表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/72

偽勅令と死に損ないと犬-7

 介佑郎の目にあるのは、恐れだ。


 噴きでる汗が、鮫皮の柄を滑る。


「介佑郎。落ち着いて」


 と、大葉介が介佑郎の手に重ねた。


「殺生石は無い。生身だけでは……」


 と、樹介は言う。


 逃げ場所は初めから無い。


 樹介は弓を置いて太刀を。


 同じく、大葉介も太刀を。


「やるのか。やるつもりか、今!」


 と、介佑郎は折れた大太刀を捨てた。


 薙刀で打ち合う僧兵への助太刀。


 覚悟は決めた。決めさせられた。


 戦おうと、湿った土を、踏んだ。


 介佑郎の足が血を噴き動かない。


 踏み、込む。


 肉が潰れた。


 眼前にはいるのに。


 戦のなかで魅せる。


 僧兵どもの、死地。


 死兵と山姥の悪夢。


「なんだ?」


 顔に包丁を突き込まれなおしがみつく僧兵。


 両足が砕けてなお山姥の腰に組み付く僧兵。


 そして──僧兵に抑えられた、山姥もだ。


 大地が、鳴っていたのである。


 震える地より水が浮いてくる。


 介佑郎はそれが地震の時の現象とわかった。


 地相を見るとき、地震で水が浮くのを見た。


 地下の水が押し出されて、沈むこんでいた。


「妙だぞ」


 介佑郎は、困惑する。


 水が湧き出してくる。


 井戸のようにではない。


 温泉のようにでもない。


 一帯が、沼地のように呑まれる。


 礎があっという間に沈んでいた。


 草鞋の浸し、足裏を、濡らした。


「地震?」


 山が、動いた。


「地滑りかぁ!?」


 濁流が押し寄せる。


 僧兵は傷ついた者を引きずり逃げている。


 逆茂木を押し流す。


 堀を埋める土の津波が押し寄せる。


 大葉介は介佑郎の襟を掴んで逃げた。


「あんの女また逃げやがった!」


 と、介佑郎は続けた。


「大葉介、介佑郎を連れて行け!」


「言われなくても逃してあげる!」


 樹介はとっくに逃げている。


 大葉介が介佑郎を引っ張る。


 泥水が跳ねている。


 山姥は──。


 地滑りに対して構え、呑み込まれた。


 山姥といえど逆らうことはできない。


 残るのは流されてきた土砂ばかりだ。


「探す、のか?」


 大葉介は不安な、震える声で訊いていた。


「手当てをしよう。山姥は倒せそうにない」


 と、大葉介は介佑郎から手を離した。


 介佑郎が頭から泥の海に沈んでいた。


 村の守りはボロボロだ。


 どこを見ても、壊れていた。


「ひでぇ夜だ」


 介佑郎は誰にも言ったつもりはなく呟く。


「足に文句は言えないが、も少し手心だせ」


 と、介佑郎泥まみれの顔を袖で拭いていた。


「──ボケっとするな!」


 僧兵が叫んだ。


 風を切る音だ。


 矢が、飛んだ。


 介佑郎の鼻の上を真横に鏃が切り裂いた。


「陣を組め、穴を埋めろ!」


 と、僧兵ら楯と薙刀を並べた。


 目を凝らせば、それらが、押し寄せていた。


 地滑りで流れこんだ泥から飛び出してきた。


 兎──だったもの。


 毛には泥がつまり見るにたえない。


 大葉介は、慌てて叩き落とした。


 妖怪した兎は汚物で塗れていた。


 毛という毛、皮という皮。


 それらを削がれて血か泥の区別もつかない。


「妖怪してまで厄介な」


 と、僧兵が言う。


「北条軍だ」


 そこにいたのは、奇形らだった。


 不自然な足の運びは正気ではない。


 ただひたすらに、攻め寄せてきた。


 薙刀の剣先を地面に引き摺りながら。


 糞を尻から撒き散らしながら。


「山姥が呼んだのか、あれの手勢なのか」


 と、大葉介は泥と押し寄せた妖怪を斬る。


 穢された家紋が揺れていた。


「美作の北条が攻め寄せたのか?」


「そんな優しいものではない」


 と、僧兵が崩れた村の守りを楯で塞いだ。


 地響きだ。


 過小な僧兵と、僅かな検非違使の楯だ。


「どうするんだ?」


 誰かが言った。


「どうしようもない!」


 と、僧兵は楯を叩く。


 笑っていた。


 ハラワタをこぼす僧兵も笑っていた。


 死にかけでも立って、寄りかかった。


「ようやっとあがなえる」


 一丈の大鎧が地響きと共に、妖怪を薙いだ。


 大鎧の薙刀が、小妖怪を、大地ごと削いだ。


 巨大な弓から放たれた矢が大妖怪を貫いた。


 一丈弓鎧が、血肉の雨を降らせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ