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餓鬼にいたる病-6

「落ち込むなよ、介佑郎」


「落ち込んでない」


「そうか? 樹介の目では不貞腐れてるが?」


「大葉介、刺すな。介佑郎が泣くぞ」


「樹介。この介佑郎は、こんなので泣かん」


 樹介は、僧兵を見た。


 人数の差で賑わっている。


 大見得の大葉介や、退屈だった介佑郎の話。


 樹介は、話の中にいなかった。


「……この樹介が、僧兵と伝手したのだがな」


「なんだ拗ねてるのは樹介もではないか」


 と、歩き巫女が意地悪く笑いながら言う。


「拗ねてなど」


 樹介は、柱に縛られた歩き巫女へ反論した。


 喧嘩する樹介と歩き巫女の間に大葉介だ。


 彼女は太刀の小柄を触りながら、言った。


「次は、大葉介が話そう。“思いつく”んだ」


「美作だから、吉備の話をしよう。大和朝廷の征戦を何度も受けた吉備は、鬼の国として絵物語にしばしば書かれている。大和に弓を引いた鬼たちの話だ。そう、何度となく、大和朝廷は鬼を討った。何もかつての吉備王国、備州だけの話ではなく、日本や東の果てまでによくある話だ。


 だがこんな話はどうだろうか? 鬼は、鬼と呼ばれるだけで人間だった。人間ではないように例える、百足や、蜂、蜘蛛……放免のような非人だ。だが人間ではない人が生まれる。少なくとも備州には古くから鬼がいたのではなく、『人が鬼へと転じた』ことで生まれた鬼が増えていた。妖の者へ落ちていくのではなく、妖の者へと大和の軍勢の中で適応していった変化だと博士連の調査がある。人が、人で無くなることなど、山姥を始めとして珍しくもない話ではあるな?


 だがこの鬼がもしも、王国が分断されてなお『鬼の国』として、国という形、中央の帝の権威を受けることもなく、形なき王土を築いているとしたら? 今、この踏んでいる大地は、人の手にあるようでいて、影では鬼たちの手の中で、人が知らずに喰い殺され、自らが土地を耕し、土地を守り、知らず鬼の手助けとなって、いつの日か大和を滅ぼそうとする鬼を育てている──鬼の王、阿久良王の鬼の国が、大和転覆を狙って公家や武家の生皮を着て乗っ取りをすすめている」


 ──という、鬼国の噂だ。


「鬼か。山姥みたいなのだろ?」


 と、介佑郎が横になったまま、ごろり。


「化け物だな」


 と、人より大きな、鋭い犬の歯を覗かせた。


 ぺしん。


 乾いた音だ。


 額を打った。


 大葉介の掌だ。


「無謀をせずすぐ仲間を呼ぶべきだった」


「うっ!?」


「介佑郎は阿呆だから鬼は忘れろ」


「あ、阿呆だとぉ? 大葉介にこの介佑郎が、阿呆と呼ばれる、だと……?」


「……」


「樹介?」


「なんだ、大葉介」


「いや、どうかしたのかと」


「何もないが」


「ずっと見てた。ただ、見てた」


「考えごとだ。他意はなかった」


 ふと、大葉介が目線を動かした。


 釣られて、介佑郎も追っていた。


「……」


 酷い汗を浮かべていた僧兵だ。


 座っていた。


 だがうずくまっていた。


 手足や顔、首に発疹が出ていた。


「今更だ」


 と、大葉介は乳を撫でた。


 すっくと立ち上がった。


「大丈夫か?」


 と、病に犯された僧兵を診た。


 介佑郎も手伝おうとした。


「うおっ……」


 だが、こてん、と、倒れてしまった。


「座ってろ。樹介──」


 と、大葉介が助けを呼ぼうとした。


 樹介は、すでに僧兵を持っていた。


「──ありがとう」


 僧医が、検非違使らを見ていた。


「頼む」


 大葉介と樹介が、僧兵を連れて行く。


 とは言っても部屋の端までだ。


 ござをかけて弱らないよう努めた。


「すまない……すまない……」


 と、僧兵は、うなされていた。

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