餓鬼にいたる病-8
「人間に成功する道だぞ?」
と、樹介は山姥討伐にこだわった。
「検非違使を貰った。使命を貰った。両方を使えば、人間に成れる道を貰った。それを手放すのか」
「身に余る山姥ではなくてもいいでしょ?」
樹介と介佑郎の話は平行線だ。
「そもそも」
と、介佑郎は言った。
「山姥は、どこの誰を襲っているんだ。僧兵は襲った。だが僧兵が犯した罪を清算しにきた、菅一党の、凄腕の下手人なのではないか?」
だったら、と、介佑郎は睨んだ。
「内輪揉めに首を突っ込んだことになる」
「だからどうした?」
と、樹介は、介佑郎をくだらないと笑った。
「山姥討伐人間と言わせる。その為に、菅一党の騒動に嘴を入れても、検非違使には利があるだろう。知っていれば便利であれ、知ったからと手を引く理由にはならない」
「介佑郎は、山姥から手を引くべきと考えだ」
「樹介は、山姥討伐を続け、完遂するべきだ」
介佑郎と、樹介の意見は割れた。
「大葉介は──」
介佑郎と樹介が目を丸くした。
しかしすぐ瞳は縦に細まった。
大葉介の目を、真っ直ぐ見た。
「──人間にも、妖怪にも、剣を抜いた。あまりに気安く、正義だとしか考えなかった。この僧兵のように、踏み躙った何かを気がついていないだけかも……」
と、大葉介は、太刀の柄を握った。
「山姥を見極めたい。命を賭けてくれ。真に、討つ覚悟がいる敵か、あるいは、踏み躙ってしまった何かなのかを、大葉介は見極めたい」
「……」
「……」
「面白い話をしてるね」
いつのまにか歩き巫女がいた。
当たり前のように、隣へいた。
「山姥の話をしてる」
と、巫女は大葉介を指差した。
「そういえば、歩き巫女様て山姥を知っているような話をしていましたよね」
「知ってる。凄い知ってる、神様だし」
「神……」
「牛塵介曰く、相対的には、だけどさ」
「相対的?」
「人間と比べればということだよ」
「まあ、確かに」
「山姥は特定の人間を殺してまわってる。それが、山姥の使命だ。悪いやつを殺してるわけじゃない。意味もなく、殺しているわけでもね」
「待って! 巫女様は、話を進め過ぎてる」
「牛塵介様から何を教わったの?」
と、歩き巫女は訝しげだ。
「何も伝えられていないか」
歩き巫女は察して、続けた。
「始まりは、何百年かくらい前の後白河上皇の時代が始まり。武家や公家が分割して日本を支配するのではなく、日本という国を築こうとした」
確か、と、介佑郎が挟んだ。
「鎌倉幕府と天皇の軍団の戦だ」
「そう。武家と天朝の激突。後白河上皇の代では、軍団は弱体化していて、京で負けた。後鳥羽天皇ら、そして、後醍醐天皇の代ではついに武家ではない力が強く、鎌倉幕府を倒した。建武の新政も、夢想が過ぎて危うさがあったが、大秦の書物でよく均衡を保った」
「吉野と京で割れたぞ。良く、などはない」
と、樹介は反論した。
「巫女に言われても困る」
「うっ……確かにだ」
樹介は尻すぼみした。
「強力な軍団を持った。ただし、国ごと、国府が、国司が管理する権力と権威であるし、武家と名前を入れ替えたくらいの違いだった」
「美作の国司は?」
と、大葉介は訊いた。
「いいね」
と、巫女は微笑んだ。
「美作国内には、北条家の土地があれば、寺院の土地も混ざり、国司の手が入らない場所は幾らでもあった。美作は、その実、穴だらけだ。国司の手というよりは、小さな人間の限界だ」
「国司は今、いない。どこに行った」
と、介佑郎は訊いた。
大葉介は、小柄に触れる指が震えていた。
「鬼になった。喰らい、強い存在へ転生した」




