀様と鷹取様がお近づきになるほうが、今後の都合が良いと考えるぞ」
「どういう意味だ?」
「国司を追ってるだろ、紅雀様」
「紅雀党が反国府ということくらいは知ってる。いかに、婆娑羅と言えども耳が無いわけではない」
「国司は何をして、紅雀が怨んでいるかは?」
「……」
「国司様が、普通以上に優しかった。優秀だった。何せ、切り捨てて、正義のあるほうを選択していると言えたからだ」
「それで?」
「紅雀は切り捨てられた側だ」
「……なるほどな。高貴とはそんなものだ」
「鷹取様も、理解されないことがおありで」
「幾らでもある。正義に縋るのは軟弱だな」
とはいえ、と、牛塵介は見つめた。
龍穴から吹き出す力が燐光を出した。
一丈もある弓大鎧が力を吸っていた。
噴き昇る力に支えられ人を振る舞う。
「これは人間の限界だな。次の舞台に移ろう」
餓鬼にいたる病〈終〉
「餓鬼にいたる病-9」完結です。
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