検非違使、山姥を追う-4
駅宿の戸の隙間から野猫が覗いた。
どこか、狐のような雰囲気の猫だ。
「何日か前」
と、牛塵介は続けた。
「元鎮兵を雇った商人が、夜を押して三石城へ荷を押していたとは聞きました」
「三石城へ?」
「えぇ。新田義貞様と石橋和義様の手勢が、天王山でぶつかっているとかで、商いに行くのだと」
「それは、山姥の話と繋がりそうか?」
と、大葉介は口を尖らせた。
「一行は『山陽道で襲撃にあった』と聞く」
「山姥が襲ったのか!?」
「確証はありませんがね」
「どんな様子だったとかは!?」
「むごいものだとは、人伝に」
と、牛塵介は神妙だ。
「屈強な武者崩れ、元鎮兵の精鋭を雇うことに糸目をつけなかった商人だったが、ほぼ山姥に討ち倒された。巨大な刀を振るい、鎧おも砕き、火も、鉄も、毒も効かず、これがもし生身の力であれば鬼のような怪物だそうな」
「三石城か……」
「まあ城は、衛士が陥落させたとは風の噂で」
「三石城を?」
「えぇ。山姥がもしいるなら衛士の精鋭が誇る、大絡繰鎧の軍勢が踏み潰すなり、追い立てている。三石城は、南朝──吉野からも近い」
「南朝軍が、美作の端に入っているわけか」
力の入っていた大葉介から気が抜けた。
跳ねていた眉が申し訳なさにへにょる。
「山姥は討伐されたかもしれない」
残念か?と、牛塵介は訊いた。
「山陽道は広い。首を見るまでは探す」
と、大葉介は山姥探しを続ける固い意思だ。
「左様で」
牛塵介の目線が──
「……なんだ?」
──胸を見ていた。
大葉介がへにょったときだ。
襟が大きくよれていた。
帯も緩んでいた。
はだけた胸がこぼれていた。
「いえ。綺麗な胸だと」
「そうか?」
と、大葉介は特に何もなく襟をただす。
牛塵介は熱い、熱い、と手であおいだ。
顔を赤くして、耳の先まで熱を帯びた。
大葉介は自分の胸を見た。
そこは、なだらかな胸だ。
小袖が少しはだけていた。
虫に刺されたような痕が、はだけた胸に。
「蚊にでも食われたかな」
「痒み止めの軟膏がある」
「痒くはないが、いただこう」
と、大葉介は痕を見つめて首を傾げた。
牛塵介は袖から、骨壷のような入れ物から軟膏を指ですくう。そのまま、大葉介の、虫刺されに見える発疹に塗る。
「いや何しとんじゃー!?」
大葉介は布団から飛び退いた。
飛び退こうとして……転けた。
後頭部を打って悶絶している。
「見た目より大きいな」
と、牛塵介は指に残る軟膏を擦りながら、五指をゆるく曲げていた。ちょうど、大葉介の胸と同じくらいのものがおさまるほどの大きさ。