餓鬼にいたる病-7
「死人が何か言ってる」
と、介佑郎が遅れてやってきた。
大葉介は太刀の柄で叩いた。
介佑郎の、犬に噛まれた足だ。
「〜ッ!?」
介佑郎は声にできない悶絶でのたうった。
大葉介は死にかけている僧兵に耳を寄せた。
「一族を裏切った……出家すれば済むと……思っていた。有元家に、どう、どうやって顔向けできる。身勝手で、一族が朝敵として、誠意で、首を打たなければならなかったなんて……」
と、僧兵は続けた。
「救民の為、公家も、武家も、役人も、力で戦った。民を、助ける為だったのだ。なのに、浅かった。信じていて、正義が何を踏み躙ったか考えもしなかった……」
僧兵はぽろぽろと涙を流す。
嗚咽を漏らすことはなかった。
静かに、涙が流れて落ちていた。
「菅一党、殺しにくる。殺されなければ、詫びることはできない。殺されなければ……正義の代償を償わなければ……」
そこで、僧兵は意識を失った。
眠りに落ちてなお、悪夢にうなされていた。
蝋燭の光と煤を浴びつつ大葉介が言った。
「僧兵は、何のことを言ったと思う?」
と、大葉介は訊いた。
「……飢饉に疫病、川の水の権利をめぐって、より良い土地を得る為の戦はいくらでもあった。搾取する役人や、階位のある者が権威をえる為に、無茶をさせて、利を搾ることも」
と、樹介は答えた。
「仏教の一派には、現世は苦しみの段階だと考えるものがある。苦しみから解放されて、仏への道、そして極楽にふさわしくなる為の徳を積むと。救民のためと、虐げられる民草に手を貸し、教えは広まっていた」
「死んだら楽になるから、今は苦しいものだと諦めろ、転生のためにより苦しめと?」
と、介佑郎は鼻で笑った。
「介佑郎」
と、樹介は僧兵を気にして、嗜めた。
「この僧兵は、有元と言ったな。有元家と言えば、美作の菅一党の頭だ」
「……菅家は、土蜘蛛との内通という嫌疑で、朝廷の疑いが間違いだとの証明の為に、一族の半数以上の首を切ったと聞く」
「人形峠の、土蜘蛛か」
「大和が平定した非人の血など、今やどの家にも混じっていることなど、大学寮では常識なんだ。武家の力を削ぐ、方便だ。実際、美作国の武家は、大きく力を削がれた」
だが、と、大葉介は続けた。
「口実を許したのは、出家した同門なわけね」
苦しみ続ける僧兵を見下ろしていた。
「救民とは、正義ではないのか?」
と、大葉介は言った。
「むごい戦ばかりだ。人間を相手にしても、妖怪には相手にしても、むごさは変わらない。正しい戦であるはずなのに」
「介佑郎は足を喰われたしな」
「足は大丈夫か?」
「たぶん、もうまともには歩けないかもだ」
「介佑郎。弱気になるな」
「そのくらいの覚悟はある」
と、介佑郎は膝を叩いた。
「いたた」と、目の端に涙を浮かべていた。
「山姥か……大葉介の正義だ。樹介のやりたいことだ。そして」
と、介佑郎は、続けた。
「介佑郎には過ぎたものだ。一抜けだな」
と、介佑郎は渇いた笑いをあげた。
「介佑郎!」
「足手纏いになる」
「それは……」
「そもそも。生身じゃ無理な相手だ。人間は、妖怪みたいな一丈弓鎧を作って、妖怪とも戦ってきた。神の血を引いた英雄でもないのに、人間を超える化け物と生身で、剣で戦えるか?」
無理だ、と、介佑郎は言い切った。




