偽勅令と死に損ないと犬-6
僧兵が火槍を放ち続ける轟音。
「生きてるか、介佑郎」
と、騒ぎに弓を持つ樹介が呼ぶ。
矢はつがえられて──放たれた。
乾いた音。
山姥を狙っていた。
鋼の鏃は、山姥の皮に負けた。
金床にでも当たったようにだ。
ひしゃげた。
折れて散った。
「どれだけ分厚いんだ」
──二の矢。
樹介は狙いを変えた。
髑髏の目に刺さった。
目玉の大穴を正確に射抜いた。
山姥は無造作に刺さった矢を引き抜く。
山姥の悪鬼は、血を、矢と共に抜いた。
痛みを感じた素振りは微塵もなかった。
──三の矢。
矢は、羽虫のように払われた。
山姥の包丁が矢を叩き折った。
「なるほど。怪獣だ」
山姥の背に火槍の礫が当たった。
火花が咲き、鉄礫が砕け散った。
「人間、なのか?」
と、樹介が迷いながら言う。
「巫山戯るな山姥だ」
と、介佑郎は折れた大太刀を見た。
「人間なものか。鬼だ」
うぉっ、と介佑郎の襟が引かれた。
尻をついていた姿勢が引きずられた。
ぞりぞりと土石塊が衣を汚し裂いた。
「大葉介か! おい刀が!」
鞘は捨てられたままだ。
折れた半分も転がった。
大葉介は聞く耳を持たなかった。
介佑郎を助けることを最優先だ。
「油壺を投げよ!」
掌ほどの壺を僧兵が投げる。
次々と山姥に当たって割れる。
中には……鼻を曲げる臭いだ。
恐るべき業火が山姥を呑んだ。
「助かった、大葉介!」
「今度は、自分の足で、逃げて、くれ!」
介佑郎を助けたの大葉介は息を乱す。
──その時。
爛々と熱を帯びた山姥の肌が、腕が。
足が──前へと進んでくる。
炎は雨に洗われ、ますます燃えあがる。
だというのに、山姥には効いていない!
「ガキどもは退け!」
「海石榴の槌があったろ使え!」
「礫が貫かないぞ殴り殺せ!!」
「大鎧は何をやっているんだ!」
僧兵が火槍を放つ。
山姥の側頭に当たりよろめいた。
間髪なく──海石榴の槌。
振りかぶる僧兵が炎も恐れず詰めた。
固い頭ごと首を押し折るつもりか。
巨漢の僧兵の中でもなお巨体の振りだ。
高下駄が打ち鳴る。
素絹を揺らし腹巻が音を立てた。
今まさに、海石榴の槌が──。
「ごっ……」
巨漢の僧兵が、捩じ切られた。
山姥包丁から数本、指を外した。
指と残った手だけで僧兵を引き裂いた。
猫が小鼠でも引き裂くように鎧の女を!
山姥はあまりにも、無造作だ。
片腕で鎧を着た僧兵を投げた。
薙刀が竹林のように刃を並べた。
同時に振るわれ……山姥を叩いた。
刃ではなく棒切れを振るうように。
山姥の圧重ねの包丁が閃く──。
腹巻の鉄札が砕けてハラワタ。
間欠泉の血で切り離された首。
腹巻も肉も骨も区別ない。
千切れた体から血で染まる。
僧兵は狂ったように迫る。
狂ったように、山姥へ押し寄せた。
肩に吊られた、鎧の一部、大袖だ。
これで守りながら、しかし打たれる。
打たれて、腕が折れてもなお雄叫ぶ。
山姥へ鎧ごと肉体を破壊されている。
圧倒しようと死体を踏み越えさせる。
「狂ってる」
と、介佑郎はつぶやく。
「狂っているぞ!」
介佑郎の刀がふるえる。
「あれと戦うのか? 遥かに強いあれと!」
樹介は差した。
上下非対称の弓の先端。
殺戮を巻き起こす山姥。
僧兵の薙刀数本で打たれても、立つ。
山姥は鎧ごと叩き折る一撃でも立つ。
僧兵と言っても、それは法師武者だ。
武家の武者と変わりない戦争屋ども。
それが束になって殺せない、怪物だ。




