偽勅令と死に損ないと犬-8
戦は終わったが、後処理は幾らでもあった。
傷ついた僧兵を最低限の治療で耐えさせた。
「痛み止めを吸わせる。少し楽になる」
と、大葉介は懐から薬を出す。
大葉介は苦しむ僧兵に、吸わせようとした。
「いらん! それより、も」
と、ハラワタを押し戻した僧兵は続けた。
「死にたい、人間を、死な、やってくれ!」
「…………わかった」
大葉介は、横目で見た。
僧兵が次々と介錯していた。
「助かるんだぞ」
死なないだろう僧兵も介錯されていた。
「手当てさえできれば!」
と、大葉介は強く握りしめた。
大葉介の肩に手が乗せられた。
「助かる。僧医の薬は多くはない」
と、僧医──傷を癒す手助けをする者の一人が言った。
「望むからと吸わせすぎると死んでしまうぞ」
と、金創を見てまわる僧医は注意した。
大葉介は頷いて、介佑郎の足の傷も見た。
介佑郎に付いた僧医が手当てをしていた。
「……足が痛むな」
と、介佑郎は僧医に訊いた。
「僧兵は、傷の手当てもできるのか」
「僧だからな一応は。人助けの術くらいある」
介佑郎は、僧兵の持っていた火槍を見た。
火薬を使った、礫を飛ばすための武器だ。
「火薬が足りなかったのか?」
火槍の礫は、鎧を打ち砕く力はある。
介佑郎は大葉介の目を気にしていた。
大葉介の目を盗んで火槍を観察した。
「大太刀の代わりは何かないか」
と、介佑郎が物色していたときだ。
「──呪われておるぞ」
柱に、白い下襦袢の女が縛られている。
異様なのはその目を覆う、顔を隠す紙。
真言で何か文字が複雑に書かれている。
「呪われている?」
──呪い。
介佑郎は近づく。
「外で戦があったろう。このあたりなら……牛塵介かな? どう? あってる」
「……山姥が出たんだ。撃退した」
『歩き巫女』は、おかしそうに笑う。
「なんだ違うのか」
と、歩き巫女は残念そうだ。
「もしここを出られたら──」
見られている。
顔を覆われている。
なのに、介佑郎の足を半歩逃げた。
「──葛葉は生きてると伝えてくれ」
誰に、どこへ、巫女は告げなかった。
「巫女殿の名前なのか?」
「さぁてね。教えないよ」
「……では、なぜ、柱に」
「神人だからさ。僧兵とかちあわせて、『殺せない』から封じられてる」
「殺せない?」
「うちの肌は硬い。お前らもだろう」
そういえばと、介佑郎は言った。
「山姥も固かった」
「そりゃそう。矢玉が通じるなら」
巫女は胡座を組み直す。
下襦袢がなびいていた。
「金砕棒でなく野太刀さ」
「海石榴の金砕棒ですか」
「知ってるんだ。海石榴は『博士連』だ」
「博士連?」
「質問が多いね。いいことだ」
と、巫女は続けた。
「──童!」
僧兵が、介佑郎を引き剥がした。
先程まで話していた僧医だった。
「ありゃ残念」
と、巫女は肩を落とす。
介佑郎は。
巫女の縄をほどこうとしていた。
「な、なんだ?」
「……童。呪われたのだ」
と、僧医は言った。
「呪いは繋がりだ。目が合い、目と目が繋がることで呪いを結ばれたのだろう。目を合わせるな、触れるのもやめておけ。足で踏んだ跡も、これが触れないよう気をつけろ」
「の、呪い?」
「目は封印している」
僧医は少し考えて、言った。
「言霊か。次は口を縫い合わせるからな」
「こわやこわや」
と、歩き巫女はおどけた。
「……我々が国府に行けなかった一因だ。全員が呪われている。呪いが伝染し、遂にはこの『狐女』の手助けになることを避けねばならなかった」
「あっちに行ってろ」と、僧医は指を指す。
家の角を居場所にした大葉介と樹介がいた。
「神域に沈んだのに呑気なもんだ」
「黙れ」
「国司はうまくやったわけだ。残念だったね」
「黙れ!」
と、僧医は声も荒々しく吼えた。




