餓鬼にいたる病-1
「流行り病か……」
「誰ぞ知るものはおるか」
僧医は、首を横に振った。
樹介は汗を浮かべているようだ。
手足が細く異様に膨れた腹。
吐血、糞で汚れた足。
酷く、やつれている。
であるのに、歩く。
よたよたと不安定。
手を伸ばして助けを呼んでいる。
「樹介の母は、典薬寮の御典医だ」
流行り病、蟲による汚染の末期。
「……夜明けを拝めるかわからんな」
「クソッ、嫌な話を聞いちまったぞ」
「奥に何人か『似た症状』がいる、見てくれ」
樹介が話した、見たものの話を皆が聞く。
それは、今、この村で倒れた者の症状だ。
「酷い下痢だ。糞が水のようだ」
「無事な人間も多い。何が分けた?」
「わからん。水か、食べ物か、気か」
「流行り病ならば捨てるべきだが……」
「僧医としても徳からも無理な話です」
「山姥に奇病、か」
歩き巫女の縄は切られていた。
神仏の違いはあれど生き残る為だ。
「外に助けは?」
と、樹介は『侍』に聞いてみている。
「なけなしの四騎を出した。だが戻ってこん」
「野犬の群れと遭遇した、の、でしょうか」
「犬追物に長けてる連中だ。早々に遅れは」
「……山姥は?」
「あれを人間とは思わん」
「馬より多少は速くとも、四騎同時にとなれば山姥も梃子摺るだろう。先の山姥の襲撃で、奴の力はおおよそはかれた。山姥の足は、馬よりも速いが、軽々と追いつけるほどではない」
検非違使、僧医、侍、巫女。
有元家、福光家、原田家、植月家、鷹取家。
美作の武家出である僧兵が、座に座る。
美作でも有力な菅氏一党がほとんどだ。
「僧兵の皮を被った──」
「──介佑郎」
と、樹介は釘を刺した。
「巫女殿の意見も聞きたい」
「小田郡で西代病と呼ばれているものが、芦田川沿いに急速に広まっていると聞いたことがある」
「西代病?」
「樹介殿」
「……発疹、下痢、発熱、蕁麻疹、腹痛、血便、胸の痛み、疲労感……末期では手足が痩せ、腹に水が溜まり膨れ、皮膚は黄色く変わる」
「まさに今の病ではないか!」
「先程の話の、餓鬼そのもの!」
「西代病か」
「沼地への討伐があったな」
「水か」
「皆に水に触れぬよう言い聞かせよ」
「見逃してくれるなら呪いは掛けないけど」
と、巫女は嘯く。
「巫女様。お坊さんに何をしたのですか?」
と、大葉介は訊いた。
「呪いだよ、身を蝕む穢れで、もし僧兵どもがどこぞの寺に帰れば、伝染して次々と呪い殺す」
「それは……」
「だから僧兵は、村を出られない。こんな堀も何もかも失った村で、妖怪に何夜も襲われて、数を減らしても、待つしかないんだ」
「ぐぅ! 言わせていけば」
と、僧兵が同時に何人も怒りだした。
「村から、出たほうがいい。国府の町へ」
と、大葉介が言った。
「それはできん。断じて。待たねばならん」
と、僧兵は拒絶した。
「巫女の呪いは、解くよう説得を──」
「──そうではない」
と、僧医が止めた。
「待たねばならんのだ」
僧医が腕を掻いていた。
発疹だ。
大葉介は自分の胸に手を載せていた。
「全員が死ぬか、裁かれるその日までな」




