餓鬼にいたる病-2
土の匂いが立ちこめる。
雨が、降り始めそうだ。
「また降るか」
「そんな匂いだ」
ぽつり、ぽつり、雨が落ちてくる。
「大葉介の腰の太刀の小柄」
と、樹介が言う。
「海石榴の紋だろ? 『博士連』のものだ」
と、樹介は続けた。
「呪いには二つある。似たものを繋ぐ呪い、縁のあるものを繋ぐ呪い。今、大葉介、お前は、海石榴の紋の小柄を通して牛塵介に呪われているのだ」
「つまり?」
「お前が、牛塵介に呪われたかもという話だ」
「介佑郎はどう思う?」
「別に良いだろう。呪いで殺せるのか」
「陰陽師でも呪禁師でもないからなんとも」
「じゃ、平気だろ」
「介佑郎」と、樹介は睨む。
「呪い程度で右往左往しては──」
介佑郎は微塵も揺らがない。
「──山姥を前に戦えないだろ」
「……」
「きっと牛塵介様からの御守りだ!」
「大葉介、お前は馬鹿か」
「絶対にそうだ。だとすれば持っていよう」
「羨ましいな」
「何がだ、馬鹿にしてるな、樹介」
「大葉介」
と、介佑郎が肘で突いた。
大葉介の腋に刺さっていた。
「すまん」
と、大葉介は自分の頭をペシペシと叩く。
「山姥は、間違いだったかもね」
と、樹介は迷いながら言った。
「覚えてるか? 検非違使の死体を見つけて、三人になった日だ。深編笠の人間が、勅令を読んでくれて、美作の山姥退治を成せば『本物』になれるとけしかけて」
「今からでも逃げるか」
と、介佑郎が足の傷を掻いた。
「大葉介は、大葉介になった。深編笠が適当に名前を付けたにすぎないが、あの日、人間として振る舞うことを決めた」
「わからないな。なんでこだわる?」
と、介佑郎は訊いた。
「嫌なものしか見たことがないからだよ」
樹介と介佑郎は天井を見上げていた。
諦めが、吐息と一緒に漏れていた。
「で、山姥はどうする。最低条件なんだろ」
「なまくらでは弾かれる」
「あれは鎧だったのではないか?」
「鎧? 全身を隙間なく覆う鎧があるのか」
「海の果ての技術なのかもしれんぞ」
「聞いたことはあるか、大葉介」
「そういえば──」
と、大葉介の暇な手が太刀の小柄を撫でた。
「──牛塵介がそんなことを話してた」
樹介が疑りぶかく見つめた。
「大秦という国には、頭から足の指先まで完全に鎧で覆えるだけの金属を打つ技があり、着込んで戦うのだと」
「山姥は大秦の生き物なのか!?」
「まさか。大陸を横断して海を渡ったと?」
「ありえない話ではない。白い肌の人間は、そうやって渡ってきた。山姥も可能だろう」
そういえば、と、樹介も続けた。
「伝承の玉藻前は天竺から来たのだったか」
「いひひ!」
と、話に割り込んできたのは笑い声だ。
下襦袢に腰巻の女が笑う。
歩き巫女がまた柱に縛られているのだ。
「どうせ腹が減ってるだけだぞ」
と、僧兵が言っていた。
樹介は、すっくと立つ。
器に粥をよそった。
箸で粥を少し持ち、巫女の口へ運んだ。
「美味い」
と、歩き巫女は足を使う。
がばりと下襦袢の股を開く。
足で樹介を退けた。
器と箸を受け取る。
──その足でだ!!
歩き巫女は器用に食べ始めた。
「女ばかりであるからして気がおけん」
と、歩き巫女は言った。
「男がおればこうはいかん」
がっついている。
「恥ずかしいものな」
「男など会ったこともないでしょうに」
「あるぞ、お前は確か、樹介だな。そうだな、男の名前は『牛塵介』だ」
樹介の息が一瞬、止まった。
表情にあらわれないよう平静を保つ。
「牛塵介?」
「海石榴の金砕棒の男だよ。男なんぞ──」
と、歩き巫女は、嬉しそうに顔を崩す。
「──見る機会が少ないのに珍しいだろう」
「えぇ、まあ、女しかいないような世なので」




